【松山智一】 アイデンティティを軸に世界を更新し続ける、唯一無二の表現者(Penクリエイター・アワード2025)

  • 写真:野口正博
  • 文:中島良平
  • コーディネート:高久純子
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始まりは2017年——「Pen クリエイター・アワード」は、あらゆるジャンルのクリエイターへ敬意を表し、功績をたたえてきた。第9回となる25年は、5組の受賞が決定。そのひとりである、現代芸術家の松山智一は、NYをベースとし、カルチャーの境界を軽やかに超えてゆく。

Pen最新号、2026年1月号の第2特集は、『Pen クリエイター・アワード2025』。第9回目となる25年は、5組の受賞者を選出。彼らの2025年の活躍を振り返りつつ、その素顔に迫った。

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大規模個展『FIRST LAST』の成功と、アメリカ美術界での躍進

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松山智一●1976年、岐阜県生まれ。ニューヨークを拠点に、絵画・彫刻・大規模パブリックアートを国際的に展開。日本国内だけでなく、アメリカ、中国など世界各地に作品を設置し、主要美術館・企業に収蔵されている。

鮮烈な色彩と濃密な画面で一度見たら忘れられない作品を生み出すアーティスト、松山智一。2 02 5年3月から東京の麻布台ヒルズギャラリーで開催された大規模個展、『FIRST LAST』はアート業界で大きな話題をさらった。

実は、この展覧会には前段がある。22年のイスタンブール・ビエンナーレと、24年のベネツィア・ビエンナーレへの参加だ。アジアとヨーロッパの境界に位置するトルコと、カトリックの総本山であるバチカンがあるイタリア。イスタンブールでは、ローマ帝国からオスマン帝国によるイスラムへの転換が起こったことを肌で感じ、キリスト教が世界的にマイノリティであることを知った。一方のベネツィアでは、ビエンナーレのテーマが「Foreigners Every where」で、国籍やジェンダーポリティクスなどが人々の共存を妨げてきたことに焦点が当てられていた。そして、バチカンを訪れると、政教分離以前の、キリスト教最後の文化遺産が残っていた。四半世紀におよんでニューヨークを拠点としてきた松山は、このふたつの国の訪問をきっかけに、「父親が牧師である日本人」という自身のアイデンティティに目を向けることになった。

『FIRST LAST』は、『マタイによる福音書』でキリストが弟子に語ったとされる聖句に由来する。神の教えに帰依するのに早いか遅いかは重要ではなく、帰依することそのものが幸せである、といった内容だ。ニューヨークで使命感に駆られたかのように活動を続けてきたことで、「すぐに認められなくてもいい、信念を貫けば望んだ未来が訪れる」と感じられるようになった。

協業作品も話題を呼んだ。原点であるストリートカルチャーの“リミックス”や“サンプリング”といった視点を喚起し、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの宮前義之や「うまい棒」、老舗和菓子店「とらや」、西陣織「細尾」らと協創。ハイもローも隔てない姿勢で、アートの価値を社会に問い続けた。松山はそれらのプロジェクトを、敬意を込めて「トリビュート」という言葉で表現する。

活躍は日本国内だけではない。ウィーンのアルベルティーナ美術館が作品を収蔵したことで話題を集めたほか、アメリカの主要美術館での作品収蔵は近年で倍増し、エドワード・ホッパーハウス美術館のように、アメリカ美術史において重要な場での発表も獲得している。来春には、タイムズスクエアを映像作品でジャックするプロジェクトも進んでいるという。

文化の断絶や周縁性を力へと転換し、国際的な評価を獲得しながら、日本的な精神性を表現へと昇華していく松山。唯一無二のアーティストとして、革新し続ける姿勢に賞賛を贈りたい。

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