箱根にあるポーラ美術館は、印象派絵画の充実したコレクションで知られる美術館だ。なかでもクロード・モネの油彩画は、1870年代の初期作品から晩年の『睡蓮』の連作に至るまで19点を収蔵し、その質・量ともにアジア随一を誇る。
2027年4月まで開催中の『モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目 ― モネと21世紀のアート』は、そうしたモネのコレクションを軸に現代美術の作家たちの作品を組み合わせて見せるユニークな展覧会だ。
レセプションのあいさつで、同館学芸課長の岩﨑余帆子は「私たちは今日、モネを歴史上の絵画の巨匠として見ています。しかし本展で改めて考えたいのは、モネがどれほど新しく、ラディカルな目を持っていたかということです」と述べた。
「その目は、没後100年を経た今もなお、私たちに新鮮な問いを投げかけます。本展で、当館のモネのコレクション全19点と、時代や表現方法の異なる国内外の現代作家18組の作品が出会うことで、モネの絵画がいまどのように新しく見えてくるのか。モネの作品を印象派の名画としてだけではなく、今の私たちの感覚を揺さぶる新しい絵画としてご覧いただければ」
モネ展であり、現代美術展でもある
現代作家には、フェリックス・ゴンザレス=トレス、ロニ・ホーン、ピエール・ユイグ、三嶋りつ惠、中谷芙二子、ヴォルフガング・ティルマンスなど、国際的に評価されている作家の名前が並ぶ。さらに、ルーカス・アルーダ、ノエミ・グダル、今坂庸二朗、ダニエル・スティーグマン・マングラネら、日本の美術館では初めて作品を展示する作家も本展に参加している。
モネを軸にした展覧会だが、現代美術の展覧会としても十分に見応えのある内容だ。それらの作品は、展示室だけでなく、アトリウムやロビー、美術館の外に広がる森の遊歩道にも点在し、美術館全体を使って配置されているのも面白い。
睡蓮の池の奥へと想像力を傾ける
ノエミ・グダルの「デルタ」シリーズとモネの『睡蓮の池』。 展示風景:『あたらしい目—モネと21世紀のアート』 2026年 ポーラ美術館 撮影:中川周 ©Noémie Goudal Courtesy of the artist and Edel Assanti
モネの『睡蓮の池』と同じ展示空間に置かれているのは、フランスの作家ノエミ・グダルの「デルタ」シリーズ。グダルは近年、国際的に注目を集めている作家のひとりで、ロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリーやオランダのフォーム写真美術館などでの個展経験も持つ。写真を軸にしながら、映像やインスタレーションも手がける彼女の「デルタ」シリーズは、古植物学者とともに、約3億年前の石炭紀に存在し、現在では失われた植生をジオラマのように再現した作品だ。そこに写し出されているのは、自然のようでありながら、人工的に組み立てられた太古の風景でもある。
展覧会の解説でも触れられているが、実はモネが描き続けた睡蓮の池も、「デルタ」シリーズで描かれた光景のように、モネ自身がつくり上げた人工のものだった。モネは人生の後半の大部分を、フランス・ノルマンディー地方の小さな村ジヴェルニーで過ごし、造園にも力を注いだ。セーヌ河の支流から水を引いて池をつくり、日本風の太鼓橋を架け、季節ごとに花々が咲き移る庭を整える。それは自然と人の手が混じり合う場所であり、モネにとっては「絵を描くための舞台」、いわばイメージを生み出すための庭だった。
このジヴェルニーの庭に関心を寄せた現代作家に、本展にも作品が並ぶピエール・ユイグがいる。ユイグは2014年、ジヴェルニーの睡蓮の池から睡蓮の株を採取し、水槽の中でその生態系を再現した『Nymphéas Transplant(睡蓮の移植)』を発表している。水面に睡蓮が浮かび、透明な水槽を通してその下の世界を観察できるこの作品は、いわばモネが描き続けた、水面の下に広がる世界を可視化するものでもあったと言える。
本展で展示されるユイグの作品は、同館がコレクションする彫刻作品『異系知性(淵)』。頭部が蜂の巣で覆われた女性の彫像が、地面に手をつき、水辺を見つめるように置かれている。展示室では、アローラ&カルサディーラによる木漏れ日や造花を用いたインスタレーションや、ヴォルフガング・ティルマンスが睡蓮を撮影した写真作品とともに配され、モネの睡蓮の池を想起させる、もうひとつの新たな風景が立ち上がっている。
アローラ&カルサディーラによる木漏れ日や造花を用いたインスタレーションに溶け込むように、ユイグの『異系知性(淵)』が置かれている。壁面に見えるのは、ヴォルフガング・ティルマンスが睡蓮を撮影した写真作品。展示風景:『あたらしい目—モネと21世紀のアート』 2026年 ポーラ美術館 撮影:中川周
モネの眼差しと呼応する、もうひとつの風景
ジヴェルニーの庭を含め、ポーラ美術館のモネ・コレクションには、モネが愛した風景を描いた作品が幅広く揃っている。たとえば、サン=ラザール駅。ガラスと鉄で構成されたこの近代的な駅舎は、当時のパリを象徴する建築物でもあった。モネはかつてその近くに部屋を借り、ガラス屋根から光が差し込む駅や、蒸気機関車が煙をたなびかせる光景を連作として描いた。移ろう光、ガラス越しに変化する眺め、煙によって輪郭を失っていく風景。そうしたものもまた、モネの視覚を形づくる重要な要素だったのだろう。
「透明なガラスにこそ、すべての色が含まれている」と語る三嶋りつ惠は、本展で水、葉、光といったモチーフからなるガラス彫刻を、水鏡のような展示台の上に配置している。透明でありながら、周囲の光や風景を受け止め、映し込み、変化し続けるガラス。その存在は、モネが絵画のなかで追い続けた光の移ろいとも静かに呼応する。
ガラスで構成されたポーラ美術館のアトリウムなどに設置された、スーメイ・ツェの映像作品『ある枠組み 3(パリ、ヴェネツィア、ジヴェルニー)』。風景を写し込んだ水晶が手のひらの上で回転し続けるというこの作品もまた、光や風景へのモネの眼差しを想起させる。なお、スーメイは本展に際し、モネが愛したジヴェルニーの庭をはじめ、ヴェネチア、パリで新たに作品を制作している。
ダニエル・スティーグマン・マングラネのインスタレーション作品。展示風景:『あたらしい目—モネと21世紀のアート』 2026年 ポーラ美術館 撮影:中川周 Courtesy of the artist, and Mendes Wood DM, and Esther Schipper
ダニエル・スティーグマン・マングラネは、展示室に光の柱を出現させた。これは、ノルマンディーの海を背景に、垂直に伸びる木々の風景を描いたモネの『ヴァランジュヴィルの風景』と呼応する作品だが、窓に設置されたステンドグラスにも目を向けたい。幾何学的にガラスを嵌め込み、ところどころに海面のような凹凸が入ったそのステンドガラスには、向こう側の森の風景と光の柱が、揺らぐように浮かび上がる。
青い氷とキャンディが映し出す、喪失の気配
セーヌ河もまた、モネが幾度もその光景を画布に封じ込めた特別な場所だった。本展では、そのひとつである『セーヌ河の日没、冬』が、フェリックス・ゴンザレス=トレスのインスタレーション作品と呼応するように同じ空間に置かれている。
フェリックス・ゴンザレス=トレスのインスタレーション作品『「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)』。展示風景:『あたらしい目—モネと21世紀のアート』 2026年 ポーラ美術館 撮影:中川周
ゴンザレス=トレスは、愛する人の命や身体、あるいは不在の感覚を、キャンディや電球といった日用品に置き換えて作品化してきた。展示空間に広がるブルーのキャンディは、亡くなった恋人や身近な人の体重などに由来する重さを持つという。鑑賞者がキャンディを持ち帰ることで、作品は少しずつ減っていく。その変化そのものが、喪失や記憶、誰かの存在の痕跡を静かに示している。
一方、モネの『セーヌ河の日没、冬』の水面に浮かぶ青い物体は、割れた氷だ。モネがセーヌ河の湾曲部にあるヴェトゥイユに住まいを移した頃、記録的な寒波によってセーヌ河は氷結した。やがて氷が割れ、河を流れていく。その光景に心を動かされたモネは、冬のセーヌ河を繰り返し描いた。そしてその少し前、モネは最初の妻であるカミーユを亡くしている。
ここでふたつの作品を結びつけるのが、青という色だ。かつて青は、ラピスラズリを原料とするウルトラマリンに象徴されるように、高価で特別な意味を帯びた色だった。しかし19世紀に入ると、新しい顔料の普及によって、青は空や水、影、光の揺らぎを描くための色として、画家たちの手に届くようになる。モネもまた、その青を巧みに用い、光や水の揺らぎ、そして、こうした凍てついた水面や夕暮れの空気をも画布にとどめた。
モネの絵画に浮かぶ青い氷と、ゴンザレス=トレスの青いキャンディ。それらが同じ空間で向き合うことで、ふたつの作品は、消えていくもの、失われたもの、しかしなお気配として残り続けるものについて静かに語り始める。
霧とともに、展示は森へと向かう
中谷芙二子『霧のプロムナード 仙石原』霧の彫刻 #47721 2026年 展示風景:『あたらしい目—モネと21世紀のアート』 2026年 ポーラ美術館 撮影:中川周
中谷芙二子は、テクノロジーと自然現象を組み合わせた霧の彫刻を、美術館の森の遊歩道で披露している。本展のレセプションに出席した中谷は、同館のある箱根・仙石原の自然に特別な思いがあると語っていた。かつて東京画廊で油絵を見せる初個展を開催した際、集中して作品制作を行ったのが、ここ仙石原だったのだという。中谷はその後、「腐る絵」やビデオを用いたメディアアートなど、さまざまな表現を展開していくが、彼女の関心のひとつに、生と死が同時に起こっている状況を表現することがあったそうだ。
そして、自然のなかにそのありようを求め、たどり着いたのが、水の蒸発と凝結の間に立ち現れる霧の彫刻だった。「印象派の人たちは、当時、科学的な理論を取り入れながら光をどう油絵で描くかを考え、実験した。特にモネはそういった実践を数多く行った画家。そういった作品が並ぶ本展の出展作家のひとりに選ばれたことは大変うれしい」(中谷)
モネが絵画に封じ込めた光、水面、大気の移ろいは、現代作家たちの作品を通して、絵画の外へと広がっていく。本展で出会う現代美術は、モネの絵画を説明するために置かれているのではない。むしろ、モネの絵画がいまもなお開き続けている「見る」ことの純粋な可能性を、別のかたちで私たちの前に差し出している。
『モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目 ― モネと21世紀のアート』
開催期間:開催中〜2027年4月7日(水)
開催場所:ポーラ美術館
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
開館時間: 9時〜17時(入館は16時30分まで)
休館日: 12月1日(火)
TEL:0460-84-2111
入館料:大人¥2,200他




