「水沢ダウン」で知られるデサントの水沢工場が、2025年7月、岩手県奥州市で新たな姿を見せた。1970年の設立以来、高度な接着・縫製技術で唯一無二のダウンジャケットを生み出してきたこの場所は、単なる生産拠点ではない。次の50年を見据えた工場の設計には、モノづくりへの深い思想と、人と地域への配慮が息づいている。
約10メートルのパターンボードが物語るもの
エントランスを入ると、約10メートルにも及ぶ巨大なパターンボードが視界いっぱいに広がる。そこには、水沢ダウン1着を構成する全パーツが並ぶ。
取り扱うパーツ数の多さ、複雑さ、工程数の多さ。そして何より、多くの人の手を経由し、それぞれの工程で工夫と技術を発揮しながら作り上げていく様子が、一目で理解できる。このボードは、従業員には日々の仕事への誇りを、訪れる人々にはモノづくりへの畏敬の念を呼び起こす。
「一朝一夕では真似のできないモノづくりです」と、工場長の塔筋祥平さんは語る。水沢ダウンは独自のダウンパック構造を備え、高度な接着・縫製技術を要するため、ここでしか生産できない。55年間継承されてきた技術。それを次の50年へとつなぐための仕掛けが、新工場の随所に組み込まれている。
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1棟ワンフロアが実現した効率と美学
旧工場では8棟に分かれていた生産設備を、新工場では1棟ワンフロアに集約した。材料の入荷から最終の出荷までを、生産工程の流れに沿ったコの字型設計で配置。この導線設計は、効率化だけでなく、従業員による継続的な改善を促す環境づくりを目指したものだ。
注目すべきは、岩手県産木材を使用したH型の構造物「ファクトラインシステム」。下部には配線ダクト、上部にはエアーコンプレッサー配管を集約し、照明機能も持たせた水沢工場オリジナルのシステムだ。配置の高さは約190センチと、身長の低いオペレーターでも届く高さに揃えられている。各オペレーターが自在にミシンの配置や調整を行うことが可能で、各々が自発的に改善活動を実行できる仕組みだ。
もう一つの独自システムが、輻射熱冷暖房システム。一般的な空調機器では、ミシンの糸揺れ、ダウンの浮揚や飛散、直接的に風に当たることによる健康被害に配慮する必要がある。風が生じない輻射熱システムの導入と、建屋の高い気密性により、生産エリア内はストレスが少なく安定した温度状態を保つ。
これら2つの独自システムにより、工程数が多く複雑な商品を縫製するために、生産ライン内で機器を頻繁に動かすことができ、商品に応じた機材の最適な配置を可能にしているのだ。
水沢工場では、女性を中心に18才から70才超の年齢・体力面でもさまざまな従業員119名が、各工程をつないで生産している。完全バリアフリー設計を最大活用するために、工程の受渡し(運搬)を生産活動における極めて重要なこととして位置付けた。
台車は補助器具としてではなく、生産ツールとしての質を見極め、多数配置。ラック・作業テーブルなども移動式にし、配置を簡単に変えることができる。作業内容や個人の好みで高さも調節できるため、作業効率は向上し、身体負担も大幅に改善している。
さらに興味深いのは、従業員のための空間設計だ。ダイニングホールと休憩ラウンジには、1人になりたい時、2人で過ごしたい時、数人で話をしたい時、足を伸ばしたい時など、それぞれに適した場所と空間を設けている。目線が合いにくいように計算された造作家具の設計にも、細やかな配慮が感じられる。
学校や保育園などからの緊急通話を工場内で行えるフォンブースを5つ配備し、体調不良の際に休む場所として、ベッドを備えたリカバリールームも設置した。こうした取り組みは、結果として従業員のモチベーションを高め、日々のパフォーマンスや働き続ける力を支えている。新工場における環境整備は、目先の快適さではなく、モノづくりの質を長く保つための土台づくりと言えるだろう。
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奥州の自然を纏った竣工記念モデル
新工場の竣工を記念して発売される限定モデル「ルーセント」は、工場所在地である岩手県奥州市の雄大な自然の息吹を感じられるカラーを採用した。澄み渡る空と果てしなく広がる海をイメージした「フィルミーブルー」、森林を包み込む草木の息吹を表現した「ペールカーキ」を展開する。
水沢ダウンの内側の設計を可視化するため、表地には極薄の12デニール素材を選んだ。優れた耐水性を持ちながら、透け感のある軽やかな生地だ。中身のダウンが透けて見えるほどの薄さ。それは、技術への自信の表れに他ならない。
また、随一の軽量性と嵩高性を発揮する1000フィルパワーのダウンを充填し、空気を纏うかのような着心地と暖かさを実現。裏地には保温素材HEAT NAVI®を使用し、衣服内を快適な温度にキープする。採用した1000フィルパワーのダウンは「DOWNPASS」認証を取得したトレーサブルダウンで、シリアルナンバーによる厳正な管理を行うことですべての羽毛の調達過程を追跡することが可能だ。
新しい水沢工場に足を踏み入れて感じるのは、効率や先進性よりもまず、空気の穏やかさだ。人の動きに無理がなく、視線の先に自然の気配があり、時間が静かに流れている。その環境の中で、長年培われてきた技術が、急かされることなく次の世代へと手渡されていく。ここには、モノづくりを「続けていく」ための意思が、建築と設計の隅々にまで染み込んでいる。
竣工記念モデル「ルーセント」は、そうした場所の記憶を纏う一着だ。透けるほどに軽やかな表地の奥に見えるのは、55年の積み重ねと、これから先の時間への静かなまなざし。水沢ダウンは、寒さから身を守るためだけの服ではない。どんな土地で、どんな人たちの手を経て生まれたのか。その背景までを含めて、着る者にそっと語りかけてくる存在である。
株式会社デサント お客様相談室
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