【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『タイム・アフター・タイム』
吉田修一 著 幻冬舎 ¥2,420
歌舞伎の世界を描き、映画も大ヒットした『国宝』で吉田修一の小説と出合った人もいるかもしれない。
作家デビュー10年目の『悪人』、20年目の『国宝』。10年ごとに新たな代表作を上梓してきたこの作家が30年目の今年、刊行した最新作が『タイム・アフター・タイム』だ。
建設会社に勤める尾崎颯は、土砂降りの雨の中、高校の同級生だった久遠愛と再会する。かつて「オッソー」「クオン」と呼び合い、深く思い合っていたふたりは、同じプロジェクトの担当者として再び言葉を交わすようになる。それぞれの人生を歩んでいる現在とあの頃の忘れがたい記憶が交互に描かれていく。
高校3年生の夏、オッソーの唯一の家族だった母親は、妻子ある国会議員の男とホテルに行った帰り、事故死する。
しかし度重なる試練も、却って若いふたりの絆を深めていくことになる。故郷の長崎、逃避行先の沖縄、そして東京のいま。あの頃が眩しければ眩しいほど胸を締め付けられるのはなぜだろう。
初めて誰かを好きになった時のことを憶えているだろうか。たわいない会話。海の色。髪の匂い。ただそばにいるだけで幸せで、この人さえいれば、他になにも要らない。心からそう言えたあの時、なにをどう感じて、世界がどんなふうに見えていたのかを。もう一度逢えたら、どんな言葉をかけるだろう。ふたりで過ごしたあの場所は、いまどうなっているんだろう。この小説は、そんな果たせぬ願いを驚くべき解像度で叶えてくれる。
どんな青春小説もいずれ失われる世界を描いた喪失の物語だ。けれど本作は、それでも決して失われないものを描いてみせる。いまは離れ離れ、もう逢うこともない人たちの顔が浮かんでくる。誰ひとり欠けてもいまはない。大人にこそ読んでほしい新たな代表作の誕生だ。