人を巻きこみ、“つくる楽しみ”を共有する蒸留所【Penクリエイター・アワード審査員特別賞 江口宏志】

  • 文:西田嘉孝

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Pen クリエイター・アワード、2021年の受賞者がいよいよ発表! 今年は外部から審査員を招き、7組の受賞者が決定。さらに審査員それぞれの個人賞で6組が選ばれた。CREATOR AWARDS 2021特設サイトはこちら。

審査員特別賞 林 千晶 選

蒸留家 江口宏志

<COMMENT>
蒸留所としての成功だけでなく、地域に開かれ、国内有数のバーやセラーとも取引を行うなど、彼が体現する広い意味でのデザインには、これからの生き方のヒントが詰まっている。

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江口宏志●1972年、長野県生まれ。2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープンし、09年より「THE TOKYO ART BOOK FAIR」を運営する。15年に蒸留家へと転身。18年にmitosaya薬草園蒸留所を開設。千葉県鴨川市でハーブやエーディブルフラワーの栽培等を行う法人「苗目」にも携わる。https://mitosaya.com ©山田薫 Kaoru Yamada

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ブックショップのオーナーから蒸留家へと転身した江口宏志。2015年に家族とともに渡独、そこで生まれる蒸留酒の素晴らしさ、哲学や生き方への共感から、自身の転身のきっかけとなったクリストフ・ケラー氏が営む南ドイツのステーレミューレ蒸留所で技術を学んだ。そんな江口が帰国後に開いたのが「mitosaya薬草園蒸留所」だ。

房総半島の中央部に位置する千葉県夷隅郡大多喜町。広大な薬草園跡地を再活用した小さな蒸留所では、フルーツブランデーからアブサンまで、あらゆる果物や薬草などを使ったオー・ド・ヴィ(蒸留酒)がつくられている。原料として使うのは、全国から集められた果物や、薬草園で採れるハーブや花々などのボタニカル。さらに19年からは、長く使われていなかった近隣の畑を借り受け、ライ麦の栽培にも挑戦している。

「ひと粒の麦がどのように育ち、どのようにお酒になっていくのか。自分たちで体験しながらウイスキーをつくってみたいと思いライ麦の栽培を始めました。ライ麦はとても背が高く、成長すると2m以上になるんです。その麦わらをなにかに使えないかと考えて、思いついたのがストローでした。麦のストローなので『ストローストロー』と名付けて。まだ2020年に発売したばかりですが多くの飲食店で使ってもらい、思いもよらない広がりを見せています」

江口さんがそう紹介する麦わらのストローは、地元の福祉作業所でていねいに仕上げられる。いわゆる農福連携の取り組みだ。

「作業所の人たちがストローをつくる作業を楽しいと言ってくれることもうれしいですし、蒸留所にmitosaya(実と莢)と名前を付けた時から、捨てられてしまいがちな莢の部分にこそ面白さがあるんじゃないかと思っていたので。そうした思いと活動が、実際にかたちになっていくのを見るのは楽しいですね」

クラウドファンディングで支援を募ったオープン時から“開かれた場所”であり続ける蒸留所では、春と秋に敷地内を一般公開するオープンデーを実施。さらに今年度からは毎月第1、第3土曜と日曜に、蒸留所の入り口脇に無人販売所を設置。4月からはほぼ隔週の金曜に、薬草園や近隣の麦畑、全国の果樹園などで収穫や畑仕事が体験できる「Farming Friday」もスタートさせた。

「無人販売所に並ぶのは、僕らがつくるお酒やジャムなどの加工品と、そうした製品になる前の果物や野菜など。ひとつの素材から生まれる循環のようなものを表現したくて始めたのですが、これが意外と評判で。僕たちと地元の生産者さんだったり、地元の生産者さんと東京から来るお客さんだったり。いろいろなつながりを生む場所としても機能しています」

Farming Fridayについても、「植物や農作業に興味がある人ならどなたでもどうぞとSNSで告知したら、予想以上に多くの人が来てくれて。そこでつながった人たちの力も本当に大きくて、彼らが手伝ってくれることで蒸留所がどんどん楽しい場所になっていくんです」と、うれしそうに語る。

スモモやリンゴ、梅や洋梨、白桃に梨にキンモクセイ……。そうしたフルーツやハーブのフレッシュな香味が、ぎゅっと凝縮されたような香りや味わいが楽しめる江口のオー・ド・ヴィ。超少量生産のうえワンバッチ(ひと仕込み)ごとに個性が異なる一期一会の商品は、発売とともに売れていく。増産もひとつの課題だが、それよりも「つくる理由があるものをひとつずつていねいに形にしていきたい」と江口は言う。

今後は、蒸留について学びたい人のための学校のようなポッドキャストや、果物などの生産者やバーテンダーがジュースやカクテルをボトリングできる充填所の開設なども計画。豊かで楽しい日本の蒸留酒カルチャーの近未来、ゆっくりと、でも確かな足取りでその先頭を行く蒸留家だ。

相棒のような、ドイツ製の小さな蒸留機

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©Hideaki Hamada

容量150ℓと小さなドイツ製の連続式蒸留機は、約30年前に製造されたもの。「極小なので生産量は限られてしまいますが、このサイズだからこそ、いろいろな挑戦ができるんです」と江口。自動制御できる最近の蒸留機とは違い、作業のほぼすべてが手動。実際に香りや味を確かめながら蒸留を行う。

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誰もが参加できる農作業体験

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参加費が必要ないかわりに報酬もなく、本人の自主性だけが参加資格となるFarming Friday。蒸留所敷地内での種まきやボタニカルの収穫、雑草取りなど畑仕事を体験しながら植物や自然について学ぶことができる。実施日はサイトで確認を。

金沢のホテル「香林居」との共同開発

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2021年10月に開業して話題を呼んだ蒸留所併設のブティックホテル、金沢の「香林居」とコラボレーションしたオー・ド・ヴィ。石川県の白山で採れたクロモジと、薬草園で収穫したシロモジ、アオモジなどを使用しており、同ホテル内のみで味わえる。

無人販売所を開設

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ビニールハウスの材料から江口が自作したスタンドショップ。mitosayaとつながりのある生産者の生鮮品や加工品などを販売している。

農福連携のプロダクト

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地域の福祉施設に依頼して、ウイスキーづくりの副産物として生まれたライ麦の茎を加工してつくったストロー「Straw Straw」。

最先端ホテルでカクテルを提供

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東京エディション虎ノ門と、カクテルで夏期限定のコラボを実施。同ホテルのロビーバーで、mitosayaの5種のオー・ド・ヴィーを使ったオリジナルカクテルを提供。© EDITION

2021年11月、オープンデーを開催

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2021年11月14日に開催されたオープンデーでは、虎ノ門EDITIONとのコラボでカクテルバーを開設。
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同じく11月14日に開催されたオープンデーでは、屋外サウナも登場。mitosayaでも過去最大規模のイベントとなった。
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オープンデーには東京・等々力の人気パティスリー アサコ イワヤナギも出店。ここでしか食べられない限定メニューを目当てに、長蛇の列ができた。

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※この記事はPen 2022年1月号「CREATOR AWARDS 2021」特集より再編集した記事です。