この週末に観たい、Penが選んだ今月の映画2選

  • 文:細谷美香

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1990年代の渋谷と現在をつなぐのは、“人と関わりたい”という切なる思い

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瑞々しい感性をもち、主人公に大きな影響を与えるかつての恋人を、伊藤沙莉が演じる。エンディング曲は、森山、燃え殻がともに好きだという、堀込泰行のキリンジ時代のソロプロジェクト、馬の骨による『燃え殻』。© 2021 C&I entertainment

ウェブ連載中から人気を呼んだ燃え殻の半自伝的小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』が、森山未來主演で映画化された。テレビの美術制作会社で働く46歳の主人公が思い起こすのは、1995年当時の恋人と過ごした日々。ふたりを結びつけた小沢健二の音楽をはじめ、レコードショップのWAVEやシネマライズなどを通して当時のカルチャーが細部まで描き込まれ、あの時代だけが放っていた空気が濃密に伝わってくる。

文通からSNSへとコミュニケーションツールが変遷する様子も描かれており、当時の雑誌の文通コーナーに目を通したという森山は「ものすごいエネルギーを感じました。でもどの時代にも通底しているのは、“人と関わりたい”という切実さ。時代やツールが変わっても、変わらないものだと思う」と語る。他者とのつながりを求める普遍的な痛切さが描かれているからこそ、この小説は主人公と同世代の読者だけではなく、幅広い年代の支持を得たのだろう。

原作が書籍化されたのは2017年。映画はコロナ禍のさなかである21年の東京の街でも撮影が行われた。誰も歩いていない静かな夜の新宿から、初めての待ち合わせをしたラフォーレ原宿、かつて何度も通った渋谷のラブホテルへと、記憶の扉が開けられていく。映画のルックは現在よりも過去のほうが光に満ちているが、現在の主人公が不幸なわけではない。

燃え殻は「過去を回想しながら、あの頃、彼女に言えなかった“ありがとう、さようなら”をちゃんと言いたいという思いを込めたつもりです。きっちり落とし前をつけて、現在に帰ってくる小説にしたかった」のだという。

記憶を遡ることは決してノスタルジーに溺れるだけの行為ではない。たとえ何者にもなっていなくても、あの頃があったからいまがある。映画を観終わる頃、自分を肯定する力が湧いてくるはずだ。

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『ボクたちはみんな大人になれなかった』予告編 - Netflix

『ボクたちはみんな大人になれなかった』

監督/森 義仁
出演/森山未來、伊藤沙莉ほか
2021年 日本映画 2時間4分
シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほかにて公開中、NETFLIX全世界配信中。
https://www.bokutachiha.jp/

※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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ひとつの殺人事件で結ばれた、秘密と孤独を抱える者たちの運命

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© 2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076 © Jean-Claude Lother

フランスの山あいにある村で、吹雪の夜に起こったひとりの女性の失踪殺人事件。犯人として疑われた農夫のジョゼフ、彼と不倫するアリス、彼女に隠れてネットで恋愛中の夫のミシェルと、その相手。そして、アフリカで詐欺をしているアルマン。秘密を抱えた人々の思いが交錯していく。『ハリー、見知らぬ友人』などで知られるドミニク・モル監督が、男女5人の物語をそれぞれの視点で描写。真実を立体的に炙り出す、群像ミステリーを完成させた。

映画『悪なき殺人』予告編【12/3(金)公開】STAR CHANNEL MOVIES

『悪なき殺人』

監督/ドミニク・モル
出演/ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミーほか
2019年 フランス・ドイツ合作映画 1時間56分
12⽉3⽇より新宿武蔵野館ほかにて公開。
https://akunaki-cinema.com/

※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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※この記事はPen 2022年1月号「CREATOR AWARDS 2021」特集より再編集した記事です。