約4年の歳月をかけたASICSとの協働、「ISSEY MIYAKE FOOT」誕生の裏側

  • 編集&文:谷田部 凱
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アキレス腱の保護やアッパーの強度確保といった機能性を考慮し生まれたアシックスストライプは、現在ではブランドの象徴としてデザイン上のアイコン的役割を担っている。 本作では、その背景にある機能思想をあらためて読み解き、「テーピング」というコンセプトへと展開。MIYAKE DESIGN STUDIO(MDS)とASICS、両者の深い対話を通じ、新たな表現へと結実したのが「HYPER TAPING」だ。完成までには約4年の歳月を要した。
 

見慣れたアシックスストライプから、まるでそのまま延長されたかのように走るテーピング――。 2025年6月、パリ・コレクションのランウェイで突如披露された一足は、会場に居合わせたメディアや関係者の視線をさらった。事前のアナウンスはなく、その詳細が語られることもないまま、長く沈黙を保ってきたシューズのベールが、ついに剥がされた。


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パリのランウェイで魅せた存在感

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IM MEN 2026年春夏コレクションの舞台となったのは、建築家ジャン・ヌーヴェルによる静謐な建築空間。そのなかで異彩を放っていたのが、MDSとASICSによるフットウェア開発プロジェクト「ISSEY MIYAKE FOOT」だった。

そのデビューは、2025年6月、パリで開催されたIM MENの2026年春夏コレクション「DANCING TEXTURE」でのこと。イッセイ ミヤケの衣服づくりに貫かれる「一枚の布」という思想を軸に、陶芸家・加守田章二の作品を独自の視点で再解釈したコレクションが発表された。

構築的なジャケットや鎧を思わせる大胆なシルエット、全身を包み込むような布使い、そして独創的なテキスタイル――。視線は自然とウェアへと引き寄せられるが、その足元でも確かな存在感を放っていたのが一足のシューズだった。それが、MIYAKE DESIGN STUDIO(以下MDS)とASICSの共同プロジェクトによるISSEY MIYAKE FOOTの「HYPER TAPING」である。

コレクションの中で、なかば実験的なアプローチとして提示されたこの一足は、圧倒的なウェアの存在感に埋もれることなく、会場に集まったメディアやバイヤーたちの注目を集めた。

大胆な蛍光色を基調に、オレンジとブルーのテープが描く鮮烈なコントラスト。印象を決定づけた要素のひとつに、カラーリングが挙げられるだろう。しかし、このシューズの真価は、単なる色彩表現にとどまらない。

見慣れたはずのサイドを走るアシックスストライプ。そこから連続するようにアッパー全体を覆うテーピングの構造こそが、見る者に新鮮さをもたらしたのだ。

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メインビジュアルで使用されたグリーンのほか、グレー、ブラックの全3色展開。素材にはシボの少ない上質なレザーと通気性の高いメッシュを選定し、スポーツスタイルのアクセントとしてはもちろん、シックな装いやモードスタイルなど、日常の幅広いシーンに自然と溶け込むよう工夫されている。

 

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アシックスストライプを再解釈した唯一無二のデザイン

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あえて幅や色の異なるゴムバンドを用い、視覚的なリズムを生み出しながらも、足を確実にホールドするオリジナルのフィッティング構造を採用している。

本作の核とも言えるのが、アシックスストライプから連なるようにデザインされた“テーピング”だ。一見すると大胆な意匠だが、その背景には機能にもとづく明確な思想がある。

ブランドの象徴として親しまれてきたアシックスストライプだが、もともとはアキレス腱の保護やアッパーの強度向上を目的に生まれたもの。MDSはその成り立ちに着目し、スポーツにおける「テーピング」という概念を重ね合わせ、シューズデザインへと再構築した。

実は、アシックスストライプを起点としたデザインはこれまでにも存在してきた。しかし、当時の機能性や構造に着目しながら、ここまで緻密なライン設計でアッパー全体へと展開した例はなかったと、ASICSのプロダクト担当者は語る。 足を確実にホールドするため、テープの角度や配置、強度に至るまで幾度となく検証を重ね、完成までには約2年の歳月を要した。

実際に足を通してみると、アシックスストライプから連続するように配されたテーピングは、視覚的なアクセントであると同時に、足全体を包み込むような安定感をもたらす。デザインと機能、その両立を高次元で実現したことこそが、「ISSEY MIYAKE FOOT」を唯一無二の存在へと押し上げているのだ。

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かかと下部に配されたレザー素材は、極力裁断を減らし、サイドまでひと続きになるよう設計されている。布を無駄にしないというイッセイ ミヤケの「一枚の布」の美学が、ここでも確かに息づいている。サイドには、このモデルが特別な存在であることを示すように、本プロジェクトのために新たにデザインされたISSEY MIYAKEのロゴがさりげなく施された。
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タン部分には、東レの「ウルトラスエード」を採用。一般的には別パーツを用いたり、端処理の工程が必要とされたりする箇所だが、本作では裁断したまま使用できる素材特性を活かし、工程そのものを削減している。テーピングによって覆われ、視認されにくい部分においても素材選びに妥協しない。そんな両者のこだわりが垣間見える。

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スポーツ工学に裏打ちされた、ASICSの確かな知見

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印象的なアウトソールの意匠は、吸い付くように歩くヤモリの足から着想を得たもの。優れたグリップ力に加え、ユニークさも兼ね備えている。

このシューズの土台を支えているのが、ASICSが長年培ってきた靴づくりの知見だ。中でも、アスリート向けの技術をライフスタイルへと応用する“スポーツスタイル”のノウハウが、随所に生かされている。

テーピングによって足全体を包み込む感覚を実現するため、アッパー部分が靴底側にまで回り込むレスリングシューズ由来のアウトソール構造を採用。薄く軽量で優れた足裏感覚を備える一方、日常使いに求められるクッション性と安定性を補うため、このモデル専用の中敷きをゼロから開発した。

さらに、クッション性と反発性を高次元で両立させてきたサッカーやバスケットボールシューズのインソール設計など、競技ごとに培われた知見を横断的に応用。加えて、ソール最下層に硬度の高い素材を配置することで底付き感を抑えるという、スポーツ工学研究に裏打ちされた設計思想も取り入れられている。またテーピングとの一体感を高めるため、競技用のタイトなラストをライフスタイルシーン向けの快適な履き心地を追求して、一から製作するという徹底ぶりだ。

これらすべては、ASICSが誇るスポーツ工学研究所に蓄積された知見があってこそ成り立つもの。コラボレーションパートナーとの協議の中で、フィッティングや機能性の観点から必要となった際は、ときにはゼロベースでの開発にも挑む。シューズづくりに対する徹底した探究心が、この一足を通して確かに伝わってくる。

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「毎日履ける靴」を目指して始まった、ニッポン企業同士のタッグ

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2026年1月5日(火)よりイッセイミヤケおよびアシックスの一部直営店とオンラインストア、海外の一部店舗で販売。サイズは23〜29.5㎝。ユニセックス仕様。¥33,000

2021年、故・三宅一生氏が投げかけた「ASICSと靴をつくれないだろうか」という問いから始まった本プロジェクト「ISSEY MIYAKE FOOT」。目指したのは、日常の中で快適に長く履き続けられる一足だった。機能とデザインが無理なく共存する靴のあり方を、三宅は晩年まで構想し、チームに託した。

両者の技術とデザインを重んじ、それを生活に還元する姿勢。そして日本のものづくりに対する誠実な向き合い方。これらが一致したことが、一過性のコラボレーションではなく、長期的なフットウェアプロジェクトとして進める上で重要であるとチームは語る。 

対話の場には、製品の理解を深めるため、MDSが手を動かしてつくったシューズのモックが持ち込まれることもあったという。ASICSのプロダクト担当者は「これまでにない深さの議論ができた」と振り返る。

コラボレーションという言葉が簡単に消費されがちな昨今。この一足は問いを投げかける。本当に良い靴とは何か。日常に寄り添うために、デザインと機能はどこまで高め合うことができるのか。

そしてこのプロジェクトは、まだ始まりに過ぎない。MDSとASICS、日本を支えるモノづくりのコラボレーション「ISSEY MIYAKE FOOT」の“次なる一足”に期待が高まる。

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イッセイ ミヤケ

www.isseymiyake.com