新型コロナに感染した人間が、『孤独のグルメ』を見て思うこと

  • 文:絶対に終電を逃さない女

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Ⓒテレビ東京

『孤独のグルメ Season9』第5話の舞台は、静岡県伊東市宇佐美の「焼肉ふじ」。新シーズン初の地方出張回だ。第4話までは毎回ロケ地のお店に足を運んで感想を綴ってきたこの聖地巡礼レビューシリーズだが、東京都における新型コロナウイルスの感染拡大を鑑みて、地方まで行くのは控えたい。

と思っていたら、なんと自分が感染してしまった。

発症してからもう1週間以上隔離生活をしているため、もちろん聖地巡礼どころか外食も一切していない。外に出ることすら許されない。軽症ではあるものの、すでに嗅覚はほとんど機能しておらず、食べ物の匂いを感じることができない。味に関しては今のところ異常はないが、周知の通り味覚障害が発生する可能性もある。そんな状況に置かれた人間が『孤独のグルメ』を見て何を思うのか。今回はそれを書いていきたい。

井之頭五郎が生ワサビを擦っているシーンで始まる第5話の一軒目は、静岡県賀茂郡河津町の「かどや」。Season3で一度訪れたお気に入りのお店らしい。食べているのは「生ワサビ付きわさび丼」。鰹節とわさびに醤油をかけただけの、その名の通りわさびが主役の丼である。脇役のわさびしか知らない私にとっては、まったく想像のつかない味だ。上質なわさびは辛くないというのは本当だろうか。

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食べてみたい、といつものように思ったあと、もし味覚障害になって治らなかったら知らないままなんだな、と思う。わさびが鼻にツーンと来る感じさえも、懐かしく思う日が来るのだろうか。厚生労働省の「COVID-19 後遺障害に関する実態調査」によると、1か月後までの改善率は嗅覚障害が60%、味覚障害が84%なので、それほど心配することではないかもしれないが、ついネガティブに考えてしまうのだ。

店を出た五郎は、ほとんど人が見当たらない炎天下の田舎町でも律儀にマスクを着用して歩き、今回の商談先である美容室へ。この毎回の商談シーンでは、五郎も商談相手も当たり前のように飲み物を飲む時以外はマスクを着けて話しているのが印象的だ。

商談を終え、誰もいない海辺でマスクを外し一息ついた途端、いつものごとく空腹感に襲われた五郎は、再びマスクを着用して店探しに繰り出す。真夏の暑さにも負けず彷徨う姿は、さながらサバンナの飢えた肉食獣のようだ。「焼肉 ミートショップ ふじ」の看板を捉えた目には狂気すら宿っている。

店に入った五郎がまず捕らえた獲物は「豚焼きしゃぶ」と「牛焼きしゃぶ」。9割焼いて、裏返したらすぐ食べる。店主からそう教えられた五郎は、豚焼きしゃぶを口に入れる寸前に慌ててマスクを外す。そこからは牛焼きしゃぶ、上ハラミ、赤身カルビと怒涛の勢いで肉を食らう「焼肉ふじロックフェスティバル2021」が開幕。野菜スープ、キムチ、ビビンバまで平げ、店主をして「あのお客さん、胃袋いくつあんのかね」と言わしめる、牛顔負けの食いっぷり。

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外食がしたい。単純だけどそう思った。隔離生活を通して、外食は、美味しいものを食べることだけでなく、外で食べるということもセットで気分転換になっていたのだと実感している。特にSeason9の聖地巡礼をすることになってから、毎週行ったことのないお店で美味しいものを食べられることが、日々の楽しみになっていたのだ。

視聴者の中には、放送後にロケ地のお店に行ったり、同じお店には行けなくても例えば焼肉回なら近所の焼肉屋に行ったりしている人は少なくないだろう。1週間働いて疲れた金曜の深夜に『孤独のグルメ』を見て、期待を膨らませながら眠りにつき、土曜日に同じものを食べる。それを1週間の励みにしている人は多いのではないか。

新型コロナに感染して改めて感心したのは、五郎をはじめとする登場人物たちの感染対策の意識の高さだった。前述のマスク着用だけでなく、五郎は毎回入店する際に必ず手をアルコール消毒している。コロナがない設定のドラマも多い中、ここまで徹底している作品は珍しい。しかも、登場人物たちはそれについて特に言及することなく当然のように行なっている。

私自身、同様に対策はしていたのにもかかわらず感染してしまったように、もちろん完全に防げるわけではないが、感染したらまず外食はしばらくできないし、味覚障害が発生すれば治るまで食事を楽しめなくなってしまう。

井ノ頭五郎はコロナ禍において外食を楽しむ人たちの模範である。そして『孤独のグルメ Season9』は、現実世界でもそれぞれの“孤独のグルメ”を楽しみ続けるために、できる限りのことをしようというメッセージであり、飲食店へのエールでもあるのかもしれない。

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「焼肉ふじロックフェスティバル2021」開催中の五郎。次回第5話の放送は8月13日(金)深夜0時12分よりスタート!Ⓒテレビ東京

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。『GINZA』(マガジンハウス)Web版にて東京の街で感じたことを綴るエッセイ『シティガール未満』、『TOKION』Web版にて『東京青春朝焼恋物語』連載中。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

連載記事

【第一話】『孤独のグルメ』の最新シーズンが始まったので、(事前)聖地巡礼をしてみた
【第二話】『孤独のグルメ』第2話の聖地巡礼レビュー。井之頭五郎に「攻めの姿勢」の大切さを学ぶ
【第三話】『孤独のグルメ』第3話の聖地巡礼レビュー。東麻布で外国料理店のもつ“力”を感じる
【第四話】『孤独のグルメ』第4話の聖地巡礼レビュー。井之頭五郎の「デカちゃん」ぶりを思い知らされる