「イタリア人は一日に何度もエスプレッソを飲むんです」と佐藤オオキ。昔はあまり飲まなかったコーヒーも、いつの間にか仕事の必需品になっていたそう。
いま最も忙しいデザイナーと言われているネンドの佐藤オオキ。ミラノを訪れ、欠かせない習慣となったコーヒーは、佐藤の日常でも大きな位置を占めている。また、カフェやコーヒーチェーンとの仕事も多く、さらに自分でもカフェをつくってしまったという。
「事務所が入っているビルに定食屋があったんですけど、経営していた方がお店を閉めてしまって。『誰か飲食店をやってくれる人を探してくれないか』って言われたので、いっそ自分たちでやってみようかって。1日4、5杯はそこのコーヒーを飲んでますね」
佐藤が「ガチャガチャコーヒー」を思いついたのは、意外なきっかけだった。
「大手のコーヒーチェーンとも仕事をしてきましたが、必ず出てくるのが従業員不足という課題です。コーヒーを淹れるには豆の知識もいるし、抽出のスキルもいる。研修するためのコストもかかれば、マシンや道具のメンテナンスも必要になる」
ガチャガチャマシンも独自にデザインし、パーツごとに塗装を施した。海外の人にもガチャガチャの認知度は高いという。
大手コンビニとの仕事でも、従業員不足という課題が浮き彫りになったそうで、レジのシステムや動線を考えていた時に、それを打破しうる鍵が意外と身近にあると気づいた。
「QRコードを使ったり、先端技術を使う無人化は浸透しつつあると思います。でも、テクノロジーに依存せず、昔ながらのアナログなもので問題解決ができないかなと。そしたら、『ガチャガチャって無敵の自動販売機じゃないか』と気づいたんです」
美味しいコーヒーを淹れるには待ち時間も必要だが、「作業に没頭する時間はストレスを感じない」ということにも気づいた。ならば、お客さん自身でコーヒーを淹れる作業をすれば、待ち時間も苦にならないのではと考えた。そうすればスタッフはほかの作業にもっと気を配ることができる。こうしてスタッフも客もストレスフリーな状況で、挽きたてのコーヒーを味わえる仕組みが生まれた。
デザインのテーマとなった「ガチャガチャ」ではあるが、そこから連想されるチープさやポップさとは真逆の“本格感”や"高級感”を目指した。
タッチパネルで直感的な操作ができる。抽出時間が画面に表示されており、待ち時間を認識できる。
お客さんが自ら作業をするため、失敗するリスクももちろんある。あらゆるシチュエーションを想定しながら、佐藤は「わかりやすさ」にこだわった。購入、ミル、抽出という3つの工程が視認しやすいよう、それぞれのエリアでカウンターの色合いを変える。そこにグラフィックと日本語、英語で説明が記載され、初めてでもひとりでコーヒーを淹れることができる。最近は展示会や展覧会のキュレーションを手がけることもあるが、人の流れを観察してきたことも大いに役立ったそう。来場者にも好評で、早速この「ガチャガチャコーヒー」をオフィスに導入してみたいという相談もあったという。
「ここで得られた教訓や実例を活かしていきたいですね。ちょっと非日常な空間のこのカフェと、日常の延長にあるオフィスでのカフェのあり方はきっと違いますから」
カプセルの色についても「『美味しく見えるベージュ』を目指して5回色を重ねました」と佐藤。
「でも、逆にもっと非日常な方向に振るっていう考え方もあります」と佐藤。
「たとえば、いまは挽きたてのコーヒーを出していますが、これを“焙煎したて”にしたらどうでしょう。ただ、ひとり分を焙煎するのって難しいし、時間もものすごくかかるんですけどね(笑)」
今回、コーヒー店の人手不足という課題から新しいカフェのあり方を示した佐藤だが、こうした取り組みが今後ますます増えていくのでは、と感じているという。
「デザイナーって、与えられたものをきれいに整えるのはもちろんですが、物事の仕組みをクライアントと一緒に考えていくことが求められてくると思うんですよ。おそらく、業種に関係なく横断的に社会が抱えてる課題が存在する。そこに取り組んでいくワクワク感がありますね」
デザインによって未来のカタチをつくり出している佐藤。このカフェに立ち寄って、そのアイデアと遊び心を感じてほしい。