パリから秘蔵コレクションが来日! 男たちの指輪をめぐる物語

  • 写真:小野祐次 
  • 文:髙田昌枝(パリ支局長)

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男にとって、指輪とはどんな意味があるのか――。そのヒントを探る展覧会が、日本でまもなく幕を開ける。2022年1月から東京・六本木で開催される『メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション』展だ。会場に並ぶのは、パリでアートと家具のギャラリーを営むイヴ・ガストゥが個人で集めた私的コレクション。指輪の歴史や文化的な側面から、装身具としての意義まで、男たちの指輪をめぐる物語をひも解いていこう。

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さまざまな種類の指輪をミックスして重ねづけしていたイヴ・ガストゥの愛用品。手前左は、娘のマチルドと息子のヴィクトールのイニシャルであるMとVがあしらわれたオーダーメイドのゴールドリング。その右のキリスト像とスカルがあしらわれた指輪は、日本のブランド、マースプラネットのもの。左奥のクオーツの指輪は、蝶番付きで薬が収まる仕掛け。他の4点はイヴがお気に入りだったスカルモチーフ。左端は、髭や目玉をゴールドで強調したメキシコの指輪。バラの花冠付きの指輪は、1970年代のアメリカのバイカーズリング。その右隣は、額に十字架、花びら、砂時計、蜘蛛の巣など、多種多彩なモチーフがあしらわれたバイカーズリングで、ヴィクトールが父イヴから贈られたもの。右端は1970年頃のもので、スカルを模した骨がはめ込まれている。

親子2代にわたって情熱を傾けてきた、男の指輪の魅力とは?

蜘蛛の巣や骸骨をモチーフとしたバイカー御用達のリングから、仕掛け細工が施されたアンティークの品々、宝石をはめ込んだ高貴な司教の指輪まで。イヴ・ガストゥによる指輪コレクションは、900点を数える壮大なものだ。

「男の指輪をテーマにしたコレクションは、世界でも唯一でしょう」

そう語るのは、先頃亡くなったイヴの情熱を受け継ぐ、息子のヴィクトール・ガストゥだ。

「指輪は小さな彫刻。そして彫刻は最も官能的なアートです。手で触れ、かたちやボリュームを感じるもの。指にはめるとすぐに自分に合うか否かが感じ取れる。指輪は身につける者と肉感的な関係を結ぶ、特別なアクセサリーです」

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左:イヴ・ガストゥ●1948年、フランス・カルカソンヌ生まれ。アンティーク商を経て、84年、パリのボナパルト通りにギャラリーを開設。家具やアート作品を中心に前衛的なデザインをいち早く紹介する開拓者として知られた。2020年逝去。 右:ヴィクトール・ガストゥ●1983年、フランス・パリ生まれ。イヴ・ガストゥの長男。ヨーロピアンビジネススクールで修士号を取得後、2005年からアートディーラーとして父のギャラリーに参画。現在は跡を継ぐ。 www.galerieyvesgastou.com ©︎ Galerie Yves Gastou

イヴ・ガストゥは、1984年、パリのサンジェルマンのボザール美術学校の隣にギャラリーを開いた。ファサードのデザインをイタリア建築界の巨匠エットレ・ソットサスに依頼し、アレッサンドロ・メンディーニやロン・アラッドなどの斬新なデザイン家具を紹介。いまも変わらぬ白黒のファサードは、当時は反対署名運動が起きるほど前衛的だったという。

「父はいつも、他人とは違うものを見ていました。90年代には60年代〜70年代の未来派デザインを再発掘しましたが、流行り始めると『つまらない』と別のものに目を向けた。父のギャラリーは常に“発見”のある場所でした。現在も彫刻と家具との境界にこだわっています。これは彫刻か、椅子か、と考えてしまうようなら面白い」

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左:ギャラリー内は吹き抜けの天井から明るい光が差す。彫刻のような椅子、脚部のデザインが美しいテーブルなど、主張のある家具が並ぶ。中央のテーブルはフィリップ・イキリー「Malraux-Vilmorin Table」(1968年作)。壁際の椅子はマリオ・チェロリ「High-Backed Chairs」(1972年頃作)。 右:ギャラリー内を案内するヴィクトール。1940年代から現代まで、時代もスタイルも折衷的なラインアップが持ち味。
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壁にはアラン・ジャケのシルクスクリーン「Florence」(1969年作)が。右下はフィリップ・イキリーのコーヒーテーブル「Jacqueline Delubac」(1971年作)、左はモニック・ロザーヌの彫刻「Secret Caché」(2018年作)。 

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蒐集のきっかけとなった、司教の指輪

先見の明と独自の視点をもったギャラリストとして知られ、オブジェとしてだけでなく有用性のある彫刻にこだわったイヴ。彼がプライベートでコレクションしていたのが、小さな彫刻、指輪だった。その情熱の発端は幼少期に遡る。

「カルカソンヌの教会でミサに出席した父は、聖体拝領の時に司教の指にはまっていた指輪に魅せられ、指輪見たさに何度も拝領の列に並び直したのだそうです」

イヴが本格的に蒐集を始めるきっかけも、司教の指輪だった。

「ある時、メレリオ・ディ・メレーという老舗ジュエラーがストックを放出しました。買い取りに出かけた父は、教会に納品されなかった司教の指輪の数々を発見します。こんなお宝があるのに誰も見向きもしないとは!と、本格的にコレクションし始めたのです」

父から指輪をプレゼントされ、父のコレクションを日々目にするうちに、その情熱は息子へと受け継がれる。父子は旅先やオークションで、指輪を購入し続けた。

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イヴが指輪に情熱を捧げるきっかけとなった、司教の指輪。教会が富と力を誇示した時代、質素堅実を訴えた時代など、時代ごとで高価な宝石付きからシルバーの質素なデザインまで、意匠が異なる。ゴールドに宝石が付いたこの3点は、司教の指輪が高貴な宝飾品だった19世紀のもの。

指輪を買う際の基準は?との質問にヴィクトールはたったひと言、「男の指輪」と答える。希少な宝石や値段ゆえではなく、特定の年代のアンティークだからでもない。一つひとつの指輪に惹かれる理由は、言葉では説明できない。コレクションの中には、大きすぎたり、彫刻が込み入って肌に引っかかったりと、身につけるのに適さない指輪もあるが、親子それぞれに愛用の指輪がある。

「父のお気に入りのテーマはヴァニティと宗教。熱心なカトリック信者ではないが、キリスト像をめぐる審美性、大聖堂や彫像、宗教がもたらす狂気や教会の力に魅せられていました。過ぎゆく時を思い、ユーモアを交えて人生を捉えることを重んじていたのです」

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イヴがいつも身につけていた指輪。一見エレガントなスタイルだが、よく見ると、アメジストを2体の骸骨が支えている。2000年、彫刻家マルク・ガシエの作品。

スカルやキリスト像の入った指輪は、ときに相手を挑発し、驚かせる。そんな効果を、イヴは楽しんでいたという。蒐集が進むにつれ、男性用の指輪といえばガストゥに、と持ち込む人も増え、コレクションは拡大を続けた。最後にはなんでも買ってしまい、どこでノンと言えばいいのかわからなくなった、とヴィクトールは笑う。

「コレクションはすべてを集めたところで完成するものです。でも男の指輪に終わりはありません」

そこで父子は、書籍に残すことで、いったん終止符を打つことに。ヴァン クリーフ&アーペルが支援するジュエリーと宝飾芸術の学校「レコール」と出会い、書籍の刊行と同時に『メンズ リング』展がパリで開催されたのが2018年。コレクションの主が世を去ったいま、その情熱を宿す指輪から選りすぐりの270点が日本にやって来る。

『メンズ リング イヴ・ガストゥ コレクション』

会期:2022/1/14~3/13
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
東京都港区赤坂 9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン内
TEL:0120-50-2895(レコール事務局)
開館時間:10時~19時 
無休 入場無料 予約不要
※開催の詳細は下記サイトで確認を
www.lecolevancleefarpels.com/jp/ja/mens-rings-exhibition