知られざるオランダのファッション事情とは? 直感で服をつくる男、カミエル・フォートヘンスへのインタビュー

  • 文:小暮昌弘 写真:NAITO
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おもにブランドのPRを務める知人から、「オランダのファッションデザイナーが来日するので会ってみないか」と声をかけてもらった。ものをつくる人と直接話すのは昔から好きだ。普段接する機会が少ないオランダからの来日と聞けば、自然と心も躍る。

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1990年代の終わり頃だったと記憶しているが、オランダでデザイナーのインタビューとファッション撮影を行ったことがある。オランダ・スキポール空港でトランジットは何度も経験していたが、実際に上陸したのはその時が初めてだった。東京から託されたサンプルをバッグに詰め込み、カメラマンなどのスタッフはすべて現地調達という、ちょっと気ままなひとり旅。当初の企画では、アムステルダムの風光明媚な街並みを背景にロケで撮影をするという予定だったが、デザイナーの事務所を訪ねると、彼は頑なにスタジオ撮影を主張した。

「アムステルダムは海抜ゼロメートル以下の土地がほとんどの水上都市であり、水平線こそが特徴の国です。だから水平線をテーマにスタジオで撮影したい」

そう語る彼の意思はゆるがず、タイアップ企画だったということもあり、提携企業の担当者に電話を入れ、なんとか了承を得て撮影を成立させた。当時の緊張感と経験が鮮明に甦ってきた。 

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そして11月某日、青山でオランダ・アムステルダム出身のデザイナー、カミエル・フォートヘンスに会った。彼は自身の名を冠したブランドを2014年から立ち上げている。年齢は尋ねなかったが、デザインアカデミーを卒業してすぐにブランドをスタートさせたというから、おそらく40歳前だろうか。実年齢よりも若く見えた。既に日本でも専門店を中心に販路を広げており、今回が3度目の来日。滞在は4日間という短さだという。過去2度の来日では、東京だけでなく、京都や名古屋、さらには地方都市にある取引先まですべて回ったと聞く。その誠実な姿勢に、自然と好感が湧いた。

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今回の来日時期は、Graphpaper AOYAMA の10周年を記念したコラボレーションアイテムの発売に合わせたもの。同店との付き合いも8年になるという。事前に送られた資料には彼のコレクションのコンセプトが“不完全さ”にあると記されていた。まずはその点から話を聞いてみた。

「私の服を見ていただければわかると思いますが、(シャツの裾を指しながら)縫い目が合っていなくても、左右が対称でなくても、それはそれでいいと考えています。むしろ、あえてそれを残しているのです。普通とは違うアプローチですね。ある意味、直感に従ってつくっていきます。途中で間違いがあったとしても、それを残す。そうした姿勢そのものが、私の考える“不完全さ”です」

彼が着用していたシャツの襟元を見ると、端が切りっぱなしの仕様になっていた。「アンフィニッシュ」と彼が呼ぶ手法も、不完全さを象徴するものなのだろうか。

「ビジュアル的な理由もありますが、それだけではありません。ブランドの哲学でもあるのです。ファッションの世界では、すべて完璧にしようとする傾向があります。しかし人間は決して完璧な存在ではありません。常に完璧さを続けることは、不自然で、むしろ不健康だと感じるのです。“不完全さ”はそうした考えに根ざしています」

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彼の服は一見オーソドックスに見えるが、よく見ると、縫い目が揃っていなかったり、襟などの処理が切りっぱなしになっていたりと、実に独特だ。「ヨーロッパの工場の職人たちは、『ワインでも飲みながらつくったらいい』と冗談を言いながら、新たな取り組みに挑んでくれた」と彼は話す。

彼の説明は明瞭だったが、その哲学をかたちにするのは容易ではないはずだ。個人の直感的な感覚を他者に伝え、量産可能なプロダクトへと落とし込むのは、相当な難度を伴う。自分も学生時代、アパレル会社で長くアルバイトをし、パタンナーが縫製指示書に細かく書き込み、時には工場まで足と運んで説明する様子を間近で見てきた。その話をすると「確かに難しい部分もあります。でもヨーロッパでお願いしている工場とはとても密接な関係を持って仕事をしているので大丈夫です」と笑った。今回のGraphpaper とのコラボレーションでは日本で製作されたアイテムを展開しているが、「新しい挑戦でしたが、とてもいい経験になりました」と振り返る。

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Graphpaper AOYAMA の10周年を記念したコラボレーションアイテムの数々。Graphpaperの基盤となるベーシックコレクションを、カミエル・フォートヘンスが再構築したもので、パターンも一から起こしている。いずれも日本で生産され、コートやセットアップ、シャツなど全8型が展開された。

実は彼は、ファッションを学校で専門的に学んだわけでも、有名メゾンで働いた経験があるわけでもない。では、どのようにしてデザインを続けてきたのかと尋ねると、一言、「Do it !」と笑った。

「会社を立ち上げてブランドを運営していること自体が、ある意味では学校でマスター=修士課程を学んだようなものです。確かに専門の学校に行くのが最短ルートかもしれませんが、行かなくても学べる場面はたくさんあります。私は、誰もがなんでもできると思っています。すぐにはうまくいかなくても、本気で学ぼうとすれば、道はいくつもあるのです」 

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最初はスニーカーのデザインから始め、やがて服へと広がったという。自分でミシンを踏み、縫製した経験もあるそうだ。それは14歳か15歳の頃だったという。10代前半から靴づくりに没頭していた親しい友人の姿が重なり、彼もまた生まれながらのクリエイターなのだと感じた。

彼と話してなにより印象的だったのは、自分の道と哲学がはっきりしていることだ。同じ“不完全さ”をテーマにしたコレクションは過去にも存在していたが、それを継続して追求するデザイナーは「自分くらいかもしれませんね」と、どこか照れるように笑った。

最後に、かつての私自身のアムステルダムでの思い出に触れながら、現在のオランダのファッション事情についても聞いてみた。 

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「キリスト教文化の影響もあるかと思いますが、オランダ人はファッションで自己主張することをあまり好みません。質素に暮らすことがよしとされ、機能的な服を好む傾向があります。服にそこまでお金をかけないのです。たとえばデザイナーブランドの服を着ていても、『それ素敵だね。でも20ユーロでも似たようなものが買えるよね?』という感覚に近いでしょう。しかし最近は日本などと同じように、ストリートブランドが注目されるようになってきました」

日本とはまったく異なるオランダのファッション事情だ。でもそうしたオランダの国民性や文化的な背景が、逆にカミエル・フォートヘンスというデザイナーの既存の枠にとらわれない服づくりを育んだのかもしれない。もし彼がパリやロンドンで活動していたら、同じスタイルは確立できなかったのではないだろうか——そんなことを考えさせられた。これからも、彼の活動を追い続けたい。そう思わせる、魅力的なデザイナーとの出会いだった。

Graphpaper AOYAMA

TEL:03-6418-9402
https://graphpaper-tokyo.com

 

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。

小暮昌弘

ファッション編集者

法政大学卒業。1982年から婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。『25ans』を経て『MEN’S CLUB』に。おもにファッションを担当する。2005年から07年まで『MEN’S CLUB』編集長。09年よりフリーランスとして活動。