世界中で愛される名作『はらぺこあおむし』から、「リアルすぎる彫刻」で知られるアーティスト、『ロン・ミュエク』展、ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館まで、今注目の最新アート展の記事3本をお届け。
第3位 ロン・ミュエクの巨大彫刻が暴く、人間の「心」の正体|森美術館

「リアルすぎる彫刻」で知られるアーティスト、ロン・ミュエク(1958年オーストラリア生まれ、英国在住)。しかし森美術館で開催中の『ロン・ミュエク』展で体験するのは、単なる技巧への驚きではない。巨大化した人体、あるいは極端に縮小された身体…。展示空間を進むうちに、強い違和感に襲われ、自らの知覚までも揺さぶられる。
巨大な女性像が生み出す、不思議な違和感とは?
『イン・ベッド』は、2006年に開催された「カルティエ現代美術財団コレクション展」(会場:東京都現代美術館)に出品され、作品写真が展覧会のキービジュアルに使用されたことでも話題を集めたもの。全長約6.5メートル、幅約4メートルに及ぶ巨大な彫刻には、白いベッドに横たわる中年女性の姿が表現されている。手で顎を支えながら、透き通るような瞳で宙を見つめる表情は、どこか物思いに沈んでいるようにも思える。
その前に立つとモニュメントのような作品の大きさに圧倒されるが、ちょうど目線の高さに位置する女性の横顔に目を向けると、決して視線が合わないことに気づく。また目尻の皺や眉毛、指の爪に至るまで生々しいリアリティを備えながら、実際の人体とは異なるスケール感によって不思議な違和感を生み出している。そして「彼女は一体何を思っているのか」と想像を掻き立てても、心の内は容易には見えてこない。

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第2位 『はらぺこあおむし』誕生の裏側に迫る、エリック・カール展|東京都現代美術館

「エリック・カール展」展示風景、東京都現代美術館、2026年。会期中、3階のフォトスポットと1階は写真撮影ができる。※普段、会場にあおむしはいません。
アメリカの絵本作家、エリック・カール(1929〜2021年)の大規模な回顧展が、東京都現代美術館で開かれている。名作『はらぺこあおむし』日本語版の刊行から50年。世代を超えて愛され続ける絵本の魅力とともに、鮮やかな色彩と独創的なコラージュ表現などによって切り拓かれた、カールの豊かな創作世界に迫る。
全ページの原画を公開!『はらぺこあおむし』とダミーブックとは?
『はらぺこあおむし』(1969年)は、グラフィックデザイナーとして活動していたカールが、自ら文章を手がけた最初の絵本。小さなあおむしが食べものを口にしながら成長し、やがて美しいちょうへと姿を変えるこの物語について、カールは「大人になることの希望の物語」と語っている。本展では、『はらぺこあおむし』全ページの原画を公開。さらにダミーブック『みみずのウィリーのいっしゅうかん』を紹介し、世界的名作が誕生するまでの創作の軌跡をたどっている。
このダミーブックには、どのような役割があったのだろうか。カールは絵本制作にあたり、まず物語の展開やページ構成、デザインのアイデアを練るため、絵コンテのような試作本を作っていた。それがダミーブックと呼ばれるものだ。会場では、過去に日本で開催されたエリック・カール展で最多となる12点のダミーブックを展示。最終版とは異なるストーリー展開や構図もあり、試行錯誤のプロセスを間近に見ることができる。

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第1位 ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館【全裸の女性が“気候変動へ警鐘”】

ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館で、裸の女性が鐘に逆さ吊りになるアートパフォーマンスが物議を醸している。気候変動などへの警鐘を意味するとされるが、観る人によっては顔をしかめるであろう館内の展示と合わせ、賛否両論が押し寄せた。
機械的な仕掛けは一切ない
ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館の前に立つと、青いクレーンに吊るされた巨大なブロンズの鐘が目に飛び込んでくる。
その内側で、全裸の女性が逆さに吊り下がるパフォーマンスが物議を醸している。ゆっくりと身体を揺らし、振り子のように弧を描くたびに、低く重い鐘の音がジャルディーニの庭園に響き渡る。
機械的な仕掛けは一切ない。人間が裸体を揺らし、鐘の舌(ぜつ。内側で揺れて鐘を撞く部品)とするインスタレーションだ。鐘には「TEMPORA O MORES」(時代よ、風俗よ)と刻まれている。
鐘は1時間おきに打ち鳴らされる。現代アート専門誌のアートフォーラムが訪れた時点では、アーティストのフロレンティナ・ホルツィンガー氏本人が裸で鐘の内部に逆さ吊りとなり、鐘の音色を響かせていたという。通常は彼女が率いる女性パフォーマー集団が交代で実演する。
手がけたのは、1986年ウィーン生まれの振付家・パフォーマンスアーティストである同氏。キュレーターのノーラ=スワンチェ・アルメス氏との共同制作で、パビリオンを丸ごと『シーワールド・ヴェネツィア(Seaworld Venice)』と題した作品とした。2年に一度の国際美術展、2026年のヴェネツィア・ビエンナーレで最大の話題作となっている。展示は11月まで続く。

演劇界の問題児がアート界でブレイク
鐘は「警鐘」「失われた時代への哀悼」などを表すと解釈されており、気候変動で水没するヴェネツィアや家父長制への問題提起であるとされる。
ホルツィンガー氏は、欧州の演劇・ダンスシーンではかなり前からその名を知られていた。だが国際的なアートの世界となると、彼女を知る者はほとんどいなかった。
アートフォーラムによると、ヴェネツィア・ビエンナーレ開幕前夜、あるジャーナリストが各国からのゲストにオーストリア館を勧めたところ、返ってきたのは「誰それ?」という反応だったという。
ホルツィンガー氏はこの10年、演劇界の問題児としても名を馳せてきた。ヴェネツィア・ビエンナーレに先立つ2025年の『ア・イヤー・ウィズアウト・サマー(A Year without Summer)』では、性的に過激な場面や出演者の頬を吊り上げる演出が繰り広げられた。
数時間に及ぶほぼ全裸の公演となっており、身体を酷使する手法に、軽妙な空気感を組み合わせている。
仕掛けに賛否両論のオーストリア館
さて、鐘のパフォーマンスから、さらにオーストリア館の奥へ足を踏み入れると、パビリオン全体がひとつの巨大な水循環システムで構成されていることに気づく。
その中心部、展示の目玉となっているのが、来場者の尿を浄化した水で徐々に満たされるタンクと、その中で潜水し続けるパフォーマーだ。
来場者が仮設トイレで用を足すと、その尿は各室をめぐり浄化処理を施された上で、やがて人工の「海」へと注ぎ込まれる。ヴェネツィアを取り囲む潟(ラグーン)の潮の満ち引きと人間による汚染を模したものだと、英国現代美術誌のアートレビューは伝える。
この「海」で全裸の女性パフォーマーたちがジェットスキーを飛ばし、はしゃぎ回る。過去の公演では観客が失神したこともあるという振付家・演出家のホルツィンガー氏らしい、凄絶な光景だ。
こうした演出の根底には、風刺の精神がある。インド英字日刊紙のフリー・プレス・ジャーナルは、ジェットスキーが周回する光景を、大量に押し寄せる観光客たちへの皮肉と読み解く。観客自身の体液で維持される水槽は、消費行為の代償を問う装置だ、と。