いま、ヴィンテージのバンドTシャツ市場がかつてない盛り上がりを見せている。ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン……名だたるUKバンドのアイテムが数十万〜数百万円で取引され、希少性とデザイン性の高さからコレクターズアイテムとしての価値が急上昇中だ。
10月末に来日を果たしたオアシスをはじめ、UKロックの再燃を機に注目が集まるいま、「offshore tokyo」のオーナー・的場良平へのインタビューを通して、年代ごとに選び抜いた名作8枚の背景と価値を紐解いていく。
目次
バンドTはなぜ“高騰”した? 古着カルチャーが生んだ価値革命
offshore tokyo店主が選ぶ、“時代を纏う”UKバンドTシャツ8選
長く愛するために。名作Tシャツのメンテナンスと付き合い方
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バンドTはなぜ“高騰”した? 古着カルチャーが生んだ価値革命
――「グッズ」から「ファッション」に変わったバンドTシャツとは?
的場良平(以下、的場):バンドTシャツが「ファッションアイテム」として見られ始めたのは、だいたい90年代半ばから2000年代前半頃だと思います。もともとはあくまでバンドが出す「グッズ」であって、ファッションとは別物だったんですよね。
でも、そこに日本の古着カルチャーが入ってきたことで流れが変わりました。古着っていう文化自体、日本が世界に広めたものだと思っていて、アメリカで買い付けたリーバイスとかを日本人が値づけして商売として成立させたことが、古着の始まりなんじゃないかなと。そこからアメカジや裏原宿のカルチャーが出てきて、雑誌を通じて「古着=かっこいい」という意識が広がっていったんです。
インスタもスマホもない時代は、ファッション誌が情報の中心でしたよね。あの熱量が、現在におけるバンドTシャツも含めたヴィンテージシーンの礎だと思います。
――ヴィンテージのバンドTシャツがいま人気な理由とは?
的場:僕が大好きなNIRVANA(ニルヴァーナ)のTシャツも、昔は3000円くらいの値段だったんです。単なる“バンドオタクのためのグッズ”だったんですが、SNSが登場して、「有名人が着てるから自分も着たい!」という流れになり、人気が爆発。そこからバンドTが「ブランド化」して、値段がどんどん上がっていきました。
ここまで値段が高騰したのは、有名人が着る→仲介業者が動く→市場が一気に上がる、という典型的な構造。木村拓哉さんが着たものに価値がつく、みたいな話と同じですよね。(笑)
――来日で話題となったオアシスの2人が、影響を受けたUKバンドを教えてください。
的場:2025年10月に来日したオアシスですが、彼らが崇拝してるバンドといえば、もう間違いなく「The Beatles(ビートルズ)」。本人たちも「俺らはThe Beatlesが好きだから」って堂々と言っていますし、ここまでストレートに影響を公言してるバンドも珍しいですよね。それくらいリスペクトが深いのだと思います。
もちろん、他にも関係深いバンドはいっぱいいると思います。個人的に印象的なのは「Kasabian(カサビアン)」。音楽性は少し違うけど、あの世代のUKロックの流れの中で、かなり精神的なつながりを感じますね。
ロックバンドって、貶し合いとか対立もパフォーマンスの一部みたいなところがあるけど、やっぱりフレンドシップ(仲間意識)でつながる瞬間が一番かっこいいんですよ。それが魅力的なロックバンドの“生き様”のひとつなんだと思います。
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offshore tokyo店主が選ぶ、“時代を纏う”UKバンドTシャツ8選
ヴィンテージバンドTシャツに精通する「offshore tokyo」の店主・的場氏が、年代順で厳選した8枚を紹介。近年から過去へと遡る構成で、Tシャツを通してロックの系譜を俯瞰できる内容に。ファッションとしての美しさとカルチャーとしての奥行き、その両面を兼ね備えた“時代を纏う”ようなラインナップだ。
①【2006年】Arctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)
的場:これは2006年に行われた、「Arctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)」のファーストUKツアー時に販売されたツアーTシャツ。ツアーTらしからぬおしゃれな仕上がりで、アート性も高いです。普通なら黒や白のボディで作りそうなところを、あえてこの色で勝負しているのも攻めていて面白いですよね。
Arctic Monkeysはデビュー当時から勢いがすさまじく、時代とも噛み合っていた気がします。ロックが最後に盛り上がった2000年代中盤のUKシーンを象徴する存在で、ライブ会場ではこのTシャツも飛ぶように売れていたはず。資金力もあり、プリントやボディのクオリティもかなり高かった時代ですね…。
ロックの熱量とストリート感、そしてファッション性が同居した、2000年代UKカルチャーを象徴するTシャツだと思います。
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②【2004年】Kasabian(カサビアン)
的場:これは2000年代初頭のUKロックシーンを象徴するバンド「Kasabian(カサビアン)」 のTシャツです。2004年にリリースされたファーストアルバムの時期のもので、オアシスが彼らを公に応援していたことでも話題になりました。いわゆる「ロックが一番熱かった最後の時代」の空気を感じられる一枚ですね。
このTシャツは市販品ではなく、雑誌などの懸賞やファンクラブ特典として配布された非売品だと言われています。販売目的ではなく、プロモーションやプレゼント用につくられたものなので、現存数はかなり少ない。デザインにはメンバーのサインが入っていて、ファースト期の勢いと荒々しさがそのまま閉じ込められたような雰囲気があります。
デビュー直後から爆発的な人気で、フジロックなどの大型フェスでもすぐにトリを務めるほど。僕自身もライブを何度も観に行っていて、あの頃の熱狂はいまでも忘れられません。音もスタイルも独特で、オリジナルの存在感がありました。
2000年代のTシャツはまだ“新しい”印象かもしれませんが、いまとなってはもう20年も前。当時のUKロックカルチャーを象徴するアートピースとして、ヴィンテージ的な価値も出始めていますね。
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③【1985年】The Style Council(スタイル・カウンシル)
的場:これは「The Jam」のフロントマン、ポール・ウェラーが新たに始めたバンド 「The Style Council(スタイル・カウンシル)」のTシャツです。モッズカルチャーを代表する存在で、UK音楽史を語る上では絶対に外せないバンドのひとつですね。
このTシャツは1985年にリリースされたシングル 「Shout to the Top!」のジャケットデザインを落とし込んだものです。当時のアートワークらしいポップさと、アート性の高いグラフィックが共存していて、とても洗練された雰囲気です。色使いも面白く、重ね刷りをせずに独立したカラー構成でデザインされている点も特徴的。こうしたプリントの仕上げ方には80年代の英国らしいセンスを感じます。
Skaやソウル、ポップなどさまざまな要素を融合させたバンドで、オアシスをはじめとする後のUKロック勢にも大きな影響を与えています。探してもまず見つからない希少なアイテムで、UKカルチャーの流れを象徴する一枚だと思います。
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④【1984年】The Smiths (ザ・スミス)
的場:これはいわゆる“デッドストック”の一枚。誰も袖を通さずに残っていたものは、大切に保管していた持ち主が亡くなったり、遺品整理などで手放されたりして、たまに市場に出てくるんです。
イギリスのバンド「The Smiths(ザ・スミス)」のファーストアルバム(1984年「The Smiths」)のアートワークをプリントしていて、バンド自体のアート性が高く、どの作品のジャケットもフォトジェニックなんですが、その中でも、これは最初に出たアルバムのものなので特に貴重です。
ボディはイギリス製で、アメリカのものとは質感やシルエットが違います。プリントの版もかなり大きいのが特徴です。ライブ会場で販売されたり、関係者向けにプロモーション用としてつくられたりした可能性が高く、オフィシャルカラーはこの淡い水色だけ。
一番の魅力は、やっぱり“デッドストック”という希少性と、バンド名を文字で書かなくてもThe Smithsの世界観が伝わるデザイン性。水色とバーガンディの補色のバランスが絶妙で、彼らのセンスの高さを物語っていますよね。
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⑤【1975年】Plastic Ono Band(プラスティック・オノ・バンド)
的場:1975年に作られた一着。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの“夫婦バンド”、「Plastic Ono Band(プラスティック・オノ・バンド)」のアルバム「SHAVED FISH」をプロモーションするためのものだと思います。
日の丸といった日本的なモチーフが入っているのも貴重なポイントで、いわゆるマーチャンダイズというよりは、宣伝用に関係者へ配られたり、少量だけ販売された可能性が高いです。
いまみたいにビッグサイズが主流じゃなく、当時はタイトめなサイジングが普通だったので、リンガーTの仕様や全体の雰囲気がすごく70年代らしい。フォントは既製のものではなくオリジナルなのではないかと考えています。カラーはこの配色しか見たことがありません。
ヴィンテージとしての評価もかなり高く、今後も価値は上がっていくと思います。もともと数が少ないうえに、世界中にジョン・レノンやビートルズのコレクターがいるので、手放す人もほとんどいません。何より、このTシャツはデザイン全体のバランスが本当に秀逸で、構成やフォント、モチーフの配置まで完璧な一枚だと思います。
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⑥【1973年】Paul McCartney & Wings(ポール・マッカートニー&ウイングス)
的場:これはポール・マッカートニーが、バンド「Wings」を結成する前後、1973年頃の作品にまつわるTシャツです。ちょうど「Paul McCartney and Wings(ポール・マッカートニー&ウイングス)」と名乗っていた時期で、バンドとしてのかたちが固まり始めた頃のもの。のちに「Wings」表記に変わる前の、初期の時代を感じられる一枚です。
少し色褪せていて、それがまた自然でかっこいい。個人的には、完璧な状態よりも“時代の空気”を感じられる方が価値があると思っています。ボディはおそらくアメリカ製で、タグ部分にキルティングのようなパッチが付いているタイプだったのかもしれません。ヨーロッパ製に多い少し小ぶりなサイズ感で、女性が着てもかわいい印象です。
このTシャツの面白いところは、「完璧に説明できない部分がある」ということ。どんな経緯でつくられたのか、正確にはわからない。それが逆にロマンというか、古着の楽しさなんですよね。プリントの色褪せや質感も絶妙で、単なる古さではなく“味”になっている。
70年代のムードとポール・マッカートニーの音楽的自由さを感じられる、雰囲気のあるヴィンテージものです。
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⑦【1972年】John Lennon(ジョン・レノン)
的場:ジョン・レノンが短髪だった時期って、本当に1〜2年くらいしかないんですよ。ビートルズ解散後の1973年前後で、まさにその時期の空気を切り取った一枚。いわゆる「ジョン・レノンTシャツ」なんですけど、この髪型のデザインって意外と少ないんですよね。多分1972年くらいのもので、本人が関わってつくったかはわからないけど、ファンがつくったような雰囲気も感じます。
ボディはパキスタン製で、しかも当時の「カラーパキ」って呼ばれる時代のもの。色付きのボディが特徴で、70年代の限られた数年しか出回っていなかったタイプです。薄手で頼りない感じなんだけど、着込むほどにいい味が出てくる。そういうところがまた魅力なんですよね。
一番のポイントは、この「短髪ジョン」をモチーフにしてること。本当に珍しいです。オアシスの2人も、この時期のジョンと髪型も似てるしね(笑)。あくまで憶測ですけど、そう考えたくなるくらい、ロマンのある一枚です。
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⑧【番外編】PUNK Tシャツ
的場:これは番外編ですね(笑)。実は「パンク」という単語って、音楽ジャンルの前に、雑誌名として知られたもの。「PUNK MAGAZINE」という雑誌があって、そこから一般的な単語になっていくんですけど、その文脈が感じられる1着です。「Sex Pistols(セックス・ピストルズ)」が77年にデビューする少し前、盛り上がり始める直前の空気を感じます。なぜならボディも圧倒的に古く、タグの雰囲気から60~70年代の当時物だと分かる。とにかく古く、いわゆるパンク黎明期に生まれたTシャツだと思います。
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UK派?US派? 見た目と哲学で分かる2つのカルチャー
的場:UK(イギリス)とUS(アメリカ)の違いって、正直「好み」の部分が大きいんですよ。これが絶対に違う、って線引きはできない。
でも強いて言えば、プリントのインクの色味や質感が違いますよね。アメリカの方は大量生産されたものが多い印象で、いわば“グッズとしての完成度”が高いもの。一方で、UKのパンクカルチャーなんかは、みんなで一枚ずつ手刷りしてたような、ラフで生っぽい雰囲気があるんですよ。いまの時代じゃ出せないインクの質感というか、あれがいいんです!
あと、イギリスのバンドってやっぱりファッションとの距離が近い印象があります。音楽とスタイルがセットで存在しているイメージ。90年代以降は、アメリカにもニルヴァーナみたいなファッションアイコン的なバンドも出てきましたが、やっぱりイギリスの方がモッズなどのカルチャーとファッションの関係が深く、どこか繊細でデザイン性が高いものが多いんですよね。
“本物の熱”を見抜け。偽物との違いはどこにある?
的場:偽物と本物の見分け方って本当に難しいんですが、まず前提として、70年代当時のファンが愛情を込めて手刷りしたようなTシャツは、たとえオフィシャルじゃなくても“本物”の熱がある。それは素晴らしいと思うんです。
そうではない偽物は、ボディとプリントの“空気感”が違います。インクの質、経年の出方、バランス——全部に違和感が出る。けれど、いまは偽物のクオリティも本当に高い。だから毎日触って、何百枚も見てきた人じゃないと気づけないことも多いと思います。
だから結局、どこで誰から買うかが一番大事です。「この人からならいくらでも買いたい」「この店なら¥50,000出しても納得できる」。そう思える場所で買うのが一番確実。保証なんて存在しない世界だからこそ、信頼関係が全てなんですよ。
ちなみに、僕が世界で一番信頼している店は武蔵小山にある「The Stokedgate Tokyo(ストークドゲート)」。そこは本当に“全部がトゥルー=本物”っていえる。Tシャツを愛して、本気で見てるお店。世界中を探しても、あれほど信頼できる場所はそうそうないと思います。(笑)
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長く愛するために。名作Tシャツのメンテナンスと付き合い方
的場:メンテナンスについては一般的なことしか言えませんが、乾燥機はあまり使わない方がいいと思います。サイズが変わってしまうこともあります。
何十年も前のTシャツだと、穴が開いていることも多いので、ちゃんとネットに入れて洗うとか、丁寧に扱うことが大切ですね。どうしても生地はどんどん弱っていきますから。
着ることでカルチャーを繋ぐ、UKバンドTの未来
的場:個人的にバンドTシャツは「着ること」が大切だと思っているんです。アートとして飾るのも素敵ですが、やっぱり着てほしい。街で着て、それを見た人が「可愛い」「かっこいい」と感じる、そんなアナログな広がり方が好きなんです。
そしてヴィンテージだけでなく、最新のバンドTシャツも、もっと着ていいと思います。現役のバンドのTシャツを買うことは、そのシーンを応援することにもつながりますし。
オアシスのグッズを着る人がいるように、若いバンドのTシャツだって全然アリ。「未来に価値が出るかも」なんて考えず、その時代を楽しむ、それでいいと思います。
的場良平
● offshore tokyo オーナー
2017年、原宿・表参道に“ノンシーズンアプローチ”を掲げたファッション特化型セレクトショップ「offshore tokyo」をオープン。 ショップにはコーヒースタンドを併設し、カルチャーとライフスタイルが交差する空間を提案。 2025年、41歳を迎えたタイミングで拠点を恵比寿・広尾へ移し、国内外のアーティストと連動したギャラリー活動を中心に展開。 趣味でもある古着屋も営みながら、 人と文化が交わる場づくりを続けている。 趣味は酒とサウナ、そして登山。offshore tokyo
住所:東京都渋谷区恵比寿2-5-1 1F
営業時間:13時〜20時
Instagram@offshore_tokyo