見慣れたアシックスストライプから、まるでそのまま延長されたかのように走るテーピング――。 2025年6月、パリ・コレクションのランウェイで突如披露された一足は、会場に居合わせたメディアや関係者の視線をさらった。事前のアナウンスはなく、その詳細が語られることもないまま、長く沈黙を保ってきたシューズのベールが、ついに剥がされた。
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パリのランウェイで魅せた存在感
そのデビューは、2025年6月、パリで開催されたIM MENの2026年春夏コレクション「DANCING TEXTURE」でのこと。イッセイ ミヤケの衣服づくりに貫かれる「一枚の布」という思想を軸に、陶芸家・加守田章二の作品を独自の視点で再解釈したコレクションが発表された。
構築的なジャケットや鎧を思わせる大胆なシルエット、全身を包み込むような布使い、そして独創的なテキスタイル――。視線は自然とウェアへと引き寄せられるが、その足元でも確かな存在感を放っていたのが一足のシューズだった。それが、MIYAKE DESIGN STUDIO(以下MDS)とASICSの共同プロジェクトによるISSEY MIYAKE FOOTの「HYPER TAPING」である。
コレクションの中で、なかば実験的なアプローチとして提示されたこの一足は、圧倒的なウェアの存在感に埋もれることなく、会場に集まったメディアやバイヤーたちの注目を集めた。
大胆な蛍光色を基調に、オレンジとブルーのテープが描く鮮烈なコントラスト。印象を決定づけた要素のひとつに、カラーリングが挙げられるだろう。しかし、このシューズの真価は、単なる色彩表現にとどまらない。
見慣れたはずのサイドを走るアシックスストライプ。そこから連続するようにアッパー全体を覆うテーピングの構造こそが、見る者に新鮮さをもたらしたのだ。


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アシックスストライプを再解釈した唯一無二のデザイン
本作の核とも言えるのが、アシックスストライプから連なるようにデザインされた“テーピング”だ。一見すると大胆な意匠だが、その背景には機能にもとづく明確な思想がある。
ブランドの象徴として親しまれてきたアシックスストライプだが、もともとはアキレス腱の保護やアッパーの強度向上を目的に生まれたもの。MDSはその成り立ちに着目し、スポーツにおける「テーピング」という概念を重ね合わせ、シューズデザインへと再構築した。
実は、アシックスストライプを起点としたデザインはこれまでにも存在してきた。しかし、当時の機能性や構造に着目しながら、ここまで緻密なライン設計でアッパー全体へと展開した例はなかったと、ASICSのプロダクト担当者は語る。 足を確実にホールドするため、テープの角度や配置、強度に至るまで幾度となく検証を重ね、完成までには約2年の歳月を要した。
実際に足を通してみると、アシックスストライプから連続するように配されたテーピングは、視覚的なアクセントであると同時に、足全体を包み込むような安定感をもたらす。デザインと機能、その両立を高次元で実現したことこそが、「ISSEY MIYAKE FOOT」を唯一無二の存在へと押し上げているのだ。
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スポーツ工学に裏打ちされた、ASICSの確かな知見
このシューズの土台を支えているのが、ASICSが長年培ってきた靴づくりの知見だ。中でも、アスリート向けの技術をライフスタイルへと応用する“スポーツスタイル”のノウハウが、随所に生かされている。
テーピングによって足全体を包み込む感覚を実現するため、アッパー部分が靴底側にまで回り込むレスリングシューズ由来のアウトソール構造を採用。薄く軽量で優れた足裏感覚を備える一方、日常使いに求められるクッション性と安定性を補うため、このモデル専用の中敷きをゼロから開発した。
さらに、クッション性と反発性を高次元で両立させてきたサッカーやバスケットボールシューズのインソール設計など、競技ごとに培われた知見を横断的に応用。加えて、ソール最下層に硬度の高い素材を配置することで底付き感を抑えるという、スポーツ工学研究に裏打ちされた設計思想も取り入れられている。またテーピングとの一体感を高めるため、競技用のタイトなラストをライフスタイルシーン向けの快適な履き心地を追求して、一から製作するという徹底ぶりだ。
これらすべては、ASICSが誇るスポーツ工学研究所に蓄積された知見があってこそ成り立つもの。コラボレーションパートナーとの協議の中で、フィッティングや機能性の観点から必要となった際は、ときにはゼロベースでの開発にも挑む。シューズづくりに対する徹底した探究心が、この一足を通して確かに伝わってくる。
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「毎日履ける靴」を目指して始まった、ニッポン企業同士のタッグ
2021年、故・三宅一生氏が投げかけた「ASICSと靴をつくれないだろうか」という問いから始まった本プロジェクト「ISSEY MIYAKE FOOT」。目指したのは、日常の中で快適に長く履き続けられる一足だった。機能とデザインが無理なく共存する靴のあり方を、三宅は晩年まで構想し、チームに託した。
両者の技術とデザインを重んじ、それを生活に還元する姿勢。そして日本のものづくりに対する誠実な向き合い方。これらが一致したことが、一過性のコラボレーションではなく、長期的なフットウェアプロジェクトとして進める上で重要であるとチームは語る。
対話の場には、製品の理解を深めるため、MDSが手を動かしてつくったシューズのモックが持ち込まれることもあったという。ASICSのプロダクト担当者は「これまでにない深さの議論ができた」と振り返る。
コラボレーションという言葉が簡単に消費されがちな昨今。この一足は問いを投げかける。本当に良い靴とは何か。日常に寄り添うために、デザインと機能はどこまで高め合うことができるのか。
そしてこのプロジェクトは、まだ始まりに過ぎない。MDSとASICS、日本を支えるモノづくりのコラボレーション「ISSEY MIYAKE FOOT」の“次なる一足”に期待が高まる。

イッセイ ミヤケ