以前は共通したロゴがなかったため、産地として認識できない状態だった「今治タオル」。後継者不足や安価な海外製品の台頭で危機を迎えていたが、佐藤がブランディングを引き受ける決め手となったのは、製品の傑出した上質さだった。
佐藤のアイコニック・ブランディングは、企業の枠にとどまらない。2006年にスタートした「今治タオル」のプロジェクトは、地域産業のブランディングだ。いまや上質なタオルの代名詞となった同ブランドの復活劇は、佐藤が「安心・安全・高品質」をコンセプトに掲げ、品質保証を示すアイコンとしてのロゴマークを設定したことから始まった。
「ロゴの造形は、タオル生産を支える、太陽や水といった瀬戸内の自然の恵みを描写したもの。今治タオルの頭文字である『i』でもあり、産地の復活という思いを込めた『ライジングサン』でもあります。さまざまな意味合いを凝縮した、まさにアイコンです」
併せて、ブランドの本質的価値を発信していくために、真っ白なタオルをキープロダクトにするという潔い戦略を実施。
「産地では当時、装飾性の高いタオルのほうが高価値だと思われていましたが、お米のよさはカレーよりまず白米で味わいたいのと同じ。生産する各社の真っ白なタオルが揃うことで、素材の素晴らしさを伝えるアイコンになると思いました」
この戦略が実を結び、名実ともに日本を代表するタオルブランドとなったのは周知の通りだ。
純白のタオルに映える、赤、青、白のロゴマーク。産地が独自に定めた品質基準をクリアした商品のみに付与される、品質保証マークでもある。ひと目で認識できるシンプルなアイコンは、消費者にとっても信頼の証しだ。
ジャンルを軽やかに飛び越える佐藤の方法論は、歌舞伎界でも鮮やかに真価を発揮した。2016年に行われた八代目中村芝翫の襲名披露公演では、祝幕やロゴをはじめとするクリエイティブワーク全般を担当している。
「歌舞伎では、『名前』がなにより大事です。江戸時代から続く名前を代々継いでいくことは、まさにブランドを受け継いでいくことと同じ。ですから、名前をいかにアイコニックに表現できるかということに力を注ぎました」
歌舞伎界では例のない、3人の息子たちを含めた親子4人の同時襲名披露。「新しい成駒屋をつくっていきたい」という八代目芝翫の要望に応えるべく佐藤がデザインしたのは、場がぱっと華やぐ、カラフルでモダンな4者4様の襲名記念ロゴだ。
「いまは伝統芸能ですが、もともとの歌舞伎は大衆芸能だった。江戸時代のポップカルチャーだったという本質に立ち返り、現代的なエッセンスを加えました」
歌舞伎座での2カ月目の襲名披露公演の祝幕では、ロゴを前面に打ち出し、親子4人の同時襲名を華やかに演出。ロゴ制作にあたっては、4人とじっくり話してそれぞれの個性に合う書体をデザインした。ロゴは、千社札や風呂敷などにも展開された。
舞台で重要な小道具にもなる手ぬぐいにも、四者四様の図柄を使用。中央が八代目芝翫、その右上が「はし」をアイコン化した四代目橋之助、右下が「ふく」をアイコン化した三代目福之助、いちばん上が「う」を組み合わせた四代目歌之助の図柄。祝幕やのれんにも使用され、今後は浴衣などさまざまなツールにも展開されていく予定だ。
続いて、それぞれの名前をアイコン化したオリジナルの図柄をデザイン。歌舞伎の歴史では役者名を文様化した例も少なくなく、初代芝翫の「芝翫縞」も有名だ。4本の縞と鐶(かん・箪笥の取っ手)をつないだ柄を交互に配した文様で、「四鐶=芝翫」の語呂合わせになっている。
こうした江戸の洒落た文化を取り入れ、佐藤は「芝」の草冠を鐶に置き換えた図柄をデザイン。他の3つの図柄は、それぞれの名前に使われるひらがなをモノグラムとしてアイコン化した。伝統を再解釈した粋でモダンな図柄は、新たな成駒屋の幕開けを鮮やかにアピールしたのだ。
「本質を磨き、ひと目でメッセージが伝わるように視覚化する。この方法論をさらにリファインさせていくことで、今後は味や匂い、サービスといった形のないものも伝えていけるんじゃないかと思っています」
企業から地域産業、そして伝統芸能まで。多様な分野で佐藤がアイコニック・ブランディングを成功させたのは、クライアントと徹底的に向き合うことで核となる本質的価値を的確に捉え、それをアイコンとして明快にデザインしたからだ。進化し続ける佐藤のクリエイティブ・ワークから、ますます目が離せなくなりそうだ。
※後編に続く
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