【ブルネロ・クチネリ ドキュメンタリー】巨匠トルナトーレ監督が描く、イタリア屈指の経営者の哲学

  • 文:倉持佑次
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柔らかなジャケットに身を包むブルネロ・クチネリ。半世紀をかけて美と品格を追求し続けた人生が、一本の映画に結実した。 photo:Stefano Schirato

イタリアを代表するラグジュアリーブランド、ブルネロ クチネリ。その創業者の半生を描いたドキュメンタリー映画が、2025年12月4日、ローマの伝説的な撮影所チネチッタでワールドプレミアを迎えた。監督を務めたのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』でアカデミー賞を受賞したジュゼッペ・トルナトーレ。品格ある先見性と人間主義哲学で、世界的なブランドを築いた男の物語が、映画の聖地で幕を開けた。

映画の聖地で紡がれる、ひとりの経営者の物語

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石造りの村を再現した映画のワンシーン。時代を超えた風景が物語に深みを与える。 photo:Stefano Schirato

ローマ──永遠の都と称されるこの街は、二千年以上の歴史を刻み、芸術と文化の中心地として世界を魅了し続けてきた。そのローマにおいて、映画文化の象徴として輝きを放つのがチネチッタだ。1937年の創設以来、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、セルジオ・レオーネといったイタリアの巨匠たちが名作を生み出し、マーティン・スコセッシやフランシス・フォード・コッポラといった国際的な映画監督も、自らの夢を形にする場として選んできた。

この映画史に輝く撮影所で、2025年12月4日、特別な作品がワールドプレミアを迎えた。『Brunello, the Gracious Visionary』──アカデミー賞受賞監督ジュゼッペ・トルナトーレが手掛けた、ブルネロ・クチネリ会長兼クリエイティブ・ディレクターの人生を追ったドキュメンタリーだ。

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撮影中のジュゼッペ・トルナトーレ監督。 photo:Stefano Schirato

ブルネロ・クチネリは、カシミアニットを中心としたラグジュアリーブランドを築き上げた人物として知られる。1978年、イタリア中部ペルージャ近くの村で事業をスタートさせ、約半世紀をかけて売上高約2,173億円(2024年実績)、グローバル130店舗を展開する企業へと成長させた。しかし、彼の真価は単なるビジネスの成功にとどまらない。品格ある先見性を備え、労働観と人間主義哲学を結びつけることで、従業員の尊厳を大切にする独自の経営スタイルを貫いてきた。

トルナトーレ監督は、この稀有な経営者の姿を映像に収めることで、物質的な豊かさだけではない、真の価値とは何かを問いかける。

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トルナトーレが描く、三つの時代

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トルナトーレ監督と幼少期のブルネロ役、フランチェスコ・カンネヴァーレ。 photo:Stefano Schirato

『Brunello, the Gracious Visionary』は、ブルネロ クチネリ社とマジフィルムがRAIシネマと共同で製作した作品だ。音楽を担当したのは、『ライフ・イズ・ビューティフル』で1999年にアカデミー賞オリジナル音楽賞を受賞したニコラ・ピオヴァーニ。映画と音楽、両方の分野でアカデミー賞受賞者が揃うという、贅沢な布陣が実現した。

映画では、ブルネロ・クチネリの人生を三つの時代に分けて描いている。幼少期を演じたのはフランチェスコ・カンネヴァーレ、少年期をフランチェスコ・フェローニ、そして青年期をイタリアの若手人気俳優サウル・ナンニが担当した。それぞれの俳優が、時代ごとの彼の成長と変化を繊細に表現している。

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少年期のブルネロを演じるフランチェスコ・フェローニ。 photo:Stefano Schirato

トルナトーレ監督は、『ニュー・シネマ・パラダイス』や『海の上のピアニスト』といった作品で、人間の記憶や情熱、そして時の流れを詩的に描いてきた。今回のドキュメンタリーでも、その独特の感性が随所に光る。ブルネロ・クチネリという人物を通じて、困難を恐れず理想を貫く生き方──自然や人との触れ合いから培った本質的な価値観、美と品格、そして人間への深い敬意──が浮かび上がってくる。

ブルネロ・クチネリは、ローマという街に特別な思い入れを持っている。悠久の歴史と並外れた芸術・建築遺産に対する深い敬意と愛情が、彼の事業にも大きなインスピレーションを与え続けてきた。その彼の物語を、ローマの映画文化の象徴であるチネチッタで公開することは、ある意味必然だったのかもしれない。

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青年期を熱演するサウル・ナンニ。 photo:Stefano Schirato

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ヨーロッパ最大級の新スタジオでこけら落とし

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チネチッタの「テアトロ22」で行われた上映会の様子。

今回のワールドプレミアは、チネチッタにとっても特別な意味を持つイベントとなった。上映会場となったのは、新たに完成したばかりの「テアトロ22」。チネチッタにおいて最大規模のサウンドステージであると同時に、ヨーロッパでも屈指の規模と最新設備を誇るスタジオだ。

天井までの高さ25メートルという空間は、かつてフェリーニが『甘い生活』を生み出した歴史的な「テアトロ5」をも上回る。"映像制作の聖堂"とも称されるこの空間は、チネチッタ再開発プロジェクトにおける重要な節目を象徴している。『Brunello, the Gracious Visionary』が、この新しいスタジオの記念すべきこけら落とし作品に選ばれたことは、作品の重要性を物語っている。

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舞台挨拶に立つニコラ・ピオヴァーニ(左)、ブルネロ・クチネリ(中央)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督(右)。

トルナトーレ監督は、これまで数多くの作品をチネチッタで撮影してきた。スタジオのステージだけでなく、世界的な名声を支える職人や映画制作者たちとの間に、長年にわたって特別な関係を築いてきた。その監督が、最新のスタジオで新作を披露するというのは、ある種の円環を描くような感慨深さがある。

上映後、イベントはチネチッタ内の壮大な古代ローマ・セットへと続いた。この常設セットは、共和政ローマ時代のフォロ・ロマーノを忠実に再現した"時を超えた空間"だ。記念碑、広場、街路、石畳、大理石に至るまで、チネチッタの優れた職人たちの技が結集している。細部まで徹底的につくり込まれた舞台美術は、訪れる人々をローマ市民生活の中心だった時代へと誘う。その場に立つだけで、歴史と文化の旅へと踏み出したかのような臨場感を味わえる空間が広がっていた。

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上映後のレセプション会場となったフォロ・ロマーノ・セット。アーチと神殿が織りなす荘厳な風景が幻想的な光に包まれた。

 

ブルネロ クチネリの詳細はこちら

 

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特別な一夜を、世界中が注目した

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プレミア上映には国際的なスターが集結。左から、ジェフ・ゴールドブラム、ジョナサン・ベイリー、ブルネロ・クチネリ、ジェシカ・チャステイン。

プレミア上映には、世界各国からジャーナリストやセレブリティが招待され、華やかな一夜となった。『ジュラシック・パーク』で知られるジェフ・ゴールドブラム、ベネズエラ出身の国際派俳優エドガー・ラミレス、『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステイン、『スター・トレック』シリーズのカーク船長役で人気を博したクリス・パイン、さらには韓国のパク・ジニョン、中国のリウ・タオなど、多彩な顔ぶれが集まった。それぞれが映画界や各国のエンターテインメント業界を代表する人物たちであり、この作品への関心の高さを示していた。

トルナトーレ監督とブルネロ・クチネリは、翌日のプレスカンファレンスで、映画制作の舞台裏や作品に込めた思いを語った。監督は、ブルネロという人物の持つ普遍的な価値観──美への追求、人間への敬意、そして品格ある生き方──を、映像を通じて伝えたかったと述べている。

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映画のポスターを背景に立つジュゼッペ・トルナトーレ監督とブルネロ・クチネリ。

ブルネロ クチネリというブランドは、単なるファッションビジネスではなく、ひとつの哲学の体現した存在である。全世界で従業員を3,101名(2024年)抱える企業でありながら、一人ひとりの尊厳を大切にし、仕事を通じた人間の成長を重視する。ソロメオの村を修復し、劇場や図書館を整備することで、地域コミュニティ全体の文化的な豊かさを追求してきた。そうした姿勢が、今回のドキュメンタリーの随所に映し出されている。

映画はワールドプレミア後、イタリア全国の映画館にて12月9日から11日まで公開。日本での公開は2026年秋を予定しており、多くの人々がこの作品に触れる機会を待ち望んでいる。

物質的な豊かさが当たり前となった現代において、本当の幸福とは何か。ブルネロ・クチネリの人生が示す答えは、きっと多くの人々の心に響くはずだ。

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ブルネロ・クチネリの築いた哲学は、時代を超えて受け継がれていく。

ブルネロ クチネリ ジャパン

TEL:03-5276-8300
www.brunellocucinelli.com