対談:柳井正×佐藤可士和 、ニッポンを動かすふたりが語ったこと。

  • 写真:河内 彩
  • 文:高瀬由紀子

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ファーストリテイリングを率いる柳井 正と、日本を代表するクリエイティブディレクターの佐藤可士和。かけがえのないパートナーであり、盟友であり、週に一度はミーティングを重ねるふたり。Pen BOOKSに収録された対談の完全版をここに公開!

定例の打ち合わせを終えたばかりのふたり。「いつもミッション・インポッシブルばかりだよね(笑)」と柳井。「そのおかげで、だいぶ鍛えられました」と佐藤が応える。

2006年、ユニクロの本格的な海外進出となったニューヨーク旗艦店のプロジェクト以来、揺るぎないパートナーシップを築いてきた柳井 正と佐藤可士和。一般的なクライアントとクリエイターという間柄を超えた信頼関係で、数々のビッグプロジェクトを実現し、ユニクロを世界的なブランドへと導いてきた。そんなふたりが、改めてこれまでの道のりを振り返った。出会いのきっかけから最新の取り組み、さらに今後のビジョンまでを存分に語り合ってもらった。


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15年前に初めて会って、すぐに仕事がはじまった。

初めてのプロジェクトとなったユニクロのニューヨーク旗艦店のことを、「いまでも忘れられないし、新しい店をつくるたびに初心に返る」とふたりは声を揃える。

佐藤 柳井さんと初めてお会いしたのは、もう15年も前。僕のデザインしたNTTドコモの赤い携帯電話を見て、ユニクロのグローバルブランド戦略を依頼しようと思われたそうですが、いま振り返ってもすごいご決断だなと。

柳井 あれは、いまでも欲しくなるデザインだね。時代を超えた、完成されたプロダクトだと思います。当時、僕は携帯電話を持ってなかったんだけど、すぐ買いましたから(笑)

佐藤 改めて、なぜ気に入っていただけたんでしょうか。

柳井 能力のある人が、ものすごく集中して完成させたんだろうなというのが、ひと目で伝わってきた。クライアントに迎合せず、それでいて我を通さず、相手が欲しているものを的確に表現できるのが真のクリエイターだと思うんです。このデザインを見てピンときて、少しお話しした後に「可士和さん、すぐお願いします」って言いました。いま思えば、よく引き受けてくれたよね。

佐藤 ニューヨーク旗艦店のディレクションの依頼でしたが、オープンまでの期間が9ヶ月くらいしかなくて。いま考えると、ぞっとしますね(笑)

柳井 本当に(笑)よくやり遂げてくれたなと感謝しています。

「可士和さんは、客観的かつ論理的に考える力と、デザイナーとしての感性が同居しているところが素晴らしい。ドコモの携帯電話には、それが明白に現れていますね」と柳井。

佐藤 確かに大変でしたけど、同時にものすごくワクワクしました。自分たちが日本代表として、世界に打って出るんだという使命感があって。

柳井 1000坪もの店を短期間でゼロからつくる訳だから無理難題なんだけど、無事オープンを迎えられたのは、可士和さんが経営者に近い感覚を持っていることも大きいと思う。自分だけのアイデアに固執せず、世界じゅうの才能をキャスティングして、強力なチームとして機能させたのは見事ですね。

佐藤 それは、柳井さんが引き出してくださった能力だと思います。他にも色々なポテンシャルを引き出していただいて、自分で言うのも何ですけど、かなり成長できたなと(笑)

柳井 クライアントとクリエイターが、お互いに高め合える関係であることが一番いいよね。可士和さんの場合、僕が思っていた以上のものをつくり上げてくれる。でもそれは、よく考えたら自分が思っていたものなんです。だから、クリエイターはクライアントの中にあるものを具体化する、翻訳家みたいなもの。いいクリエイターは、そこにプラスアルファの付加価値を足せる人ですね。

佐藤 期待通りだと、普通だなって思われてしまう。柳井さんの思っていることを、思っている以上につくって喜んでほしいんです。なかなか喜ばない方だから(笑)

柳井 お互いに、お客様に対するサービス精神が強いんだろうね。金銭の範疇を超えて、人に喜んでもらうために尽力を惜しまないという姿勢が根本にあるんだと思う。

世界のトップブランドが集まるニューヨークのソーホー地区に旗艦店をオープン。強烈な存在感を放ったのが、写真のカタカナのロゴ。「このフラッグが掲げられた時のうれしさは、今でも忘れられません」と佐藤。
ニューヨーク店のオープン時には、街角の至るところにユニクロのロゴが散りばめられた。カタカナのロゴが、“ポップで無機質ないまの日本”を鮮烈にアピール。

佐藤 お客様に対する思いを始め、柳井さんとは共感できる部分がすごく多くて。この15年、柳井さんの意図と大きくずれたことが一度もないのは、美意識や価値観を含めて、基本的な考え方が似ているからなんだろうと思います。

柳井 デザインの話だけでなく、どんな話をしても相通じるからね。そういう人は稀なんですよ。

佐藤 だからこそ、時間のないニューヨーク店の時も、すごいスピードで進めていくことができたのだと思います。

柳井 あの時は「社運が懸かってますから」とお願いして、プレッシャーがかかったかもしれないけど(笑)、僕はいつも会社を懸ける覚悟で仕事をしてるから。可士和さんも、ブランディングやクリエイティブの仕事に、一生涯を懸けているという真摯さがあるよね。

佐藤 ありがとうございます。僕も柳井さんに全面的な信頼があるから、いいことも悪いことも忌憚なく言えるんです。

柳井 バンバン言ってるよね(笑)。そこから議論を重ねて飛躍することもあるし。いわば、盟友のような関係かな。そこまで対等にぶつかり合わないと、お互いにいいクライアントといいクリエイターになれないと思います。

新たな挑戦は、1対1の対話から生まれる。

「LifeWear」をコンセプトに定めた2012年以降、商品開発や店舗展開、広報など、あらゆる活動が一元化して進められてきた。今ではすっかり馴染みのある言葉だ。

佐藤 僕からすると、盟友というのは怖れ多いですが、信頼も尊敬もしている柳井さんと、ずっと並走できているのがうれしいです。それは、柳井さんとほぼ毎週、1対1で対話を続けているからなんですよね。

柳井 そうですね。いまや可士和さんには、経営戦略も含めたブランドビルディングを担ってもらっていますから。

佐藤 とはいえ、常に何かの案件について話すわけではなく、社会がいまどうなっているか、皆が何を求めているか、ユニクロはどうするべきか、といった大きな概念の話をすることが多いですね。雑談に終わる時もあるけれど、それも大事で。

柳井 そう、その中でだんだん進むべき方向性が見えてきて、具体的な話に入っていくんです。概念と具体性が行ったり来たりしながら、ひとつのものが出来上がっていく。それを誰にでも分かるようにして、全世界の人とコミュニケーションしていくことが大事です。

佐藤 柳井さんのおっしゃることは、すごくシンプルなんだけど、実際にやろうとすると難しいことばかりで。

柳井 難しくないと相談しないから(笑)。できる人だと信じてるしね。

「『LifeWear』については、“Life”と”Wear”という言葉自体が元々あるので、それを組み合わせた言葉のイメージが湧きにくいという意見もありました。時間をかけて丁寧に伝えながら、徐々に定着させていった感じです」

佐藤 1対1の対話から、本当にいろいろなプロジェクトが生まれましたね。「UT」「+J」「ビックロ」……。方向性の指針となる概念そのものをデザインすることも増えましたが、その中でもユニクロの服づくりの哲学を “LifeWear”というコンセプトとして編み出すのは大変でした。

柳井 5年以上かかったかな。ひと言でずばり伝えるために、ものすごく時間をかけて議論して。

佐藤 本当に難しかったですね。柳井さんと僕と、コピーライターの前田知巳さんと、日本文学者のマイケル・エメリックさんとの4人で、とことん話し合いました。まず、ユニクロの服とは何かという6箇条を定義したんです。

柳井 「ライフスタイルをつくるための道具」とか「世界中のあらゆる人のための服」とかね。しっかり精査して定義づけたことで、最終的にはLifeWearという言葉に集約することができました。

佐藤 「人々の生活をより豊かに、より快適にする究極の普段着」という意味を込めた、ワンワードのLifeWear。新たなカテゴリーの服という自負をもって宣言したのが2012年ですが、ようやく定着してきた感があります。

佐藤がクリエイティブ・ディレクションを行った「ユニクロTOKYO」。店舗デザインを手がけたのは、世界的な建築ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロン。デジタル看板は、インターフェースデザイナーの中村勇吾によるもの。
古いビルの内装を剥がしてコンクリート剥き出しにした改装は、削ぎ落として本質を磨くというユニクロの美学ともリンクする。4フロアを突き抜ける吹き抜けの大空間は圧巻。

柳井 本格的な定着はいまからですね。世界中に知らせていかないことには浸透しませんから。言葉だけでなく、実体をつくらないといけない。商品であり、売場であり、WEBサイトであり、あらゆることがLifeWearにつながるように。

佐藤 そうですね。すべての商品や活動にこの概念を反映することで、誰もが同じようなイメージを持てるようにしていかないと。LifeWearを体現する世界最大級のグローバル旗艦店として昨年オープンしたのが、銀座の「ユニクロトウキョウ」です。

柳井 ここでは、大きな吹き抜け空間をもつ1階に、LifeWearをシーズンごとにインスタレーションで表現するエリアを設けています。書籍の販売や子どもたちが遊べるコーナー、サスティナビリティを紹介する展示など、洋服以外の切り口からもLifeWearの世界観を伝えられる店づくりをしていますね。

佐藤 現在のユニクロの最新形を、広くアピールする店舗になっていると思います。

“日本代表”から、世界一のブランドを目指して。

「近年のユニクロのテーマのひとつが、実店舗における新たな体験をつくって、買い物だけでない情報発信の場にしていくこと。ユニクロパークはその代表例です」と語る佐藤。

佐藤 1対1の対話からは、横浜の「ユニクロパーク」も生まれましたね。

柳井 これも時間がかかったけどね。時代とともに実店舗のあり方も変わりつつある中で、一等地にある旗艦店とは違う形の店をつくろうというところから始まって。

佐藤 ええ、郊外にあってもそこに行くこと自体が目的になるような個性をもった店舗を開発しようと構想したのが5年ほど前。その時は具現化まで至りませんでしたが、ずっと考え続けていて。横浜郊外に店舗を一からつくることになった時に、満を持して実現することができました。

柳井 店舗全体が公園になるというアイデアが秀逸だよね。家族連れが皆で楽しめる、まさに「ディスティネーションストア」。完成後の評判もすごくいいですよ。「売ろう」ではなく「楽しんでもらおう」という精神が現れていますから。花屋を入れたのもよかったよね。

佐藤 それは柳井さんのアイデアで、さすがだと思いました。花は生活に彩りを与えてくれるものですから、LifeWearの概念とも重なります。店を公園ととして誰もが遊べるようにしたのは、ユニクロはいまや国民的ブランドとも言えるインフラに近い存在だからこそ、地域や社会に向けてお店を開いていく必要があると考えたからです。

「ユニクロパーク」の正式店舗名は「ユニクロパーク横浜ベイサイド」。屋根面がそのままボルダリングウォールになっている。他にすべり台やジャングルジムもある“遊べるユニクロ”だ。こちらも佐藤がクリエイティブ・ディレクションを行っている。
店舗の設計は、建築家の藤本壮介。「店舗全体を公園にするというアイデアは、屋根面をすべて階段にした藤本さんの模型を見て、すべり台がひらめいたことから生まれました」と佐藤。

柳井 時代の流れとともに、商売をどういうふうに進化させていくかということは、常に話し合っていますね。ユニクロパークもそうだけど、今後は会社としてもっとソーシャルな存在にならないといけないと思う。

佐藤 そうですね。最近では、LifeWearの概念を世界に発信しながら、ユニクロは社会にとってどういう存在であるべきか、そのためには何をすべきか、ということを常に考えていますよね。

柳井 考えて話し合ったことの集大成としてデザインがある。単に表面的な形づくりじゃなくて、ビジネス全体をどう変えていくのかという設計図としてのデザイン。それができるクリエイターというのは、本当に希有なんですよ。

佐藤 柳井さんが僕の育ての親だと思っています(笑)

「今の日本の一番の問題は、困難なことや高い目標に対して、自分ならできると思える人が少ないこと。勇気と信念をもって、チャレンジする人が増えてほしいですね」と柳井。

柳井 改めて振り返ってみると、15年前の出会いというのは運命的だったね。普通なら不可能なプロジェクトが実現できたのも、僕らが互いに勇気を持って挑戦したからでしょう。

佐藤 そうですね。あの時は不思議と怖くなかったし、やれるはずというアドレナリンが出て突き進んでいけました。あとは、信念ですよね。柳井さんは信念をビジュアライズしたような人。最初から言葉に全くブレがなくて。お会いした当初から「世界一のブランドを目指す」とおっしゃっていました。実現するのは大変だなと思いましたが、ついにもう目前まで来ていますね。

柳井 本当にね。でも、確固たる目標としてもっておかないと、絶対に世界一にはなれないんです。以前ロンドンや上海に進出した時には、大失敗も経験しています。失敗したらほとんどの人は頭が真っ白になると思うんだけど、僕はなぜ失敗したのか、次はどうしたらいいかを必死に考えた。失敗する前に考えられればもっとよかったんだけど(笑)。志は決して曲げなかったからこそ突破できたし、社員たちもついてきてくれたんだと思います。

佐藤 チェーンストア戦略から旗艦店戦略にガラリと変えて大成功したのは、失敗の経験が活かされているんですね。柳井さんの、それこそ会社を懸けるくらいの気概が伝わってきましたから、僕も生半可な気持ちでは挑めないと思ったし、常に全力投球で今日まで進んでこられた気がします。

柳井 そうやって、お互いが成長し合える間柄を築けたのがよかったですね。世界一になれたら、また対談しましょう(笑)

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