『2084 世界の終わり』

ブアレム・サンサル 著

現実のディストピアを背景に、 紡ぎ出された絶望と希望。

小川 哲 SF作家
現実のディストピアを背景に、 紡ぎ出された絶望と希望。

ディストピア小説は、現実に存在するディストピアの中で描かれる。ジョージ・オーウェルは全体主義との戦いの中で『1984年』を書いた。ミシェル・ウエルベックは分断された社会が宗教回帰していく中で『服従』を書いた。本作の著者ブアレム・サンサルは、アルジェリアの役人として、イスラム原理主義が政権に影響を及ぼす様子を見続けてきた。訳者あとがきに詳しいが、アルジェリアではいまもなお、メディアがコントロールされ、文学作品が検閲されている。

著者によってわざわざ「すべてが作り話だ」と前置きされた物語の舞台は、アビスタンという宗教独裁国家である。「ヨラー」という神と、その代理人である「アビ」の教えである「グカビュル」という聖典を信仰することが絶対であるとされ、背教者は「バリス」と呼ばれている。

主人公のアティは結核の治療のため、山岳地帯のサナトリウムへ入院したことをきっかけに、信仰への疑問を抱くようになる。居住区へ戻る途中で出会った役人のナースの話や、同僚コアとの「研究」が、彼の疑問を深めていく。そんな中「思いがけないこと」が発生し、アティは居住区から出ていくことを決意する。そして、その旅の最後で、アティはある決断を下す。

タイトルからわかる通り、本作は『1984年』を念頭に描かれている。作中には、『1984年』の読者が思わず反応してしまう描写もある。また、それだけでなく、作中のある仕掛けによって、この作品を『1984年』の続編として読むこともできる。

ディストピア小説は、現実のある側面を誇張することで、私たちが当たり前のように手にしている自由や幸福が、とても儚く、そして大切な宝物であると教えてくれる。本作は決して明るい話ではないが、読後に感じるのは「希望」だ。

『2084 世界の終わり』

ブアレム・サンサル 著 
中村佳子 訳 
河出書房新社 
¥2,592(税込)