アメリカ
マイアミビーチの沖合、水深6mの海底にコンクリート製の実物大の車22台が沈んでいる。サンゴに覆われ、魚の住処となったとき、作品は初めて「完成」するという。全長約11km、10年かけて拡張される水中彫刻公園「リーフライン」の第一歩がスタートした。
水中に沈んだ“車”が魚の楽園に
アメリカ大西洋岸の南部、マイアミビーチ。沖合240メートルの海底に、22台の“車”が整然と並ぶようにして沈んでいる。アルゼンチン出身のアーティスト、レアンドロ・エルリッヒ氏の手による彫刻「コンクリート・コーラル」だ。
水深6メートルに沈んだコンクリート製の実物大の車。そこに空いた窓を魚の群れがくぐり抜け、ホイールキャップには海藻がうっすらと絡みつき始めた。見下ろせば、大洪水に呑まれた駐車場のようだ。
アーキテクツ・ニュースペーパーによると、作品が設置されたのは昨年10月。4日間にわたり、全長約48メートルの建設用バージ船(平底の大型運搬船)がビーチの沖に停泊した。海洋用の特製コンクリートで造った実物大の車が、ビーチに集まる人々が見守るその目の前で、1台ずつ海底へ沈められていった。
アート・ニュースペーパーの取材に対し、エルリッヒ氏は、「水中で自然に侵食されていく渋滞中の車たちは、まるで水没した過去の文明のようにも見える。アトランティスの神話に通じるものがある」と語る。
渋滞の原因である車をあえて海底に沈め、自然に奉仕する存在へと、その意味を180度反転させるという発想だ。設置からわずか数分後には、魚の群れが車体のまわりを泳ぎ始めたという。
作品で育つ2200点のサンゴ
「コンクリート・コーラル」は、マイアミビーチ沖に建設が始まった水中彫刻公園計画「リーフライン」のインスタレーションの第1弾だ。
今後10年かけて新たな作品が加わり、最終的には全長約11キロメートル(JR山手線一周の約3分の1に相当)に及ぶ海底の彫刻回廊となる。
アート・ニュースペーパーによると、今後順次加わる作品の一つに、シロナガスクジラの心臓をかたどった巨大彫刻「ハート・オブ・オケアノス」がある。
手がけるのはロンドン在住のアーティスト、ペトロク・セスティ氏だ。ギリシャ神話の海神オケアノスに捧げる作品だという。
アーティストのカルロス・ベタンコート氏と建築家のアルベルト・ラトーレ氏は、別の作品「マイアミ・リーフ・スター」を計画している。星形モジュール46基で構成され、直径は約27メートル。上空の旅客機からでも視認できるほどの規模になるという。
こうした彫刻は、単純に作品自体を海に沈めるだけでは完成しない。「コンクリート・コーラル」の場合、マイアミ市内の産業用倉庫に設けられたコーラルラボで、作品に命が吹き込まれる。
倉庫を埋め尽くすのは、青いLED照明に照らされた水槽の列だ。エアポンプとフィルターが24時間休みなく稼働している。
海洋生物学者でアーティストのコリン・フォード氏がここで培養しているのは、軟珊瑚とも呼ばれる八放サンゴ類だ。これを一つひとつ、彫刻に移植していく。
フォード氏は、「各車体に100個のサンゴを付けます。車は22台あるので、合計2200個になります」と話す。
茂みのように枝を広げる軟珊瑚は、波の力を受け止め、魚の隠れ場所にもなる。移植したサンゴが成長して車体を覆い尽くすまでに、およそ3〜5年を要する。フォード氏は「従来の芸術作品と違い、ここでは芸術は沈めた瞬間にスタートします。自然が作品を完成させるんです」と語る。
住民が投票でプロジェクトを支援
水中彫刻公園「リーフライン」の構想には、すでに多くの人々が加わっている。
2024年12月、マイアミビーチのアートウィークに合わせ、今後海底に設置される「マイアミ・リーフ・スター」の原寸モデルが砂浜に展示された。
ハーバード大学デザイン大学院によると、7日間の来場者は10万人超。海に沈む前の、いわば予告編の位置づけだったが、多くの人々が集まった。
会場には沖合でやがて育つサンゴの実物やデジタル画像も並び、海と陸をつなぐ教育プログラムの一端を担った。
一方でフランスでも、昨年ニースで開かれた国連海洋会議の運営担当者がこの取り組みに目を留めており、地中海沿岸のビーチには「ツイン・リーフ・スター」の設置が決まった。
プロジェクトを率いるのは、キュレーター兼芸術監督のヒメナ・カミノス氏。2019年にナイト財団の助成を得て、リーフラインを始動させた。
そして2021年、マイアミビーチの住民投票により、500万ドル(約7億5000万円)の債券発行が承認される。市民が自らの一票で、海底美術館の実現を後押しした。
以来、アートや建築、科学の専門家から行政機関、地域コミュニティまでが手を携えるプロジェクトへと育っている。カミノス氏は、「この回廊は何年もかけて成長し続けます。その真の姿は、海が描くのです」と語る。



