海外ドラマの最高峰を決める「エミー賞」にノミネートされた、いま観るべき作品5選

  • 文:今 祥枝

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(c)Amazon Studios

アメリカのTV業界の年に一度のイベント、第73回エミー賞のノミネーションが7月13日(現地時間)に発表となった。今年はコロナ禍での撮影現場のルール作りや、ルールを守るための経費ほかハードルの高さに苦戦を強いられる番組も少なくなかった。だが、ふたを開けてみれば作品数・質ともにTVの黄金時代をキープしており、アメリカのTV業界の地盤の強固さを感じさせた。授賞式は地上波の4大ネットワークで、持ち回りで放送されるのが慣例。今年は9月19日(米国時間)にロサンゼルスのマイクロソフトシアターで開催され、CBSとその配信サービス、Paramount+で生中継で放送・配信される予定だ。

エミー賞とは?

ここで改めてエミー賞について振り返っておこう。エミー賞は映画におけるアカデミー賞、演劇におけるトニー賞、音楽におけるグラミー賞に並ぶ、米TV業界最高の権威とされている。エミー賞にはデイタイム・エミー賞、スポーツ・エミー賞、国際エミー賞など複数の賞があり、中でも注目度が高いのが、夜の看板番組が並ぶ時間帯の番組を対象とするプライムタイム・エミー賞だ。通常エミー賞というときは、このプライムタイム・エミー賞のことを指す。プライムタイム・エミー賞には事前に発表されるプライムタイム・クリエイティブ・アート・エミー賞があり、こちらはバラエティやドキュメンタリーや技術部門等を対象としている。

賞の対象期間は前年6月1日~その年の5月31日(アメリカのTV業界は1年=1シーズンというサイクル)。18時~午前2時の間に放送された番組で、全米の少なくとも50%の地域で放送されなければならないなどの規定がある。一方、近年主流の動画配信サービスの作品は、デイタイムかプライタイムのどちらかにエントリーすることができる。

投票は業界関係者から成るテレビ芸術科学アカデミーのメンバーによって行われる。”身内の賞”である色合いは強く、過去にも変更・改善がなされたものの投票方法には見直すべき点があるとの声は常にある。動画配信サービスの台頭により、とりわけ加速度的に作品数が増えた2017年以降、新作のパイロット版(初回)でさえ網羅することも不可能となったとするのが大方の認識だろう。今年のノミネーションに対しては作品数が多過ぎることへの議論もあるのだが、業界関係者だけでなく視聴者もまた同様の悩みを抱えているに違いない。この問題は後述したいと思う。

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配信市場の全盛時代を感じさせる今年のエミー賞

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最多の24ノミネートを獲得した『マンダロリアン』シーズン2 © 2021 TM & © Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved. ディズニープラスで独占配信中

さて、プライムタイム・エミー賞には多くのカテゴリーがあるが、最も注目を集めるのは「ドラマシリーズ部門」「コメディシリーズ部門」「リミテッドシリーズ部門」だ。今年の内訳を見て行こう。

最多ノミネートを獲得したのは、Netflix『ザ・クラウン』シーズン4とディズニープラス(Disney+)『マンダロリアン』シーズン2で24ノミネートを獲得。ディズニープラス『ワンダヴィジョン』の23、米hulu『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』シーズン4の21が続く。放送・配信サービス別では、HBOと配信サービスのHBO Maxが合計130ノミネートで首位。Netflixが129で僅差の2位で、3位のディズニープラスを大きく引き離した。視点を変えると、米huluやFOX、FXなどを傘下に収めたウォルト・ディズニー・カンパニーは、ディズニー系列の地上波ABCなどを含めると166ノミネートを獲得したことになる。どの企業、プラットフォームが実質的な勝利と言えるのかを見極めるのは難しくはあるが、パンデミックを経て加速度的に拡大した配信市場の全盛時代であることは間違いない。

こちらも近年の傾向ではあるが、今年も映画とTVをシームレスに行き来する才能が際立つ。『ムーランライト』(2016年)でアカデミー賞を獲得したバリー・ジェンキンスが手がける『地下鉄道~自由への旅路~』、オスカー俳優ケイト・ウィンスレットが主演の『メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実』、『ザ・クラウン』のカミラを演じて候補入りのエメラルド・フェネルは、『プロミシング・ヤング・ウーマン』でアカデミー賞脚本賞を受賞したことも記憶に新しい。ほかにも枚挙にいとまがないが、こうした映画業界のビッグネームも顔を揃える授賞式の国際的な注目度は高い。加えて映像業界において存在感を増す動画配信サービスの動向も含めて、エミー賞の結果は映画・TV業界全体を俯瞰する意味でも重要な指標の一つとなっている。

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「作品数が多すぎる」問題

一方で、どの賞でも「あの作品はなぜ候補に入っていないのか」という意見は付き物である。しかし今年のエミー賞では、近年最も充実しているカテゴリーであるリミテッド・シリーズ部門の候補作が5本に限定されたままであることへの不満が続出した。このところのTV・配信シリーズは、6話~8話程度で完結する「リミテッド・シリーズ」が急増しており秀作も多い。今年のノミネートから漏れた作品の例として、1980年代のロンドンでHIV/エイズに翻弄される若者を描いた『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』、『それでも夜は明ける』(2013年)のスティーヴ・マックイーンが手がける『Sall Axe(原題)』、イーサン・ホークが奴隷制廃止論者を熱演する『The Good Lord Bird(原題)』など批評家が絶賛している作品がある。また、『地下鉄道』は俳優部門での不遇にも物言いがついている。いずれも黒人差別や性的マイノリティを題材にしている作品であることは気になるではある。

同時に、前述した「作品数が多すぎる問題」がここにもつながっていると考えられる。ノミネート数の上位12作品が、全ノミネート数にしめる割合は今年は過去最多の36%を占めている。エミー投票者たちは以前に比べてより人気作・話題作へ投票する傾向が顕著なのだ(米IndieWire参照)。もちろん人気作への投票が良くないということではないが、娯楽として楽しみやすとは言えない、アーティスティックな作品の中から現代の秀作にスポットを当てる役割が、エミー賞のようなアワードにはあるはずだ。それこそがピークTVと呼ばれるTV黄金時代の作品群の層の厚さであり真髄なのだから。エミー賞はそもそも保守的な側面が強くもあるのだが、時代時代でアカデミー賞より一歩先を行く革新性も見せてきた。作品の供給過多が常態化している中で、この問題にいよいよ正面から取り組まないのであれば、エミー賞は時代に取り残された賞になってしまう可能性も否めないだろう。

とはいえ、今年も確実に時代とともに進化していると感じられることもある。例えば、今年は『POSE/ポーズ3』で主演を務めたMJ・ロドリゲスが、トランスジェンダー俳優として初の主演俳優カテゴリーにノミネートされた。同作は過去2シーズンは不遇の感もあったが、今回は主要含む9部門の候補となっている。また今回より男優、女優のカテゴリーは変わらないが、ノミネート者や受賞者はノミネート証明書やエミー賞の像に「パフォーマー」と記載することを要求できることとなった。そうした点も踏まえて、今年のエミー賞が受賞結果によって、どのようなメッセージを世界に向かって発信するのかに注視したい。

次項では、今年のエミー賞ノミネート作品の中でも特におすすめしたい作品を紹介する。

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『ザ・クラウン』シーズン4(Netflix/ドラマシリーズ部門)

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Des Willie/Netflix

英国女王エリザベス2世の女王就任から現在までを、ロイヤルファミリーと時の政治家や社会背景を盛り込みながら描く。シーズン4はマーガレット・サッチャー首相の時代(1979年~1990年)。なんといっても注目は、チャールズ皇太子とダイアナ・スペンサーの出会いと結婚だ。ゴシップ色の強い題材も重厚な人間ドラマに落とし込む、映画『クイーン』の脚本家ピーター・モーガンらクリエイター陣の手腕はシーズン1から卓越している。

だが、シーズン4はこれまでとは一線を画す、新たな方向性へと舵を切ったことがわかる作りで、一体どこまでやり切るつもりなのかと考えるに恐ろしくも心躍るものもある。女王役のオリヴィア・コールマン以下、ジリアン・アンダーソン、エマ・コリン、ジョシュ・オコーナーらキャストは等しく名演を披露。

『ザ・クラウン』

原作・制作:ピーター・モーガン
出演/オリヴィア・コールマン、ジリアン・アンダーソン、エマ・コリンほか
2021年 全4シーズン(40話)
Netflixで独占配信中。
https://www.netflix.com/jp/title/80025678

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『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』(Apple TV+/コメディシリーズ部門)

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画像提供Apple TV+

コメディ・シリーズ部門のカテゴリーとしては、『glee/グリー』以来の新記録となった20ノミネートを獲得した傑作コメディ。降格の危機に直面しているイギリスのサッカーチームの監督として、アメフトのコーチだったテッド・ラッソがアメリカからやって来る。経験がないため問題が続出するが、楽天的で陽気に自分のやり方を実践するテッドは、チームのメンバーらの信頼を得て行く。

『サタデー・ナイト・ライブ』などのジェイソン・サダイキスは日本ではあまり知られていないが、彼が体現するテッドの魅力は一度観たら愛さずにはいられない! ハンナ・ワディンガム、ブレッド・ゴールドスタインほか芸達者な俳優陣のアンサンブルも楽しい。

『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』

出演/ジェイソン・サダイキス、ハンナ・ワディンガム、ブレンダン・ハントほか
2021年 シーズン1(10話)、シーズン2 (7/23より順次公開 12話)。Apple TV+で独占配信中。
https://tv.apple.com/jp/show/

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『メア・オブ・イーストタウン/ある殺人事件の真実』(U-NEXT/リミテッドシリーズ部門)

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©️2021 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

英国俳優のケイト・ウィンスレットが、アメリカのフィラデルフィア郊外の小さな町の刑事メア・シーハンを演じるミステリードラマ。かつて地元のスターだったが離婚し、長男を自殺で亡くし、元ヘロイン中毒の義理の娘と孫の監護権を争うシーハン。さらに1年前の少女の行方不明事件を解決できずにいるなが、10代の母親が殺された事件を調査することに……。

英語のアクセントはもとより、すっぴんでお腹の肉がたるんだベッドシーンも臆せず、40代の人生に疲れた働く女性のリアルを体現するウィンスレットが絶品。謎解きの要素も巧みだが、見応えのある人間ドラマとしての秀逸な作りは、さすが質の高さで知られるHBOだと唸らされる。ジーン・スマート、ガイ・ピアース、エバン・ピーターズら共演陣の渋好みのアンサンブル演技も味わい深い。

『メア・オブ・イーストタウン/ある殺人事件の真実』

監督/クレイグ・ゾベル
出演/ケイト・ウィンスレット、ジュリアンヌ・ニコルソン、ジーン・スマートほか
2021年 全1シーズン(7話)
8/27(金)よりU-NEXTにて見放題で独占配信。

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『地下鉄道~自由への旅路~』(Amazonプライムビデオ/リミテッドシリーズ部門)

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(c)Amazon Studios

『ムーンライト』でアカデミー賞を受賞したバリー・ジェンキンスが全話の監督・共同脚本・製作総指揮を手がけて、ピューリッツァー賞を受賞したコルソン・ホワイトヘッドの小説『地下鉄道』をドラマ化。南北戦争以前の南部で過酷な奴隷生活を送る少女コーラ。自由を求めて奴隷を安全な北部に逃すという、噂の”地下鉄道”に乗って脱走を試みるが……。

現実には存在しなかった地下鉄道が走る様は圧巻! 一方であまりにも過酷なコーラの旅路は、思わず目を背けたくなるようなシーンも。壮絶な痛みとともに、現代アメリカ社会の構造的な黒人差別への痛烈な風刺や奴隷として生きた人々へのリスペクトを伝える、力強いメッセージに圧倒される。主演のスソ・ムベドゥ、残虐な賞金稼ぎ役のジョエル・エドガートンほかキャストの熱演も光る。ブラッド・ピットと彼が率いるプランBエンターテインメントも制作に参加している。

『地下鉄道~自由への旅路~』

監督/バリー・ジェンキンス
出演/スム・ムベドゥ、チェイス・W・ディロン、ジョエル・エドガートンほか
2021年 全1シーズン(10話)
Amazon Prime Videoで独占配信中。
https://amzn.to/3zFkYJC

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『ワンダヴィジョン』(ディズニープラス/リミテッドシリーズ部門)

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© 2021 Marvel

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の映画本編と強い関わりをもつと位置づけられる一連のドラマ群の第一弾。アベンジャーズの一員で絶大なパワーを持つワンダ・マキシモフと、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でサノスに破壊されたシンセゾイド(人造人間)、ヴィジョン。2人の謎だらけの結婚生活を、アメリカで人気を博した各時代のシットコムの名作へのオマージュで描く独創的なアプローチが見もの。

第1話は『ディック・ヴァン・ダイクショー』や『アイ・ラブ・ルーシー』、第2話は『奥さまは魔女』、第3話は『ゆかいなブレイディー家』などなど。ワンダ役のエリザベス・オルセンが各時代のシットコムの異なる世界観を体現していて見事! ヴィジョン役のポール・ベタニー、強烈な個性を放つキャスリン・ハーンほか共演陣も好演。

『ワンダヴィジョン』

監督/マット・シャックマン
出演/エリザベス・オルセン、ポール・ベタニーほか
2021年 全1シーズン(9話)
ディズニープラスで独占配信中。
https://disneyplus.disney.co.jp