飛行機の座席に収まりきらず、やるせない表情を浮かべる男性——。ヒザを曲げると座れないほど狭い座席を映した動画がSNSで拡散し、航空会社への批判が集中している。カナダで起きたこの悲劇をきっかけに、年々狭くなるエコノミークラスの座席問題に対して人々の不満が爆発した。
「缶詰のイワシのように詰め込まれた」
昨年12月26日、カナダのウエストジェット航空のエドモントン発トロント行き便に搭乗したマンフレッド・シュミットさん。リクライニング機能のないエコノミークラスの座席に座ろうとしたが、「身体が座席に収まらなかった」と語る。
身長190cm、体重100kgのシュミットさんはごく標準的なスタイルで、動画の印象からして肥満という言葉はまったく当てはまらない。カナダの公共放送局CBCの取材でも、「私は普通より少し背が高いかもしれないですが、それほど極端な体格ではありません」と述べている。だが、4時間のフライトを控え撮影された動画を振り返り、「イワシの缶詰のように押し込まれた状態でした」と不満をこぼす。
動画を撮影・投稿したのは、コンテンツクリエイターとして活動する娘のアマンダさん。カナダのトロント・スター紙によると、約20秒のこの動画はTikTokで100万回以上再生され、複数のSNSで拡散した。
最近導入された新シート構成
エコノミークラスは比較的安価なチケット価格と引き換えに若干の不便が伴うものだが、シュミットさんの座席は状況が段違いに悪かった。カナダの航空会社ウエストジェットは一部の機材で、エコノミー席の前後間隔を約5cm縮小する新たな座席配置を導入していたのだ。
動画には、シュミットさんのヒザが前席の背面に完全に押し付けられ、隙間がほぼない姿が映し出されている。腰をやや浮かせるようにして前の座席下に斜めに両脚をねじ込み、なんとか空間を稼いでいる様子が読み取れる。ヒザは直線に近い状態に伸びており、仮に曲げようとしても、前の座席に当たってしまいおよそ不可能のように見える。動画では娘のアマンダさんが、「お父さん、(通常通り前方に)両脚を伸ばさないの?」と問いかけると、「無理なんだ」と困窮した答えが。
ウエストジェットは、「シートピッチ(座席間隔)は機材やキャビンによって異なる」と説明し、当該便の機材が最近座席配置を変更したものだったことを認めた。
シュミットさんの場合、客室乗務員が異状に気づいてくれた。なおかつ幸いにも空席があったため、脚を伸ばせる別の座席へシュミットさんを移動させたという。このシート構成の機材は同社で導入が進んでおり、ほかにも多数存在する。空席がなく、身動きの取れない状態で数時間のフライトを我慢した乗客もいることだろう。
パイロット組合も懸念「拷問だ」
懸念の声を上げているのは乗客だけではない。CBCによると、カナダの航空会社ウエストジェットのパイロット組合議長を務めるジェイコブ・アスティン機長は声明で、前後座席間の距離を示すシートピッチが28インチ(約71センチ)であることについて、カナダ運輸省の承認を得ていると認めつつも、「合法だからといって安全面で最適な結果が保証されるわけではない」と指摘。以前の座席配置が有していたような安全上の余裕が損なわれていると警鐘を鳴らした。
専門家も政府の介入を求める。カナダのマギル大学で航空分野を専門とするジョン・グラデック氏はCBCに対し、カナダではシートピッチ(シートピッチ)が30インチ(約76センチ)であるのが標準だと説明した。一方で、シートピッチに関する国レベルの規制は存在しない。「ウエストジェットがシートピッチをどう設定しようと、規制も監督もない」と同氏は問題視する。
グラデック氏はカナダのトロント・スター紙の取材にも応じ、「28インチ(約71センチのシートピッチ)は拷問だ。そのまま引用してもらって構わない」と嫌悪感を隠さない。背の高いカナダ人はシートピッチの狭さによって不快な状況に置かれやすいとも述べ、緊急時に乗客が適切な姿勢を取れるのか疑問を呈した。
カナダの航空旅客権利擁護団体エア・パッセンジャー・ライツの代表ガボール・ルカーチ氏は、航空機の安全基準である「90秒以内に全員を避難させる」という要件の存在を指摘。「残念ながら(狭いシートピッチは現行法では)違法ではないが、間違っている」と語った。
71センチは業界最狭レベル
ウエストジェットは昨年、一部のボーイング737型機において、シートピッチを28インチ(約71cm)にまで縮小する座席配置を導入している。機内全体で座席を1列追加して収益を増やす狙いがあるが、これは業界でも最も狭いレベルだ。1月、この狭い座席の様子を撮影した動画がSNSで拡散すると、利益を極限まで追求する航空会社の姿勢に対し、その是非を問う議論に火がついた。
カナダ運輸省は、ウエストジェットのシート構成について、「連邦規制に準拠している」と認めた。新たなシート構成では、足元に余裕のあるタイプのエコノミー席も用意されているが、追加料金が必要となる。通常の広さを求めるなら余分に料金を払えという構図だ。
航空専門メディアのシンプル・フライングによると、カナダ運輸省の規制では、規定時間内に脱出できる設計である限り、座席配置は航空会社の自由裁量に委ねられる。なお、アメリカでも事情は同じで、シートピッチの最小値を定める規制は設けられていない。
航空各社はこの20年で、シートピッチを徐々に狭めてきた。同メディアによると、エコノミークラスの平均座席ピッチは1990年代の約34インチ(約86センチ)から、現在の一部機材では28〜30インチ(約71〜76センチ)にまで縮小している。座席設計の技術が進歩したことで快適性の低下はある程度保たれているものの、乗客一人あたりのスペースが減少していることは明らかだ。客室空間の効率化が進むなか、「許容できる快適性とは何か」をめぐる議論は今後さらに激しくなりそうだ。
乗客の怒りを受けて方針転換
ウエストジェットは現在までに、計21機に新たなシート構成を導入済みだ。この構成では、エコノミークラスのシートピッチは、大半が28インチ(約71センチ)となっている。一方、エア・カナダやポーターは大半の席で30インチ(約76センチ)を確保している。ウエストジェットは当初43機を改装する計画だったが、乗客と従業員からの強い反発を受け、計画を22機に縮小した。
同社は方針の見直しを急いでいる。英ロイター通信によると、固定式リクライニングシートの是非についての決定を、当初2月に予定していたが、1月中旬までに前倒しする。最終的にどのような結論を下すかは、まだ明らかにされていない。
なお、アレクシス・フォン・ヘンスブローチCEOら経営幹部は昨年11月、カルガリー発トロント行きの便で新座席を体験した。CEOは、「座席配置がどのようなものか余すところなく体験するため」と述べ、自ら最も狭い中央席に座ることを申し出たという。こうした実体験を経てなお、座席の縮小は強行された。乗客の声がどこまで届くのか、経営陣の今後の判断が注目される。
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