"祈り"の現代アーティスト小松美羽と巡る、神秘の国・出雲

  • 写真:神庭恵子
  • 文:藤井麻未
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なにかを訴えかける大きな目、逆巻く毛並み。不思議な力強さを秘めた神獣たちを独特なタッチで描くのが、いま世界が注目する現代アーティスト小松美羽だ。小松の画には、独自の死生観、あふれんばかりの魂、そして祈りの念がほとばしっている。あらゆる色彩を使って描かれる小松の作風は、実は数年前の出雲大社参拝を機に確立されたもの。それ以前は銅版画家としてモノクロの世界を描いていたのだ。今回は日本テレビ『アナザースカイ』にて、画家人生の転機ともいえる出雲の地を再訪し、そこでなにを感じ、なにを想ったのかを彼女自身が語ってくれた。

出雲大社にて祈りを捧げる、現代アーティストの小松美羽。

大英博物館に作品が収蔵された、異例の若手アーティスト 

銅版画家としてプロデビューを果たしてから、第76回ヴェネツィア国際映画祭VR部門にノミネート、有田焼に絵付けをした立体作品『天地の守護獣』が、30代という異例の若さで大英博物館に収蔵されるなど、その作品は世界的にも高く評価されている。また2020年日本テレビ系『24時間テレビ』ではチャリティTシャツをデザインし、同番組でのライブペイント作品が2054万円という高額で落札されるなど、小松美羽はまさに国内外で注目を浴びている若手アーティストのひとりだ。


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小松美羽(こまつ・みわ)●1984年、長野県生まれ。女子美術大学短期大学部在学中に銅版画の制作を開始。作品『四十九日』は、際立つ技巧と作風で賞賛されプロへの道を切り開く。近年ではアクリル画、有田焼などに制作領域を拡大。パフォーマンス性に秀でた力強い表現力で神獣をテーマとした作品を発表。日本の美術界へ衝撃を与え、国際的な評価は高く多方面でその存在感を増している。

小松美羽と出雲

小松の作品に一貫して感じられるのが「祈り」というテーマだ。「生まれ育った長野は自然が多く、沢山の動物たちと一緒に暮らしていました。幼い頃から生き物の生死を身近に感じる環境でしたね。」と語る小松。中でも、飼っていた兎、そして祖父の死に立ち合ったことからインスピレーションを受け、哀悼の祈りを込めて描き上げたのが銅版画のデビュー作品『四十九日』であったという。それ以来、彼女の作品に「祈り」は欠かせないテーマとなった。

出雲大社に奉納された『新・風土記』。

そんな小松が初めて出雲の地を訪れたのは2013年、出雲大社遷宮の年だった。地元の長野県坂城町には社寺も多く、神仏に祈ることが日課のひとつでもあったという小松。

「古事記も勉強していましたし、八百万の神々が集まる祈りの聖地・出雲へは、いつか訪れたいと思っていました。縁あって念願の出雲大社へお詣りしていた際、ふと顔を上げると雲間から一筋の光が本殿へと降り注いでいたんです。その雲と光が虹のように多様な色に見えて、光(色)があるからこそ陰(モノクロ)が存在し、またその逆なのだと気付きました。色の重要さに目覚めたんです」

そうして翌年、出雲の地で描き上げた作品『新・風土記』を出雲大社に奉納。これまで銅版画というモノクロの世界のみを描いてきた小松の作品が、これを境に一気に色彩あふれたものになる。そのきっかけを与えてくれたのが出雲の地だった。


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八百万の神々が集う「稲佐の浜」

日本海を背にして、豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られる弁天島が佇む。

目の前に広がる広大な海。打ち寄せる波は驚くほど穏やかで、まるで私たちのさまざまな想いを優しく包み込んでくれるかのようだ。出雲において、ここ稲佐の浜(いなさのはま)はとりわけ重要な場所である。なぜなら、一般に「神無月」とされる旧暦10月、出雲では「神在月」といわれ、全国から八百万の神々がこの浜辺に上陸するからだ。その時、神々を先導してやって来るのが小松の画によく登場する龍蛇神(りゅうじゃしん)だ。

「龍と蛇の姿をした神獣が神々を導いてくるという流れを構築したのは、ここ稲佐の浜なんです。神々の玄関口として非常に重要で、出雲へ来たらまず初めにここを訪れますね」

ここで浜辺の砂を取り、出雲大社にある素鵞社に納める。清められた砂を持ち帰ると御利益があるといわれている。


大国主命が棲んだ幽世の宮殿「出雲大社」

まずは祓社(はらいのやしろ)で身を清め、清らかな心でお詣りする。

稲佐の浜を後にして、次に向かったのは出雲大社だ。国譲り神話によると、かつて地上を治めていた大国主命(おおくにぬしのみこと)が、天照大神(あまてらすおおみかみ)に地上統治権を譲渡した際、その条件として建造させた幽世の宮殿が出雲大社だという。つまり、目に見える世界である「現世」から手を引いた大国主命は、出雲大社を拠所とし、目に見えざる世界である「幽世」を治めることとなったのだ。

「この世ではない、なにかあちらの世界……古代出雲の神話が息づく魂の国に来たという印象を受けました」

初めて出雲を訪れた時、そう感じたと語る小松。いくつもの鳥居を潜り、長い松林の参道を抜け本殿へと近付くにつれて、この世とは違う、どこか神秘的な世界へと繋がっていくような感覚をおぼえるのはそのためかもしれない。

最後の鳥居を潜ると、ようやく拝殿へと至る。戦後最大規模の木造寺社建築は圧巻だ。
本殿手前の八足門で手を合わせる小松。

拝殿の先には本殿が堂々たる姿で聳え立つが、一般参拝者が立ち入ることができるのは本殿手前の八足門(やつあしもん)まで。その先は古くから神域とされ、荒垣、瑞垣、玉垣という三重の垣根によって固く守られている。

檜皮葺の大屋根を持つ本殿(国宝)は地上から24mという高さに黒々と聳え、日本最古の神社建築様式である大社造をいまに伝える。

八足門でお詣りを済ませると瑞垣沿いに右回りで参拝するが、因幡の白兎神話で有名な兔の像が立っている辺りはちょうど本殿の真裏になる。ミステリアスな空気が漂う本殿の大屋根をよく見ることができるポイントだ。

素鵞社は小松も絶賛するパワースポット。

同じく本殿の裏手にあるのが素鵞社(そがのやしろ)だ。稲佐の浜の砂もここへ奉納する。背後に聳える禁足地・八雲山の岩が社の裏に安置されており、手で触れることができる。その他、神在月に八百万の神々が宿泊する東西十九社や、日本一のしめ縄が圧巻の神楽殿なども必見だ。

ぶらり散策が楽しい「御神門通り」

神々が集う由緒正しい神域に相応しく、整然として清々しい門前通りが続く。

出雲大社参拝のもうひとつの楽しみといえば、御神門通りの散策だ。今回立ち寄ったのは、創業明治40年、縁結び箸で有名な「ひらの屋」。

「ここのお箸は、観光地にありがちな安っぽさがなく、職人さんがしっかりつくっているところがよいんです。私は独身ですが、セットで買っちゃいました」

名入れをし、相手が見つかった際に再訪すれば、もう一方にも名入れをしてくれるという。御縁を願い、また御縁に感謝して、お箸をお土産にいかがだろうか。

店内にはさまざまな箸がずらりと並ぶ。

出雲を訪れたなら、やはり出雲蕎麦は欠かせない。「そば処 田中屋」は、出雲大社の正門前に店を構える老舗の蕎麦処。三段の割子(お椀)に濃厚な出汁と好みの薬味を入れて一気に啜る。

「実は、長野松本の藩主が出雲に異動した際、蕎麦職人を連れて行ったのが出雲蕎麦のはじまりなんですよ」と小松の地元長野と縁のある出雲蕎麦に舌鼓を打った。

外皮ごと挽いた麺には蕎麦の風味がしっかり感じられ、口の中に広がる滋味深い香りが癖になる。

小松美羽の作品が見られる「ニューウェルシティ出雲」

出雲大社の新庁舎では奉納された作品『新・風土記』を見ることができるが、もうひとつ小松の作品に触れられる場所がある。JR出雲駅から車で数分のところにあるホテル「ニューウェルシティ出雲」だ。龍蛇神や山犬など導きの神獣たちをモチーフとした一連の作品は、力強くもありどこかユーモラスでもある。ホテル内レストラン「くにびき」を利用すれば誰でも見ることができる。

小松の作品の主なモチーフである龍蛇神や山犬。

あらゆる場所に息づく神話の世界

「出雲において、出雲大社はもちろん最も重要な場所ではありますが、ぜひその他のスポットにも訪れてみて欲しいです」そう語る小松。「『古事記』や『出雲国風土記』に描かれる神話の世界はあらゆるところに存在するんです。神話は過去のものではなく、進行形で現在にも息づいているのだと感じます」小松が絶賛する、お薦めのスポットを4箇所教えてもらった。

岬に立つ白亜の灯台が美しい。

「日御碕(ひのみさき)灯台」

「ここでは圧倒的な自然美と、海に宿るエネルギー、古代出雲との繋がりを感じます」。大和の北西にある出雲は、古来から「日の沈む聖地」として認識されていた。日御碕では、日本海に沈む夕陽の美しさ、険しい岸壁に打ち寄せる波の荒々しさ、海底遺跡の謎など、雄大な自然と古代出雲の神話とが融合した神秘的な美しさを感じることができる。ぜひ灯台からの絶景を眺めてみて欲しい。


「須佐神社」

ヤマタノオロチを退治した英雄神・須佐之男命(すさのおのみこと)所縁の社。「ここに来ると、自然に対する畏怖の念をおぼえます。神聖なだけでなく、どこか怖ろしさを秘めている。それはもしかして、出雲が黄泉の国と繋がっているからかもしれませんね」。緑多い山間にある古社は鬱蒼とした自然に囲まれ、不思議なパワーが宿っている。

樹齢1000年の御神木が祀られ、圧倒的な生命のパワーを感じさせられる。その裏手には、小松が夢に見た老木が静かに佇む。

「命主社(いのちのぬしのやしろ)」

2014年の作品『新・風土記』を描くため出雲に滞在していた際、小松が毎日のように通っていたのが命主社だ。本殿の裏に、しめ縄が巻かれた老木がある。制作前夜、小松の夢に頭にしめ縄を巻いた老婆が出てきたという。「お婆さんは優しい顔で笑っていたんです。その時、私はここに呼ばれて描かせてもらっているんだ。安心して描いてよいんだな、と思えたんです」


「八重垣(やえがき)神社」

「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣に」 これは須佐之男命が新婚生活の初めに詠んだ日本最古の和歌である。その所縁の神社が八重垣神社だ。池に和紙と硬貨を浮かべて占う「縁占い」で有名だが、小松のお薦めはここの狛犬だという。「脆く柔らかい来待石でできた狛犬は半分朽ち果てていて、時代を感じさせる味わいがあるんです」。小松の画にも多く登場する狛犬。ぜひ注目してみたい。


出雲で得たこと

古民家での制作風景。

前作『新・風土記』を描く際、小松は出雲大社近くの古民家に滞在していた。銅版画から一転し初めて色を多用した作品を描くにあたって、さまざまな迷いもあったのだという。「あの時は、本当にひとつ一つの色を悩みながらキャンバスに乗せていきましたね。雲の色はこれでよいのか?神社の赤色は?『古事記』や『風土記』を勉強しながら出雲のあちこちを廻り、古の人々がどのように色彩を捉えていたのか、ひとつ一つの色の意味を考えながら作品を描いていきました」

今回も同じ古民家を訪れ、小松はそこで第2弾となる作品を完成させた。出雲の前に訪れたもうひとつの聖地・伊勢では「眼」というモチーフを授かり、その後出雲で色の重要さに気付いたことで新たな境地が開かれた。そのことに感謝し、過去、現在、未来へと繋がる縁、未来永劫続いてゆく命の営みを大切にしたいという祈りを込めて描かれた今作品。

「いまは色を選ぶことに迷いはありません。よい意味で、もうあの頃と同じ画は描けないんです」

作品に描かれた淡く多彩な虹色の光。そこに散りばめられたパールホワイトの光輪は、迷いなき白、色彩の集大成としての純粋な白を表している。

日御碕からの眺め。

古来から八百万の神々が集うとされ、数々の神話が息づく神秘の国・出雲。日御碕からふと見上げると、不思議な八雲の間から、あの時彼女が見たような光のシャワーが降り注いでいた。


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※今回描かれた作品は、6月3日(木)放送 日本テレビ「アナザースカイ出雲編」にて初公開されます。

『アナザースカイ』 

日本テレビ

5月27日(木) 伊勢編 24:59~25:39

6月3日(木) 出雲編 25:09~25:39


アナザースカイ 番組公式サイト

https://www.ntv.co.jp/anothersky2/