腕時計の世界ではいま、次世代を担う新しいブランドが台頭している。独立系のマイクロメゾンから、歴史を継ぐ工房、再興した名門まで、その顔ぶれはじつに多彩だ。長年業界を見つめてきた4人の時計ジャーナリストが、期待のブランドをそれぞれ2本ずつ厳選して紹介する。
2025年は腕時計の“名作”が改めてフォーカスされた1年であった。そして、名作と呼ばれる腕時計には、一つひとつの物語がある。時代を超えて受け継がれる100本の腕時計、その“物語”を読み解いていこう。
『未来へ受け継ぐ 名作腕時計、100の物語』
Pen 2025年12月号
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次に来るのは、知る人ぞ知るマイクロメゾン
大塚ローテックとライネは、次世代のニュースターを探し求める時計コレクターがいま熱視線を送る、マイクロメゾンである。
大塚ローテックは昨年、ダブルレトログラードを備えた「6号」でジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)のチャレンジ賞に輝いたことで、世界に見つかった。これまでのモデルは、つくり手の片山次朗が好むスチームパンク的世界観をデザインと機構に投影し、独創性を発揮。基本的に日本在住者しか購入できないため、海外コレクターにとっては垂涎の的となっている。
一方で今年2月に来日したライネを率いるトースティ・ライネは手仕事の美を追求する時計師。ほぼすべてのモデルのダイヤルには、ヴィンテージの手動マシンを用いて自ら彫ったギョーシェ装飾が施され、その緻密な模様はムーブメントのブリッジにまで及ぶ。
次世代のニュースターになるには、他社にはない強烈な個性が不可欠だ。それぞれに異なるアプローチで明確なオリジナリティを主張する大塚ローテックとライネは、超新星としてきっと輝く。
・大塚ローテック「5号改」
シチズン時計傘下のミヨタ製自動巻きに、国産初の自社製サテライトアワー機構を搭載。それ自体が分針を兼ねるアワーディスクと周囲のメカメカしさや自身で書体をデザインした漢字表記など、片山ワールド全開である。サテライトアワーの駆動車を二層構造とし、間にスプリングを挟むことでバックラッシュを抑制した設計が、実にクレバーだ。
・ライネ「P37」
小ぶりな37㎜ケースの新コレクションは、ダイヤルの色とギョーシェパターン、針とインデックスの仕様が異なる5モデルを展開。写真はサーモンピンクのダイヤルに、ライトニングギョーシェとの組み合わせ。搭載するムーブメントが名機「プゾー7001」というのも、マニアの琴線に触れる。ブリッジも、手彫りギョーシェで華やいだ。

髙木 教雄(時計ジャーナリスト)
1962年、愛知県生まれ。90年代後半から時計を取材対象とし、時計専門誌やライフスタイル誌などで執筆。著書に『世界一わかりやすい腕時計のしくみ』など。
グラスヒュッテの時計史を、深く見つめたい
時計愛好家であれば、ドイツ高級時計産業の中心地であるグラスヒュッテの名を知っている人は少なくないだろう。しかしこの街が歩歴史を知る人はそれほど多くはないはず。ここに取り上げるふたつのブランドは、グラスヒュッテの時計史を語る上で欠くことのできない存在だ。
モリッツ・グロスマンは、A.ランゲ&ゾーネの創業者F.A.ランゲの招聘を受け1854年にグラスヒュッテに時計会社を設立した時計師カール・モリッツ・グロスマンの時計哲学を継承する時計ブランドで、2008年創業。端正なデザインとクラシカルな機構、そして仕上げなどでグラスヒュッテの時計の伝統を濃厚に楽しめる。
グラスヒュッテ・オリジナルは、第二次世界大戦後に東独政府によって設立された国営時計会社GUBのリソースを継承するブランド。この地の時計文化を継承する正統派で、時計デザインの爛熟期であった20世紀中頃のレトロなスタイルを得意とする。
どちらのブランドもドイツ高級時計史に光を当てるもの。知的好奇心を刺激してやまない存在だ。
・モリッツ・グロスマン「ベヌー パワーリザーブ」
多くの著書を残し、時計学校も設立した時計師カール・モリッツ・グロスマン。その知性を映す端正な「ベヌー」は、2010年に発表された再興後のファーストモデル。系譜を継ぐ「ベヌー パワーリザーブ」は、1875年当時の懐中時計に倣ったインデックスとロゴを用い、バータイプのパワーリザーブ表示でモダンさを添える。
・グラスヒュッテ・オリジナル「セブンティーズ・クロノグラフ・パノラマデイト」
国営時計会社GUBが1970年代に製作した角形ウォッチを継承したモデル。ツーカウンターのレトロスタイルながら、小窓式の12時間計やインダイヤル内のパワーリザーブをバランスよく配置。「フュージョン」と名づけたライムグリーンのダイヤルは、現地の新ダイヤル工房で製造。

篠田 哲生(時計ジャーナリスト)
1975年、千葉県生まれ。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞など、硬軟さまざまな媒体で時計記事を執筆。時計イベントのディレクションや登壇も行う。
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いま世界が見逃せない、圧巻のニッポンブランド
右:NH タイプ 6A/手巻き、SSケース、ケース径37㎜、パワーリザーブ約45時間、シースルーバック、カーフストラップ、5気圧防水。¥8,250,000/NH ウォッチ https://naoyahidawatch.com
日本を代表する腕時計の碩学を問われれば、迷わず飛田直哉の名前を挙げる。飛田は、自身のブランド設立後もGPHG会員から選抜され、最終審査会の審査員(JURY)を務めてもいる。時計に関する見識は、世界が認めたものだ。ナオヤ ヒダ&コーは、その彼が代表のブランド。腕時計のことを知り尽くしている人間のこだわりの塊のようなモデルが、本当に胸を打つ。2018年からつくり始められた時計はいずれも数少ない佳品だが、次の予約は来年春から受け付けるという。
一方で、世界に名の知れたドリルメーカーが腕時計ケースの製造を始め、やがて自社ブランドで世界を見据える……。それがミナセの現在地だ。圧倒的な造形力と、徹底したザラツ研磨の精度。プロを唸らせる腕時計を本気でつくっている。今年は、自社ブランドでのファーストモデル発表から20年、文字盤ロゴをMINASEに変えてから10年という年。いまが「買い」の好機である。ダイヤル仕上げの凝りようも出色で、蒔絵や絞漆まで駆使する作風には、日本ブランドのプライドを感じる。
・ミナセ「絞漆 “緋色の幻”」
ジャパンアートコレクションのひとつ。手づくりのためそれぞれ模様が異なるテクスチャーのダイヤルは、絞漆を塗り重ねた上で赤部分を一部だけを研ぎだしたもの。完全受注生産のため、納品まで約2カ月が目安となる(漆文字盤の在庫がある場合は、早まる可能性あり)。また、ムーブメントの回転錘への名入れが無料で可能だ。
・ナオヤ ヒダ&コー「NH タイプ 6A」
ハブリングツーとデュボア・デプラ社の協力を得た新ムーブメント「Cal.3025PC」搭載の永久カレンダー。文字盤は変色しにくいアルゲンティウムシルバー製で、ローマ数字・日付・曜日・月・閏年インダイヤルは彫金師加納圭介による手彫り。カレンダー針はブルースチール。2025年から26年で10点程度を生産予定。

並木 浩一(桐蔭横浜大学教授/時計ジャーナリスト)
1961年、神奈川県生まれ。桐蔭横浜大学教授(博士)、時計ジャーナリスト歴31年、GPHGアカデミー会員。『チコちゃんに叱られる!』ほかメディア出演や執筆多数。
普遍という魅力漂う、手が届くネオヴィンテージ
右:タイプ21/手巻き、SSケース、ケース径39.5㎜、パワーリザーブ約60時間、レザーストラップ、5気圧防水。¥693,000/ユーロパッション☎03-5295-0411
振り返ってみれば、ヴィンテージウォッチから腕時計に興味を持ち、いまも手放すことなく愛用している。どんなに時代が新しくなっても、生き残るのは普遍的なもののような気がしてならない。
そんな「ネオヴィンテージ」として選んだのがこの2本だ。シンプルな3針ベーシックとパイロットクロノグラフ。ジャンルは異なるが、いずれもかつての名作を思わせ、それでいて単なるリバイバルではなく、洗練されたモダニティを感じさせるのが面白い。
きっとそこにはつくり手の深い時計愛があるだろう。エイレンは、熱烈なコレクターでもある時計愛好家が休止していたブランドを再興、レイモンド ウェイルは、創業3代目の若きCEOが自身のつくりたい腕時計を実現した。そんなマニア目線ならではの深掘りとアレンジセンスが融合する。
もうひとつ、大きな魅力がプライスだ。高騰を続ける腕時計は、いまやおいそれと手を出せなくなった。そんななか、手が届く良心的な価格がこれからの時計好きを育て、次代に魅力をつないでいく。その希望の時を刻むのだ。
・レイモンド ウェイル「ミレジム センターセコンド」
1976年、混迷期にあったスイス時計を絶やすまいとの意思で創業し、家族経営を貫く。3代目CEOエリー・ベルンハイムはヴィンテージマニアでありながら、アーカイブに縛られない発想でヒット作を生む。35㎜の小径ケースから、これまで施されていたラグのダイヤモンドセッティングを省いた仕様は、日本の時計愛好家の意見を反映した。
・エイレン「タイプ21」
エイレンは、1950年代にフランス国防省が規定した航空士用クロノグラフ「タイプ20」のサプライヤーとして知られる。これを収集していた時計愛好家トム・ヴァン・ウィジリックが休止中のブランドを再興。細部の仕様や仕上げはもちろん、搭載する「AM-2」は高級ムーブメント専門のAMTが手掛け、手巻き式のフライバックにコラムホイール式を採用する。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカーの広告制作会社でコピーライターを経て独立。時計、ファッション、クルマ、デザインを中心に、広告制作や編集などで活動中。

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