「大人の名品図鑑」ルパン三世編 #1
日本でいちばん有名な盗賊といえば、「ルパン三世」をおいてほかにいない。神出鬼没にして変幻自在の大泥棒。相棒の次元大介や、謎めいた美女・峰不二子らとともに、世界中の宝物を鮮やかに盗み出してきた。その一方で、どこか憎めない愛嬌を備えていることも彼らが長く愛されてきた理由だろう。今回の名品図鑑は、そんな空想のキャラクターたちが愛用した名品に光を当てる、本連載でもひときわ異色のテーマでお届けする。
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半世紀を超えて愛される、怪盗ルパン三世の誕生
『ルパン三世』が誕生したのは1967年。初の青年向けコミック誌として創刊された『週刊漫画アクション』(双葉社)の看板連載としてその歴史をスタートさせた。作者はモンキー・パンチ。もちろんペンネームであり、本名は加藤一彦。無国籍風の響きを担って名付けたという。このコミックを原作に、やがてアニメ化が企画される。TV版1stシリーズが放映されたのは1971年。続く1977年にはTV版2ndシリーズがスタートし、最高視聴率30.5%という記録を打ち立てた。さらに翌1978年には、劇場版第1作『ルパン三世(ルパンVS複製人間)』が公開。翌年には、宮崎駿が監督を務めた劇場版第2作『ルパン三世 カリオストロの城』も製作されている。
それから半世紀以上。漫画、テレビ、劇場版と多彩なフォーマットで作品はリリースされ続け、いまなお不動の人気を誇る存在だ。加えて2025年には、2014年から続く『LUPIN THE ⅢRD』シリーズの完結編『不死身の血族』が公開予定され、ルパン三世の勢いはいまだ衰えを見せていない。
主人公・ルパン三世は、フランスの作家モーリス・ルブランが生み出した怪盗アルセーヌ・ルパンの孫という設定で描かれている。モンキー・パンチは中学時代から『アルセーヌ・ルパン』や、江戸川乱歩による『怪人二十面相』を愛読しており、そこにジェームズ・ボンドを主人公にした007シリーズ的要素、そして大胆なお色気を加えて、コミック第1話をわずか1週間で描き上げたという。また、ルパン三世のビジュアルについては、米雑誌『MAD』でモート・ドラッガーが描いた、クリント・イーストウッドの「すらりと細い脚」を参考にしたと、『THE ルパン三世 FILES ルパン三世全記録〜増補改訂版〜』(キネマ旬報社)で語っている。アニメ版で最初にルパンの声を担当したのも、イーストウッドの吹き替えで知られる山田康雄。その事実を知ると、キャラクターと現実のあいだに、どこか因縁めいた縁を感じずにはいられない。
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サヴィル・ロウ仕立ての一着が示す、変幻自在の流儀
ルパン三世のジャケットについて触れた資料として、1980年発行のムック『ルパン三世名場面集 PARTⅤ』(日本テレビ/読売新聞社)がある。そこには、「ルパンの赤いブレザーは、イギリスのサヴィル・ロウ街近くの、ヘンリー・プールで作られる」(原文ママ)と明記されている。さらに、「英国王室御用達の仕立屋だ。ウィンドーには2、3着置かれた見本以外には、不必要な装飾はない。高級服地が棚にぎっしり積み上げられているだけで、いかにも伝統を重んじる仕立屋という雰囲気だ」と、その佇まいまで丁寧に解説されている。
ヘンリー プールは、高級テーラーが軒を連ねるロンドン・サヴィル・ロウにあって、“最古のテーラー”として知られる老舗だ。創業は1806年。英国王室をはじめ、欧州各国の王侯貴族、チャーチル元英国首相、日本の元首相・吉田茂、さらには洒落者として名高い白洲次郎まで、世界中に顧客を持つ名門である。
仕立ての特徴は、胸元に立体的なふくらみを持たせ、ウエストを高い位置で絞ることで優雅なシルエットを描く「イングリッシュドレープ」と呼ばれるスタイル。構築的でありながら、身体の動きに自然に沿うその仕立ては、世界を股にかけて活躍するルパン三世というキャラクターにふさわしい。なお、前述のムックではジャケットの色を「赤」と記しているが、実際にはルパンは作品やシリーズごとに、緑、赤、ピンク、ブルーなど、異なる色のジャケットを着用している。それもまた、彼が“変幻自在”な存在であることを象徴する装いと言えるだろう。
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架空でありながら、“一流”だけを纏う男
同書ではさらに、シャツはパリの名店シャルベ製で、ストックは1000枚。ネクタイは、イタリアの貴族の末裔であるホイットマン伯爵夫人がデザインした「カンタスマーラ」というブランドのもので、ルパンが愛用しているのは48万円相当の一本だ、という記述も見られる。架空のキャラクターでありながら、その装いは現実の一流品で細部まで固められているのだ。
また、1978年発行の『漫画アクション増刊 ルパン三世 その秘密全公開』(双葉社)には、彼が着ているのは「カルダンに注文して作らせた自慢のスーツ」とある。カルダンとは、1960~70年代に一斉を風靡したデザイナー、ピエール・カルダンのことで、当時、ファッションだけでなく、インテリア製品などライフスタイル全般をデザインしていた。同書には「TV放送初期段階のキャラクター設定」と注記がある。いつしかフランスから英国へと設定が変化したのだろう。いずれにしても、ルパン三世が“一流好み”であったことに変わりない。
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