「ニコンZfc」のへリテージデザインの源流、Nikkormat(ニッコールマット)

  • 写真・文:ガンダーラ井上

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ニッコールマットFTn

ニコンから発売された新しいミラーレスカメラ、Zfcをご覧になりましたか? まるで昔のアナログカメラみたいな佇まいが話題で、若い人だけでなく古くからのニコンファンも興味津々の様子です。フィルム一眼レフのベストセラー機だったニコンFM2をおもなデザインソースとしてつくられたニコンZfcに関しては、Pen本誌とPen Onlineにて不肖ガンダーラが記事を書かせていただいていますので、そちらもご覧いただけると幸いです。

さて、今回ご紹介しているカメラはニコンZfcのデザインを辿っていくとその存在が見えてくるニッコールマットFTnというモデルです。1965年に登場したFTを中央重点測光に改良した機体で1967年に発売。日本での名称はニコマート。まるで1980年代から1990年代にかけて存在したコンビニみたいな名前ですが、海外市場の一部ではなんらかの理由で少し長いニッコールマット名義で発売されておりました。

ニコマートとかニッコールマットとか、なんだかスッキリしないけれどなんでニコンじゃないの?と思われるかもしれませんが、それは1959年に発売された一眼レフのマスターピースであるニコンFの下位機種と位置付けられていたからです。ニコンと名乗らないけれどニコンFと同じレンズマウントを採用し、優秀なニッコールレンズ群が使えるカメラとしてニコマート(ニッコールマット)シリーズは1970年代後半まで製造され続けます。

ニコンFに始まる最高級機の系列と、ニコマート(ニッコールマット)系列の中間に位置するカメラとして1977年に登場したのがニコンFMです。とはいえニコンFMは少々コンパクトになったものの、縦走りのコパル製シャッターを搭載するなどニコマート(ニッコールマット)系列の血を色濃く引き継ぐモデル。その後、シャッター最高速度を1/4000秒まで上げたニコンFM2へと進化していくことになります。

ニコマート(ニッコールマット)の魅力とは、まるで光学兵器のような鋭角のエッジを持つニコンFに対し、民具としての親しみやすさにあったと思います。ニコン基準の丈夫さを保ちながらも廉価に提供すべく、真鍮製のトップカバーの輪郭はニコンFよりも甘い仕上がりであり、その伝統はニコンFM2にも受け継がれていきました。

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往年のフィルム機に近しいボディバランスを検証すべく制作された、ニコンZfcの初期モックアップ。(ニコンFMとAiニッコール50mm F1.4 カラーネガフィルムで撮影)

ニコンZfcをデザインしたニコンのデザイナー鈴木舟さんによると、エッジの甘さは真鍮の板材を加工する際に生じる“プレスだれ”や“角ツブレ”と呼ばれるもの。この雰囲気を厳密に模擬すべく、ニコンFM2のエッジ部分を観察して細部を抽出。CADデータに落とし込むことでニコンZfcのボディに反映させたとのこと。真鍮材を何回もプレス加工してつくっていたニコンFM2とは異なり、ニコンZfcはマグネシウム合金をモールディング成形したもの。素材も工法もまったく異なるにもかかわらず、妥協のない追い込み方をしています。

だから、目をつぶってニコンZfcとニッコールマットFTnの頭頂部に触れてみれば、その中身は有機ELを搭載した電子ビューファインダーとペンタプリズムを用いた純光学ファインダーという違いがあるにもかかわらず、驚くほど似通った感触なのです。やっぱりこのニッコールマットFTnは、ニコンZfcのご先祖さまと呼んで差し支えないと思います。ちなみにこの機体は製造から50年以上が経過していますが、ちゃんと写真が撮れますし、フィルムが手に入るのであれば50年後でも撮影可能だと思います。そう考えるとアナログカメラの持続可能性って、本当に素晴らしいですよね。

ガンダーラ井上

ライター

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。

1964年東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計やカメラの収集に血道をあげ、2002年に独立し「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」などの雑誌やウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)など。