無限にある部屋と、そこに棲む異形の住人に、日々手紙を届ける逓信所飛脚業代員(配達員)の主人公、1871号。受取人への配達と交流を通して、彼のいる世界や過去が明かされていく。SFとファンタジーが融合した謎の多い設定と退廃的な世界観を、圧倒的な画力で描く漫画『99 9号室』は連載開始以来、世の耳目を集め続ける。本作を手掛ける南賀なんは、いま最も話題の漫画家のひとりだ。幼少期から絵が好きだった南賀が漫画家を志したきっかけは、高校生活の終わりに読んだ鬼才・浅野いにおの漫画『おやすみプンプン』だった。
「将来は絵に関わる仕事に就こうと、芸術系の大学の油絵コースに願書を出したところだったんです。兄の本棚にあった『プンプン』が無性に気になって読んでみたら、大きな衝撃を受けて最後まで一気読みしました。自分の感性に見事にブッ刺さってしまい、『こんな赤裸々なことを描いていいなら、自分も漫画でなにかを描きたい』と思ったんです」
大学では才能と向上心ある仲間に囲まれた。だが油絵コースにもかかわらず、課題はペン画しか提出しなかった。「教授に『漫画に役立つことしかしたくない』と生意気なことを言って、4年間、絵筆ではなく0.38㎜のボールペンでキャンパスに線を引いていました。大学の課題に限らず、普段から密度の高い背景をミチッと描く作品をつくってはSNSに投稿していました」
そんな活動をきっかけに、いくつかの漫画編集者に声を掛けられた。アドバイスを受けながら作品制作に取り組み、さまざまな出版社の漫画誌で短編を発表する。だがどこかで、“求められるもの”と“描きたいもの”の乖離が存在している感覚があった。
「大学3年生である漫画誌の月例賞の佳作をいただいて、商業誌に漫画家デビューをしました。だけど、やりたい企画を持っていってもなかなか通らない。ことごとく『浅野いにお先生を追いかけるのはやめなさい』と言われ続けました。いま思えば、浅野先生の作品を表面的にしか捉えていない、自分勝手な漫画だったかもしれません。でも同時に、描きたいことを描きたいとも強く思いました」
そこに転換点がやってくる。「月刊!スピリッツ」の編集者との出会いだ。好みの漫画は違えど、性格や価値観は自分と近い。これまで否定されてきたことでも受け止めてくれると直感した。「その時々で関心のある事柄を出力したい気持ちが強くて、それを連載にしたいと思い始めました。そのために、主人公に悩みがあるのではなく、毎回出てくる受取人のゲストキャラに悩みがあり、主人公が解決するストーリーにすることで、僕の頭にあることを投影し続けられると考えました」
それを呼び水に『999号室』の原型となるアイデアや設定が絶え間なく湧き続ける。ゲストキャラと主人公を結ぶ“配達”という仕事、悩みを具現化したキャラクターデザインなど、描きたいことを描くための土台を固めていく。
「舞台となる集合住宅の部屋が無限に広がっていれば、ゲストキャラも無限に登場させることができる。『手紙の配達』を題材にしたのも、昨今つながりすぎることでいさかいを生み続けるSNSと、そんな社会の醜さに違和感があったから。漫画という説教くさくなく価値観を伝えられる媒体で、原始的なコミュニケーションのよさを伝えたかった。当初は『連載を続けるのが難しそう』といった感想もいただきましたが、理詰めで作品の世界観をつくっています」
最後に、ゆずれないこだわりを聞くと「精緻な背景で魅せること」という。近年漫画は、スマホで読むことを意識して絵やコマ割りは大きく、細部は簡略化される傾向があるが、その流れに全力で抗いたいと語る。南賀の才能と物語には、限界の見えない幅と奥行きを感じる。今後の展開に期待が高まるばかりだ。
PICK UP

『999号室』 国に仕える配達員の1871号が、巨大集合住宅で異形の住人たちへ手紙を届ける。不可思議な日常の積み重ねを通して、この世界に隠された真実が少しずつ浮かび上がる。 ©南賀なん/小学館
PERSONAL QUESTIONS
いま会ってみたい人は?
ゲームデザイナーの小島秀夫監督です。「DEATH STRANDING」など斬新なゲームをつくられていて、その革新的な発想のもとを、能勢電鉄沿いに住んでいた後輩として聞きたい(笑)
はまっていることは
高校時代にバンドを組んでギター&ボーカルをやっていたのもあってギターです。作業中に曲を聴いていると歌いたくなって弾き語りします。最近好きなバンドはハク。さんです。
よく見るYouTubeチャンネルは?
昔から見ているのが、ゲーム実況者の牛沢さん。ストーリー重視のゲームをプレイされることが多く、作業の合間のBGMとして聴きながら、創作のモチベーションにしています。
読者に伝えたいことは?
予想以上の反響に驚いています。新人ですし、第1巻には4話しか載っていないので、みなさん、判断が早いです(笑)。たくさんの応援に応えられるよう、頑張って描きます!
いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。