東京から約90分。クラウン エステートのハンドルを握り、アクアラインを渡って房総半島へ。目指すのは、千葉県いすみ市に佇むオーベルジュ「五氣里(いつきり)」だ。
クラウン生誕70周年記念プロジェクト「47 ROADS BY CROWN」の一環として企画されたこの旅は、日本の原風景のなかで心身を解きほぐすリトリート体験。房総スカイラインのワインディングを駆け抜け、地元の自家焙煎カフェに寄り道し、地産地消のガストロノミーに舌鼓を打つ。移動そのものが上質な時間に変わる、そんなドライブの記録をお届けする。
ハンドルを握ると旅が始まる
東京から90分。その数字だけを見れば、日帰りで往復できる距離だ。けれど今回の旅は、そういう算段とは無縁のところにある。
クラウン エステートのハンドルを握り、首都高からアクアラインへ。海ほたるで一度クルマを降りると、潮の香りが鼻をくすぐる。東京湾の真ん中に立っているという不思議な感覚。振り返れば都心のビル群、前方には房総の稜線。ここが旅の起点だと、身体が自然に切り替わる。
木更津から房総スカイラインへ入ると、景色は一変する。信号のない約17kmのワインディングロード。鬱蒼とした森のなかを、クラウン エステートで進んでいく。2.5Lプラグインハイブリッドの加速は、アクセルに足を乗せた瞬間から滑らかで力強い。それでいて車内のムードは驚くほど穏やか。遮音と吸音を徹底したキャビンは、エンジン音を遠くに追いやり、外にいる鳥の声を通すかのようだ。
緩やかなカーブを抜けるたび、木漏れ日が車内を横切っていく。高剛性ボディと最適化されたサスペンションが、路面の起伏を優しく吸収してくれる。長距離を走っても疲れにくい設計だという。なるほど、このクルマは「移動」を「滞在」に変えてしまう才能がある。つい遠回りしたくなるのは、きっとそのせいだ。
地元の人気店に寄り道
房総スカイラインを抜け、いすみへ向かう道すがら。君津市の塚原という街に、ミントグリーンの外壁が目を引くカフェがあった。「Cafe Bellwood」、自家焙煎珈琲とシフォンケーキを看板に掲げる店だ。
店の裏手に10台ほど停められる駐車場があり、クラウン エステートの堂々としたボディも難なく収まる。木の温もりが心地よい店内で、焙煎してからちょうどガスが抜けて飲み頃だというコーヒーを注文する。豆の香りが漂う。うまい。高速道路の緊張感がふっと解ける。


添えられたシフォンケーキは、ふわりと軽い口当たり。窓の外には房総の緑が広がり、時間がゆっくりと流れていく。こういう寄り道こそが、ドライブ旅の醍醐味だろう。目的地に急ぐのではなく、道中の一杯に身を委ねる。クラウンが提唱する“日本再発見”の旅は、こんなふうに始まるのかもしれない。
コーヒーを飲み干し、再びハンドルを握る。頭のなかが香りでリセットされたような心地よさ。いすみまでは、あと少し。
五氣里に到着、リトリートのはじまり
案内看板はない。カーナビを頼りに細い道へ折れると、里山の風景のなかにふいに現れる。全20棟のラグジュアリーオーベルジュ、五氣里だ。
名前の由来は、五つの要素。里、食、宿、湯、遊。どこか懐かしい田園風景に溶け込むように設計された施設は、あえて派手な看板を置かない。まるでひとつの村に迷い込んだかのようだ。母屋のフロントには、造成時に出た敷地内の杉やヒノキが使われており、木の香りがほっと落ち着く空間を演出している。


宿泊棟は築100年の古民家を再生したプライベートヴィラから、天然温泉露天風呂付きのスイートヴィラ、直径7〜10mのグランピングテントまで多彩だ。全棟に自家源泉100%の天然温泉を完備。地下300mから湧出する「黒湯」は、いすみ市初の天然温泉として知られる美肌の湯である。
都心から90分。その距離感が信じられないほど、ここには別の時間が流れている。
土地の記憶を味わえる食
五氣里の真髄は、食にある。レストラン「餐-san-」で腕を振るうのは、木村藍シェフ。いすみ市出身の彼女は、ル・コルドンブルーで学び、都内の名店を経て故郷に戻った。2023年には農林水産省「料理マスターズ」ブロンズ賞を受賞している。
この夜のコースは、半径20km圏内の食材で構成されていた。きかいねで獲れたさざえは、ブルゴーニュ地方の調理法で仕立てられ、しそや山椒といった和のハーブが香りを添える。大原漁港から届いた伊勢海老は、殻ごとバターで焼き上げ、雪化粧かぼちゃのピューレと合わせて。
いすみ川の天然うなぎは、竹筒に入れて軽く蒸してからスモーク。生山椒の痺れが、脂の甘みを引き立てる。品数が多いのに、胃がまったく重くならない。土地の食材には、土地の胃袋が応えるのだろうか。
印象的だったのは、さんまととろなすの一皿。蒸したとろなすを、さんまと同じ水分量に調整するという繊細な仕事。口に運ぶと、ふたつの食感が溶け合い、境界が消えていく。赤紫蘇のパウダーとビーツのソースが、秋の色彩を添えていた。
木村シェフは「七十二暦をめやすに」と語る。季節を72に刻む日本古来の暦に沿って、旬を追いかける。それは単なる地産地消ではなく、土地の記憶を料理に編み込む作業だ。
食後、テラスに出ると、人工の灯りが少ない里山の夜空が広がっていた。クラウン エステートで走った房総スカイラインの森、Cafe Bellwoodの珈琲の香り、そして五氣里の食卓。一日の記憶が、星空の下でゆるやかにつながっていく。
「47 ROADS BY CROWN」というプロジェクト名を聞いたとき、正直なところ、47都道府県を網羅する壮大なスタンプラリーを想像した。けれど実際に体験してみると、このプロジェクトが提示しているのは「どこへ行くか」ではなく「どう移動するか」という問いだった。
目的地に最短で到着することが正解なら、クルマの価値は燃費と速度だけで測られてしまう。そうではなく、道中の風景や寄り道や、ハンドルを握る時間そのものに意味を見出す。それは、効率至上主義へのささやかな反論でもある。
クラウンというブランドが70年かけて磨いてきた“移動の質”に、時代がようやく追いついたのかもしれない。

