現実のディストピアを背景に、 紡ぎ出された絶望と希望。

文:小川 哲

ディストピア小説は、現実に存在するディストピアの中で描かれる。ジョージ・オーウェルは全体主義との戦いの中で『1984年』を書いた。ミシェル・ウエルベックは分断された社会が宗教回帰していく中で『服従』を書いた。本作の著者ブアレム・サンサルは、アルジェリアの役人として、イスラム原理主義が政権に影響を及ぼす様子を見続けてきた。訳者あとがきに詳しいが、アルジェリアではいまもなお、メディアがコントロールされ、文学作品が検閲されている。 著者によってわざわざ「すべてが作り話だ」と前置きされた物語の舞台は、アビスタンという宗教独裁国家である。「ヨラー」という神と、その代理人である「アビ」の教えであ...

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