【アンパンマン誕生秘話】“大人に不評だった”ヒーローはなぜ国民的キャラクターになったのか…やなせたかしの創作人生をたどる展覧会

  • 文&写真:はろるど
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会場風景「第5章 アンパンマンの誕生」 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

漫画家、詩人、絵本作家、イラストレーター、デザイナー、編集者…。やなせたかし(1919〜2013年)が生涯をかけて背負った肩書きは、簡単には数えられない。今年、香美市立やなせたかし記念館アンパンマンミュージアムの開館30周年を記念し、原画約200点からその作品世界を紹介する展覧会が、世田谷文学館で開かれている。「アンパンマンの生みの親、だけどそれだけじゃない」。94歳で世を去るまで現役を貫いたやなせの、幅広い創作人生を追いかけたい。

ヒットに恵まれなかった、駆け出しの日々

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会場風景「第1章 やなせたかし大解剖」、「第2章 漫画 人とのつながり」 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

高知県に生まれたやなせは、東京高等工芸学校工芸図案科(現・千葉大学工学部)を卒業後、東京田辺製薬の宣伝部に入社する。22歳で徴兵され、4年後に中国で終戦を迎える。復員後は高知新聞社で雑誌編集に携わり、1947年に上京。三越百貨店宣伝部を経て1953年、ついに漫画家として独立を果たす。舞台や雑誌の仕事も舞い込んだが、本業ではなかなかヒット作に恵まれなかったという。その鬱屈した思いが結実したのが、「ぼくらは みんな生きている 生きているから 歌うんだ」の歌詞で知られる『手のひらを太陽に』(1961年)の作詞だ。

どんなに落ち込んでいても、体は命を燃やし、生きている。やなせは、そんな自分自身を応援するような気持ちをこめて、歌詞を綴っていった。会場冒頭の「やなせたかし大解剖」では、こうしたやなせの歩みを紹介。特大年譜や初期作品などをもとに、やなせを形作ったさまざまな要素をたどることができる。

漫画家として、詩人として。雑誌『詩とメルヘン』の世界

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会場風景「第3章 詩 うたうように生まれる」 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

やなせが漫画家としての転機となったのが、1967年、コマ漫画『ボオ氏』での週刊朝日マンガ賞の受賞だった。ここにかねてから描き続け、自らパントマイム漫画と名付けた、ウイットに富んだセリフのない漫画を確立する。翌年には虫プロダクションが制作する長編アニメ映画『千夜一夜物語』で美術監督に指名され、キャラクターデザインを担当。手塚治虫と机を並べ、登場人物の内面を顔立ちや色彩設計に反映する仕事に大きな刺激を受ける。

一方で1963年には、初の詩集『こどもごころの歌』を自費出版。当時の山梨シルクセンター(現・サンリオ)社長の辻信太郎は、やなせの詩に心酔して出版部を創設すると、詩集『愛する歌』を刊行する。そして1973年、詩と絵によって抒情の世界を発信する雑誌『詩とメルヘン』を創刊し、やなせは2003年まで実に30年にもわたって編集長をつとめた。全359号の表紙を毎号描き続けた、いわばライフワークと呼んで良い仕事だ。

『やさしいライオン』に込められた愛情物語

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会場風景「第4章 絵本とやなせメルヘン」 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

漫画家として活動しながら、物語の創作にも取り組んだやなせは、1968年に作品集『アゴヒゲの好きな魔女』を刊行する。同書のまえがきには「小説でもなく 童話でもなく 詩でもなく 絵物語でもなく またそれらのすべてでもあるような」と記され、これらの物語を「やなせメルヘン」と称して制作を続けた。1965年には出版社の依頼で初の絵本『飛ぶワニ』を刊行し、子ども向けの作品を手がけるようになると、1969年に発表した『やさしいライオン』が人気を博し、絵本の代表作となった。そこにはみなしごライオンのブルブルと、育ての親となっためす犬のムクムクの愛情物語が描かれ、会場に並んだ原画にて、じっくりとその世界観を楽しむことができる。血のつながりのない家族の絆や、種を超えて互いを思いやる心、そして外見ではなく本質を見る大切さ。どれもが「やなせメルヘン」に通底する、普遍的なテーマと言えるだろう。

アンパンマン誕生、誰もが知るヒーローになるまで

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会場風景「Epilogue 人生はよろこばせごっこ」 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

ボロボロのマントを身にまとい、あんぱんで出来た顔を食べさせて人を救うヒーロー。やなせは1973年に月刊絵本「キンダーおはなしえほん」十月号で『あんぱんまん』を発表したが、意外にも当初、大人たちからは不評だったという。しかし子どもたちの間で人気が広まり、次第に「自己犠牲」や「愛」、「正義」といったテーマが世代を超えて共感を呼ぶようになると、1988年にはテレビアニメ『それいけ!アンパンマン』の放送がはじまり、誰もが知る国民的キャラクターとなった。

大規模巡回展として2025年4月、熊本市現代美術館にて開幕した本展は、京都、鹿児島、山口、愛知、福岡の各地を巡り、この夏、いよいよ東京・世田谷へとやってきた。いわば東京での開催は7番目となるが、世田谷文学館は立ち上げ当初から企画に参加し、展示構成を担当した。残された膨大な作品を通して、「人を喜ばせること」を人生の喜びとしていたというやなせの真っ直ぐな生き様に、深く、そして楽しく触れてみたい。

『やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ』

開催期間:開催中〜2026年9月6日(日)
開催場所:世田谷文学館
東京都世田谷区南烏山1-10-10
開館時間:10時~18時 ※展覧会入場、ミュージアムショップは17時30分まで
休館日:月 ※ただし月曜が祝休日の場合は開館し、翌日休館
観覧料:一般¥1,500 他
www.setabun.or.jp

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。

はろるど

アートライター / ブロガー

千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。