国立新美術館で『ルーヴル美術館展 ルネサンス』展が開催中だ。目玉となるのは日本初公開となるレオナルド・ダ・ヴィンチ作『美しきフェロニエール』。本展は、この作品を取り巻く同時代の芸術の潮流が一望できる展示となっている。膨大なルーヴルのコレクションからテーマ性を持たせて選び抜かれた構成によって、企画展ならではの体験が味わえる。
人間とは何か? 永遠の謎を問いかける肖像画
レオナルドの『モナ・リザ』が東京国立博物館に初来日したのは1974年のこと。まだ海外への旅行者も少なかった時代から約半世紀を経て2026年9月、国立新美術館に『美しきフェロニエール』が来日を果たした。多くの人が世界中を旅することができるようになり、古今東西の名作を現地で鑑賞できるようになった現代は、絵筆をデジタル機器に置き換え、AIを駆使したデジタルアートまで登場するようになった。そんな時代を生きる私たちが、15世紀から16世紀に隆盛を極めたルネサンス美術に改めて向き合うことで、「人間とはなんなのか?」という問いに改めて直面することになるだろう。
展覧会は4つの章に分かれており、「旅」、「技法の革新と洗練」、「古代へのまなざし」、「肖像芸術の隆盛」と各部屋ごとにテーマが立てられている。『美しきフェロニエール』が展示されているのは最後の4章の部屋だが、この絵が描かれた時代を4つのテーマによって浮き彫りにしようというのが本展の狙いだ。ルネサンス文化が花開いたこの時期は、商業や貿易、外交、戦争、キリスト教の布教、名所旧跡巡りなど、さまざまな動機によって人と物が活発に往来し、各国に経済発展と異文化交流をもたらした。一方でこの時期は油彩技法の発明に加え、版画芸術にも技術革新が起こる。一枚の原板から何枚も刷ることのできる版画は芸術家たちの構想を広く伝える媒介となった。現代に例えるならSNSによって情報が拡散されるくらいのインパクトを人々に与えただろうと想像できる。
ルネサンスは古代ギリシア・ローマ文化を再評価する古代ブームが高まったと時代であると同時に、「人間の存在をどう位置づけるか」という考察がなされた時代でもある。その流れの中で花開いたのが肖像芸術である。一人の人間の個性を絵画や彫刻として永遠に留める肖像は当初、王侯貴族や高位聖職者など支配階級のための芸術ジャンルだったが、次第に知識人や富裕市民など中産階級にも広がっていった。
それまで肖像画は横向きに描かれるのが一般的だったが、フランドルの画家たちは画面に対し、人物を斜めに配する「四分の三正面観」を発展させた。この形式は15世紀後半からイタリアに普及し、その技法をいち早く取り入れたのがレオナルドであった。『美しきフェロニエール』に描かれた女性の頭部は身体と逆方向に回転しており、この微妙なひねりによって、誰かに呼び止められてこちらに顔を向け始めたかのような動きの感覚が生まれている。眼差しはこちらを見ているようでもあり、やや右方向を見ているようでもある。国立新美術館主任研究員の宮島綾子は本作について、「生きている限り留まることのない人間の複雑な感情や心の動きを、画面の中にいかに描くかという試みではなかったか」と解説する。
絵画のモデルについては諸説ある。レオナルドがこの絵を描いたのはミラノ公国で実権を握っていたルドヴィコ・スフォルツァに支えていた間の1490年から1497年と推定されている。ただし、フェロニエールという女性はフランス国王フランソワ1世(在位1515〜1547年)の愛妾と考えられており、彼女の名前が資料に現れるのは王の死から半世紀以上を経た17世紀初めのこと。今日では架空の人物と考えられている。当時『美しきフェロニエール』と呼ばれていた作品は横顔の女性肖像画(上図像)で、この作品がレオナルドの作品とみなされていた。その後フランス革命期の1790年代に、各所に散在していた旧王室の美術品がルーヴル美術館に移管されて以降、この二作品の呼称の混同が起こり、現在に至っているというわけだ。
15歳でミラノ公国のルドヴィコ・スフォルツァに嫁いだベアトリーチェ・デステ(1475〜1497年)の彫像。彼女の髪型と、額から頭に巻きつけた細い飾り紐は、1490年代に北イタリアで流行したもので、レオナルドの『美しきフェロニエール』にも同様のスタイルが見られる。ジャン・クリストフォロ・ロマーノ、本名ジャン・クリストフォロ・ガンティ《ベアトリーチェ・デステ》1490 ‒1491年頃 パリ、ルーヴル美術館 Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Stéphane Maréchalle / distributed by AMF-DNPartcom
女性の目元、鼻筋、頬から顎にかけての丸み、わずかに笑みを浮かべた口元を繊細なディテールで描いた『美しきフェロニエール』。謎に包まれた女性は「私は誰のものにもならないわ」と微笑みながら、観る者を永遠に誘い続けているかのようだ。
『ルーヴル美術館展 ルネサンス』
開催期間:開催中〜2026年12月13日(日)
開催場所:国立新美術館 企画展示室1E
東京都六本木7-22-2
開館時間:10時〜18時 ※金・土は20時まで
休館日:火 ※9/22(火・祝)、11/3(火・祝)、12/8(火)は開館、11/4(水)は休館
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