コンビニエンスストアは、いまや生活に欠かせないインフラとして揺るぎない立ち位置を築いている。「セブン-イレブンのブランディングに関しては、日常生活をよりよくする仕事という意識で取り組みました」
2010年から始まった「セブン-イレブン」のブランディングも、クリエイティブとビジネスが直結した顕著な例だ。佐藤がセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長(当時)から受けたのは、「セブン-イレブンをもっとよくしてほしい」というストレートな依頼。当時はコンビニ業界全体が飽和状態と言われていたタイミングでもあり、同社も踊り場を迎えていた。
改革のタッチポイントはいくつか考えられたが、佐藤がリブランディングの核にしたのは、登場して3年目を迎えていた「セブンプレミアム」。
「コンビニのプライベートブランドの先駆けとして画期的でしたが、そこにはブランド全体を統括するようなデザインの視点が入っていませんでした」
既に1700以上あったアイテムは、ロゴもパッケージもさまざまなタイプが混在。そこで、すべてのアイテムを整理し直すことから始め、全体のデザイン戦略を再構築することにした。
お菓子、総菜、ドリンク、雑貨……。さまざまなジャンルの商品が一堂に会すると、リニューアル後のデザインの統一感が際立つ。コンビニのイメージを一新するシンプルな上質感は、多くの消費者に歓迎された。
佐藤が目指したのは、日常にしっくり馴染むデザイン。一般的なナショナルブランドの商品は、店頭で目立たせるため派手なパッケージが多いが、家庭に持ち帰ると強すぎて浮いてしまいがちだ。一方、価格や流通面で優位なプライベートブランドは他社との差別化を図る必要がないため、家庭の空間に溶け込むシンプルなパッケージにすれば、上質感を求める時代のニーズに合致するのではないか。
「こう考えて、まずカテゴリーを整理し、白をベースに商品写真と黒の商品名という、ミニマルな構成のパッケージのデザインフォーマットを作成しました。単品としてはシンプルでも、コンビニの棚でずらりと並ぶと、統一感があるので全体でひとつのアイコンになる。面として構成されると強いんです」
こうしたアプローチは多くの消費者に受け入れられた。まさにデザイン経営が成功した形となったのだ。
日用雑貨のカテゴリーである「セブンプレミアムライフスタイル」も好評だ。とりわけティッシュボックスは、ロゴの印刷された取り出し口を切り取るとシンプルなモノトーンの箱になるという画期的な商品として大人気を博した。
ロゴのみが配されたシンプルなカップは、どんなシーンにも馴染む。「セブンカフェ」というネーミングには、コーヒーだけでなく、お菓子などの周辺商品も併せて上質な時間を楽しんでほしいという思いが込められている。
さらに、空前のヒットを記録しただけでなく、人々のライフスタイルまでを変える社会現象となったのが「セブンカフェ」だ。同社は過去にも複数回コーヒー販売にトライしていたが、佐藤は「セブンプレミアム」の一環として同じアプローチを導入。シンプルで洗練されたコーヒーマシンやカップをデザインし、街やオフィスで手にしてもしっくり馴染むよう配慮した。味へのこだわりも徹底し、100円でおいしく飲める本格派の提供を目指して2年がかりで開発。淹れ立てのコーヒーをコンビニで気軽に買うという新しいスタイルは瞬く間に浸透し、累計販売数は2019年2月で50億杯を突破した。
世界的に見れば、デザイン経営で大きな成功を収めている企業は少なくない。「アップルはその代表格。製品、広告、各種サービスなどすべてにデザイン戦略が徹底され、デザインという概念が生活者にとって身近なものになりました」
こうしたセブン-イレブンや楽天のブランディングは、クライアント側もデザイン経営の重要性を認識していた先進的な例だが、まだまだ一般的に浸透しているとは言いがたい。
「企業もデザインを広義に捉える視点が必要だし、クリエイターも経営の感覚をもつべきではないでしょうか。ビジネスの根本的なところからクリエイティブの力を活用してもらえたら、さまざまな課題を突破していけると信じています」
事業の規模が大きくなるほど、統制をとっていくことは難しくなる。だが、デザインの視点をビジネスに取り入れることで、より強固な価値が生まれていくということを、佐藤が手がけたこれらの例は教えてくれる。
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