台湾
故ザハ・ハディド氏の遺作「淡江大橋」が5月、台湾・新北市に開通した。たった1本の主塔で全長920mの橋全体を支える、世界最長の単塔非対称斜張橋だ。構想から約28年。大胆な設計が生まれた理由には、淡水河口の夕景を遮らないという美学があったという。
ザハ最後の遺作が台湾に誕生
淡水河の河口に夕日が沈むと、台湾海峡へ溶けていくオレンジの光の中に、白く細い弧がひとすじ浮かび上がる。台湾北部きっての夕日の名所に現れた新たなシンボル、「淡江大橋」だ。
建築家の故ザハ・ハディド氏が設計したこの大橋は、大型プロジェクトとしては氏最後の遺作と言われる。
橋は塔から斜めに張ったケーブルで桁を支える「斜張橋」と呼ばれる形式で、主塔わずか1本で全体を支える設計だ。非対称構造のこの方式としては世界最長を誇る。橋は5月12日に正式開通し、両岸の淡水区と八里区を結んだ。
開通式典の夜には、橋はカラフルなライトアップで彩られ、先住民族によるパフォーマンスの歌声が響いた。台湾を代表する舞踊団「雲門舞集」もダンスで花を添えたと、台湾英字日刊紙のタイペイ・タイムズは伝えている。
式典には頼清徳総統、卓栄泰行政院長、侯友宜新北市長らが顔をそろえた。頼総統は、「この橋は台湾の誇りだ。台湾のランドマークとなり、国際舞台における台湾のもう一枚の名刺になるだろう」と称えた。
設計したハディド氏はイラク・バグダッド出身で、ロンドンを拠点に活動した建築家だ。2004年に女性として初めて、建築界最高の栄誉とされるプリツカー賞を受賞。大胆な曲線の造形で世界を魅了した。
台湾・新北市に架かる淡江大橋の着工すら見届けられぬまま、2016年に急逝した。氏の設計事務所ザハ・ハディド・アーキテクツが遺志を引き継いで完成させている。
1本の主塔で全長920mの橋を支える
全長920mもの橋桁を、なぜたった1本の塔で支える構造を選んだのか。答えは、淡水河口独特の事情にある。
淡水河の河口は、東の淡水と西の八里に挟まれた夕日の名所だ。
米建築デザイン誌のイーヴォロ(https://www.evolo.us/zaha-hadid-architects-danjiang-bridge-in-taipei-taiwan/)によると、国際コンペで1位を獲得したザハ・ハディド・アーキテクツは、主塔をできる限り細く設計する手法を採用したという。
そして、主塔の位置を決めるに当たり、3つの条件を考慮した。すなわち、構造性能の最大化と、航路の確保、そして沿岸の名所から望む夕景をできるだけ遮らないことだ。
こうした制約の末に生まれたのが、コンクリート製の主塔1本を拠り所とし、そこから張った幾本ものケーブルで920mのスチール製デッキ全体を支える、世界最長の単塔非対称斜張橋だ。デッキは道路・鉄道・歩道の3用途に対応した設計となっており、将来的には淡海ライトレール(DHLRT)の延伸も計画されている。
主塔は優美に湾曲しており、これは台湾の舞踊集団である雲門舞集のダンサーの動きから着想を得たものだ。この造形には海外でも反響があり、CNNはこの橋を「2025年に世界を変える建築プロジェクト11選」のひとつに挙げた。
完成までに28年を要した
2026年に完成を迎えたこの橋だが、約28年に及ぶ紆余曲折の歴史があった。
計画が持ち上がったのは1998年。環境アセスメントや設計変更が相次ぎ、入札も複数回にわたって不成立に終わったと、タイペイ・タイムズは伝えている。着工にこぎつけたのは2019年。構想から実に20年余りが過ぎていた。
工事が始まっても困難は続いた。河口特有の強風に、水中からの浸水など、施工の現場でも多くの試練が待ち受けていた。
こうして完成した淡江大橋は現在、複数の幹線道路をつなぐ重要な役割を担う。淡水と八里を行き来するには、これまで上流の関渡大橋を回るしかなく、慢性的な渋滞の原因となっていた。河口付近に新たなルートが加わったことで、その緩和が見込まれている。
台湾交通部公路局は、開通により淡水〜八里間の移動距離は15キロ縮まると説明している。所要時間にして約25分の短縮だ。既存ルートの交通量は30%減少する見通しで、桃園国際空港へのアクセス改善にもつながるという。
早くも人々の日常に溶け込む
華々しい開通式を経て、開通初日の夜には、橋ではさっそく最初の交通事故が生じている。
午後8時ごろ、橋上で最初の交通事故が起きたと、台湾国営通信社英字サイトのフォーカス台湾(https://focustaiwan.tw/society/202605130006)が報じた。大型バイクで八里区方面へ向かっていた42歳の男性が、25歳の男性の乗用車に追突。幸いにも、軽微な接触にとどまったという。
バイクの男性は軽い打撲を負ったが、現場で応急処置を受けた後、自ら医療機関を受診した。両運転手ともアルコール検査は陰性で、橋の往来はまもなく再開したという。
長い歳月を経て完成した、ハディド氏の遺作。その大橋がやっと開通し、朝の通勤にも夕暮れの散歩にも、訪れる人々の日常を支えている。
淡水河口の夕日を背に浮かぶそのシルエットは、日々の風景に静かに溶け込んでいく。台湾に誕生した新たなランドマークとして、人々の日常を静かに見守る。


