いまや、東京の晩秋を代表するイベントとなったTOKYO ART BOOK FAIR。今年は二度の週末にわたって開催され、出展者も大きく入れ替わる。気になった5冊を選んでほしいと編集部に声をかけてもらった。毎年足を運ぶものの、目移りしてつい買いそびれてしまうのでうれしい依頼だ。会場を何度もまわり、出展者と話しをしつつじっくりセレクトした。買いすぎてしまわないように、途中で5冊とルールを決めた。この数年はあまりの盛況ぶりにぎゅうぎゅうだった会場の様子も2週開催で緩和され、見やすい印象。ではさっそく選んだ5冊、紹介します。
1.
イタリアの写真集で感じる色の魅力
『Il giardino』Fabrizio Albertini
Witty Books
2.
いまはなきホテルに思いを馳せるアートブック
『Closing Ceremony: Hilton Seoul』
Graphicabulary MakerMaker
ユニークな本が集まるZINE’S MATE AREAはさまざまな表現者が集う場だ。実にさまざまなタイプの本が並ぶが、その完成度に目を奪われたのが『Closing Ceremony: Hilton Seoul』だ。ソウルとロンドンを拠点とするデザインスタジオ、グラフィッキャブラリーが運営する「メイカーメイカー」が発行するアートブック。アートの視点から都市を語る出版物を得意とする出版部門のようだ。本書はグラフィッキャブラリー自らが制作した本で、1983年から2022年までの営業を続けた「ヒルトンソウル」を取り上げる。
実際には何度も名を変えたそうだが、常にヒルトンとソウルという二つの言葉が失われることはなかった。韓国で開業した二番目のインターナショナルホテルで、建築的な価値も大きなものだったという。本書を開くと、なによりこのホテルが人々の記憶に深く根差されていたことがわかる。水彩や色鉛筆で描かれたイラスト、そして時にテキストが寄り添う。彫刻家ヘンリー・ムーアの作品がロビーにあったこと、17階と18階の客室はクローズするまでオリジナルのインテリアを残したこと、メインダイニングはいつまで喫煙ができたか、クリスマスになるとロビーにツリーとその足元に電車の模型が設置されたこと。行ったこともないのに、ページを開くたびに不思議と郷愁に襲われる。足を運んでみたかったと強く思うが、その意味で本書を開けばいつでもホテルが私たちを迎えてくれる。
3.
韓国の建築がいま考えていること
『PROJECT PRESENTATION 7』
사사건건 건축사사무소 DOMINO PRESS
韓国の建築界で注目されているという小さな出版社、ドミノプレスが出す建築叢書『プロジェクト・プレゼンテーション』にも注目したい。一冊ごとに建築家もしくは設計事務所が自身のプロジェクトをプレゼンテーションするシリーズだ。すべての本でプレゼンテーションの手法は大きく異なり、写真、テキストはもちろん、装丁までまったく違う。購入したPP007《Elements》は、建築家チョン・ジュンソプ率いる設計事務所saasaakunkun architectが過去4年間取り組んできた32のプロジェクトを取り上げるものだ。
韓国のインテリアデザインはいま、非常に活発な動きを見せる。仕事柄気になってはいるが、どんな考えでデザインされているのかはよくわからなかった。ジュンソプはインテリアの設計が多いようで、家具から空間を構築する建築家のようだ。彼は家具を「道具」「器具」と捉え、「空間の使用に最も適した形態を設計する」ことを目標としている。可動性、可変性、機能そのものを変える家具を、プロジェクトごとに、少なくとも1〜2点、多いときには10数点をデザインしている。彼はそれを「建築要素」と表現し、空間に動的な多様性を与える。材質、外観、可動性、心理的要素など、家具に宿るディテールというミクロな視点から空間というマクロな視点を解き明かしていく。どの家具も魅力的で、ぜひ日本でもプロジェクトを手がけてほしい。ふと思い出すのは1990年代後半、東京に訪れたカフェブームのことだ。金属加工でオリジナル家具をデザイン、制作するチームが活躍を見せた。いま彼らは日本を代表する建築家やデザイナーとなった。まずは今度訪れるソウルで、その作品をいくつか見て回りたいと思う。
4.
ワインを飲みたくなるエッセイ集
『VINE / ヴァイン』
平塚ケイ素 upcoming.studio
グラフィックデザイナーのOnishi Shinpeiとウェブデザイナーの白石洋太による独立出版社Dog Years、スイスのパブリッシングスタジオ Compromise Booksとともにブースを出展したupcoming.studioにて気になったのが、2021年から2024年にかけてInstagramに投稿された写真とテキストをまとめた作品集『VINE』だ。ワインの人気は年々高まる一方で、飲む機会も多い。個人的には店やレストランの助言に頼るか、詳しい友人に頼っている。ぼんやりと覚えているラベルで、これは確か好みの味だったという程度だ。ワインを語るというと気難しくなりそうだが、本書はもっと日常的な感覚でワインの感想を共有するものだ。平塚がワインを飲むに至ったシチュエーションはあくまで日々の普遍的な時間のなかにあり、ワインの用語は使うも平易な文章は読みやすい。そして個人的な話がポエティックに綴られていく。北海道のワインが多く登場するあたりも、彼の興味が当時どこに向いていたのかもわかり面白い。一転、最後は本書を編纂した研究者の論考が載る。おそらく会場で読後にもっともワインが飲みたくなる一冊だったのではないだろうか。
5.
唯一無二の記録から見える、60年前の情熱
『scrapbook』
ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ
hikotaro kanehira

最後にどうしても購入したいとブースに戻ったのが、ベルリンを拠点に活動をするアーティスト・デュオのジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダの『scrapbook』だ。発行は2017年と少し前で、今回はじめて手にした。
本書は1965~66年にわたって無名の一鑑賞者であった西山輝夫が前衛芸術の展覧会に足繁く通った記録を残すスクラップブックだ。案内状、チケットなどを収集し、展覧会のすべての作品を撮影し、それらの詳細なメモが残る。1964年東京オリンピックと1970年大阪万博のあいだ、当時最も過激で新たな視座を持った芸術運動を追いかけ、そこには他にない記録も多く残されている。このスクラップブックに出合ったふたりは本書を制作。写真の通り三冊にまとめられ、西山によるスクラップブックの精巧な複製、西山の手法を模倣したチュンとマエダのスクラップブック、そして西山へのインタビューと西山のスクラップブックの英訳からなる。個人の視点で熱量とともに臨場感あふれる記録は、資料としての価値を超えた魅力に溢れる。インターネット、SNS、そして個人が気軽に出版物を発行できる時代にはない熱量と独自性は、TOKYO ART BOOK FAIRという場に並ぶことでさらに際立つ。
『TOKYO ART BOOK FAIR 2025』
■開催期間
【第1週】
12/11 12時〜19時(最終入場18時30分)
12/12〜14 11時〜18時(最終入場17時30分)
【第2週】
12/19 12時〜19時(最終入場18時30分)
12/20〜21 11時〜18時(最終入場17時30分)
■開催場所
東京都現代美術館 東京都江東区三好4-1-1
■入場料
一般 日時指定オンラインチケット¥1,165(手数料込み)、当日券¥1,200、小学生以下無料
https://tokyoartbookfair.com


