作家・星野文月が綴った『不確かな日々』。半年分の日記をまとめ、2025年に上梓した本書が静かに読み継がれている。その理由は、なにげない日々を残すべきものとして捉えた態度にある。
「書き始めたのは、能登で震災が起きた24年1月1日でした。なにげなく過ごす日々が当たり前ではないと気づいて、日常を記録しておくことって、じつは重要なんじゃないか。そう思ったんです」
綴られているのは、人に会い、食事をし、確定申告をする。そんな、ささやかな日常だが、星野の手にかかると物語の世界になる。
「特別なことが起きたから文章にできるのではなく、うまくいかない日でも表現は成立します」
執筆期間中、心身ともにつらい状況もあったが、それでも書き続けた。絞り出された言葉から伝わってくるのは、心のゆれ。完璧さが重視されがちな時代にあって、整えられていないままの感情や状態を残す姿勢は、創作のあり方そのものを問い直す。
本書の帯には「書けなかったけれど、確かにあった、わたしの日々」と書いた。本に描かれているのは、彼女の生活の一部にすぎない。同様に、誰もが表に出さない無数の言葉を抱えている。
「ここには書かなかったこともたくさんありますし、書くことですべてを伝えられるわけではない。でも書かなかったことから伝わることもあるとわかったんです」
エッセーを“うまく書けるようになってしまった”と感じることがあるという星野。求められるテーマ性や納得感の表現に慣れてしまったのかもしれない。
「私自身、うまくまとまった文章よりも、書き手の衝動が感じられるような文章が好き。だから日記という自由なメディアで表現するのはある種の挑戦でした」
ありのままの自分を受け入れて完成させた『不確かな日々』。日記という形式で生まれる語られない余白が、読む側の記憶を呼び起こし、日々の視点に変化を与える。
星野は、本づくりでも自分に誠実であることを模索する。
「20代半ばの頃に、自分の意見をうまく伝えられないまま本を出したことがあります。当時は売るためには必要なことだと受け入れたのですが、振り返ると、その時あった一つひとつの出来事に、少し傷ついたんです」
本はひとりでは完成しない。商業出版では、タイトルが出版社の会議室で決まることもある。自分らしい本づくりを考えたすえに、24年にふたりの仲間と出版レーベル「ひとりごと出版」を立ち上げた。ここならフラットな関係性のなかで作業を進められる。制作のプロセスそのものを見直す。これも、うまさから距離を取り、ゆらぎを残すための環境づくりだ。
「安心できる環境で本をつくりたかった。でも書くことだけではなく、どう売るかも考えなくちゃいけないんですけどね」
自身の本を売るために書店を訪れることも増えたが、彼女にとって悪いことではなかった。
「自分の本を置いてくれる書店さんに挨拶することは、私にとってすごく自然なことです」
編集者としての一面も持つ星野は、「作品によってどういうかたちで出版するのかを選びたい」と語る。商業出版を否定せず、健やかな本づくりを目指している。
コロナ禍には東京で閉塞感を感じ、長野県松本市に移住した。
「ここにいなくてもいいんじゃないかという気持ちが強くなって、なんかよさそう、くらいな感じで松本に決めました」
ほとんど知り合いもいない土地だったが、本を介して知り合いが増え、ここでも文章を書いている。星野にとって書く行為は日常に根ざす行為であり、自分の源流をたどることでもある。
「書くことが、たぶんすごく好きなんです。いまは書きたいから書いていますが、でも将来、書かなくなることもあるかもしれない」
軽やかに話す星野の後ろ姿を、今後も追い続けたい。
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PICK UP
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PERSONAL QUESTIONS
好きな朝ご飯は?
朝ご飯はいまいちばんの課題で、迷いの中にいます(笑)。血糖値が低いのでなにか食べたほうがいいのですが、答えが見つからないまま昼ご飯まで逃してしまうこともあります。
毎日欠かさず行っていることは?
どんなに寒くても散歩をします。TBSラジオを聴きながら川沿いを歩くことが多いです。松本ではTBSラジオが入らないので、「radiko」プレミアム会員に登録しています。
いま買いたいものは?
車のフロントガラス。高速道路で小石みたいなものが飛んできて軽くヒビが入ってしまいました。まったくのとばっちりなのに、修理代が20万円くらいと聞いて憮然としています。
いま気になっている人は?
「ハロー!プロジェクト」のガチファンで、ファンクラブにも入っています。全グループ好きですが、今年“来る”と予想しているのが、Juice=Juiceに昨年加入した林仁愛さんです。
いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。
