【知らない人が多い場で疲れる理由】直木賞作家・小川哲が出したシンプルな答え

  • 写真:野口花梨 文:藤村はるな
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小川哲(おがわ・さとし)⚫︎1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビュー。『ゲームの王国』(早川書房)で18年に日本SF大賞と山本周五郎賞受賞。23年に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。4月17日に本連載を再編集した『斜め45度の処世術』を刊行。

4月17日に、雑誌『Pen』での連載を収録した初のエッセイ『斜め45度の処世術』を上梓した作家の小川哲。「今日は暑いですね」といった雑談に恥ずかしさを覚え、レジの人に意志を奪われたくないからと、お薦めされたメニューはあえて頼まない。そんな自他ともに認める“ひねくれ者”の思考の軌跡を、本書では存分に垣間見ることができる。

エッセイとしての魅力はもちろんのこと、ビジネスシーンや日常の人間関係に差し込まれる独自の視点は、生きづらさを感じる人にとってひとつの指針になるはずだ。そこで今回は本書の刊行を記念し、多くの人が日常生活で抱えるであろう悩みを小川にぶつけてみた。既存の価値観を軽やかに裏切る、いま最も注目される作家の“斜め”な回答を紹介していこう。

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「撮影されるのは苦手なんです」と話しながらも、フォトグラファーのリクエストに応える小川。

気の乗らない会食をどうする?

――春先は歓送迎会などが多いシーズンですが、なかには気が乗らない会食もあります。行きたくない会食に呼ばれた時、どうしますか?

僕の場合はどんな苦手な場も小説の取材になるので、「嫌だな」と思ったら「ネタになるな」と頭を切り替えますね。あとは、自分の中で別のゲームを始めることも多いです。たとえば、すごく気難しい先輩との食事会で気が重いときは、あえて相手がギリギリ怒らなそうな失礼なことを言ってみるとか。怒られなければゲームを攻略したことになるし、仮に怒られたら「あの人は器が小さいんだな」と知る機会になりますから。

そもそも「行きたくない場には行かなくて済む環境をつくる」ことも大事だと思います。僕は知らない人が多い場だと消耗するので、参加者の過半数が初対面の会食には行かないと決めています。そう宣言しておくと、周囲の人も僕が知らない人ばかりの会食には誘ってこなくなるので、断る手間も省けます。

知らない人の多い場に行くのが苦手な理由は、自分を紹介するのが疲れるからです。会話は、「この人の話を聞く価値がある」と相手に思ってもらえないと成立しない。だから、初対面の人と話す時は、「自分がいかに面白い人間か」「いかに話を聞く価値がある人間か」を証明する作業が必要になる。結果として自分をよく見せようとしたり、小さな嘘をついたりすることになって、人間の大事な部分が削られていく気がして、疲れてしまうんですよね。自分が苦手な会合には行かないと最初から決めておけば、消耗することもない。お薦めです。

いまの仕事が好きになれない。どうしたら?

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カメラに目を向ける小川。彼の目からは、日常がまた違った景色で見えているのかもしれない。

ーーいまの仕事が好きになれなくて、会社に行くモチベーションもわきません。どうしたらいいでしょう?

将来に抱くビジョンに対して、目の前の仕事がどうつながっていくかを考えますね。たとえば、僕は本来、今日みたいな取材や撮影は苦手です(笑)。でも、僕が理想とする仕事は、締め切りに縛られず、自分が書きたいものだけを書いて、納得のいくクオリティで世に出すという状態です。そこに近づくには、一冊の本をじっくりつくって、きちんと売ることが大事ですよね。そう考えると、宣伝のための取材や撮影も必要なステップで、「やりたくない仕事」にはならない。逆に、もしいまの仕事が「自分にとっては不要なステップだ」と感じるなら、その仕事を辞めるという判断があってもいいと思います。

移動中や隙間時間の使い方は?

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「とりあえず生」は思考停止に思えて腹が立つ、と言うひねくれ者の頭の中をのぞいたようなショートエッセイ集『斜め45度の処世術』。

ーー移動中や休み時間などの空き時間を、もっと有効活用したいです。小川さんの隙間時間の使い方を教えてください。

なにもしていない状態が苦手なので、移動中などは、ラジオを聴くか、本を読んでいます。そう言うと「情報収集ですか?」と聞かれることもあるのですが、僕にとってラジオや本は、単なる情報収集ではなく「世界の見方を学ぶ手段」なんです。たとえばラジオなら、パーソナリティごとに独自の視点があって、ありきたりの出来事でも語り方ひとつで一気に面白くなる。「この人はこういう風に世界をとらえているんだ」と知ることで、考え方の幅も広がります。それは、小説を書くだけではなく、生きる上でも大切な気がします。

どんなものでも視点を変えると、楽しみ方が変わりますよね。先日、仕事で恋愛リアリティ番組『今日、好きになりました。』を観たんです。たぶん、普通に生きていたら僕があの番組を観ることはなかったと思うのですが、「なぜこの作品が若者の間で流行しているのか」という視点で観てみると、すごく面白くて、勉強になりました。

『斜め45度の処世術』

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