【最新スポーツテクノロジー】アスリートの事故を防ぐ光反射ニット。機能美を追うデサントの真髄がここに

  • 写真・文・編集:一史
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デサントが2025年秋に製品化した、光を反射する部位を備えたニットのセットアップ「スキーマテックライトニング」。上写真はカメラストロボの光を照射して光らせた状態。

スイスとイギリスのトライアスロン選手からの要望を受けて、スポーツメーカーのデサントが2年の歳月を掛け「夜間に安全に道路を移動できる、車のライトを反射するニット」をつくった。光る糸をニットに編んだことが革新的だという。なぜ布でなくニットなのだろうか?他の光反射の服とは何が違うのだろうか?ファッション性の高さはいかに?そんな疑問の答えを求めて、大阪にあるデサントの開発施設「DISC OSAKA」を訪れた。

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ライトを当てないノーマル状態。上下を個別に好きな服と組み合わせて着られるモダンなデザイン。フーディ¥79,200、パンツ¥60,500。

世界の常識から外れた、特殊な糸でニットを編んだ「スキーマテックライトニング」

夜間に車のライトが当たったときピカッと光る素材を「再帰反射素材」という。リフレクターとも呼ばれるものだ(以下より、この素材を簡易的にリフレクターと記述)。ランニング用のシューズやウェアが好きな人なら、家にひとつはリフレクターアイテムがあるはず。靴紐に混ざっているケースもあるだろう。
ランニング用品にこの素材が採用される理由は、主に夜間での車の事故を防ぐため。運転するドライバーの目に止まりやすく、道端を走る人の安全を守っている。山道のように照明もない場所では特に有効だ。

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ストロボのライトを反射させ輝くフーディとパンツ。着用人物は2016年リオデジャネイロオリンピックのハードル日本代表である矢澤 航。デサントに勤めるアスリートだ。

プロのアスリートは試合の時間に限らず、会場まで歩いて移動するときも安全に神経を注ぐ。これまでのスポーツウェアはこの時間帯用の服が抜け落ちていた。デサントによる新発想のリフレクターアイテムはこうした「アスリートの移動時の服」がメインテーマ。着たまま走れる動きやすさ、汗を発散させる快適さも兼ね備える。さらに重要なのが見た目のカッコよさ。試合周辺で人目を浴びるアスリートたちがスタイリッシュな姿で自信を持てる服であること。いわば“究極の機能美”が、デサントが自ら課した課題である。

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360度どの方向からでも反射するように工夫された。

リフレクターパーツを縫い付けたり、リフレクターをプリントした服なら、工事現場の作業員が着ているユニフォームに代表されるように世の中にたくさんある。しかしデサントによると、リフレクター糸でニットを編んだ服は世界中にほぼ存在しないようだ。なぜなら糸の質感が固く、肌触りや着心地を犠牲にしないといけないからである。プロ選手が求める厳しい条件のスポーツウェアをこれで編むことは、世界の常識から外れた行為なのだ。

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肘、膝、背中といった動きが多い箇所には柔軟性に劣るリフレクター糸を配さず、アスリートの運動を妨げないようにしている。

そもそもなぜジャケットやブルゾンでなくニットにする必要があったのか。それはアスリートが移動時に着る服という明確な目的があったから。彼らが試合のパフォーマンスを最大限に高める準備期間に身体のコンディションを整えるとき、柔軟で動きやすいニットがベストの選択だったのである。

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フードを被ると身体とリフレクターとの一体感がさらに高まる。

デサントは「スキーマテック」という独自のニット技術を持つ。編む機械をコンピュータープログラムで制御して、網目を変化させ汗を逃がす通気穴も設ける技術だ。この手法により縫い目がゴロつかず、肌当たりよく運動性を妨げないニットをつくれる。DSIC OSAKAの様々な計測マシンを駆使して科学的に検証した結果を投影させた、アナトミカルなアクティブウェアである。
この技術にリフレクターを加えて今回の「スキーマテックライトニング」が完成した。着る人が精悍に見えるように、美しいシルエットも追求。ニットなのにダラッと垂れ下がらず、布のごとくハリがある。どんな場所に出掛けても品格のある佇まいをキープ。むろん柔らかなニットだからコートのインナーに着ても快適で、着こなしの自由なマインドを刺激する。

キーパーソン3名が語る、アスリートを支える開発ストーリー

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製品開発を担当した谷 豪太。京都出身で人文、哲学系を学生時代に学び、縁があってデサントに入社。
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谷さんが着ているシャツもスキーマテックを応用したアーカイブ。背中の身頃がニットで、汗をかきやすい部位が通気性のいいメッシュ構造になっている。

ニット制作に関わったキーパーソンの3名に制作のエピソードを伺った。その3名とは、開発担当の谷 豪太、MD(マーチャンダイジング)担当の平野貴大、デザイン・設計担当の湯田博徳である。まずは谷さんに舞台裏を紐解いてもらおう。今回の企画全体のディレクションが彼の役割だ。アイディアを実現させるため現場で走り回った。

「光を反射させるニットをつくろうとしたとき、服の表面に反射素材をプリントする一般的な加工でなく、反射糸そのものをニットに編み込むことにしたのが今回の大きな挑戦です。プリントですと耐久力が弱く、洗濯などで剥がれてしまいます。汗を発散させる通気性も損なわれます。それだとデサントの服づくりにふさわしくないため、糸を編むという誰もやっていないことをやることにしました」
実現までにどのような苦労があったのだろうか。
「光る糸をドイツの素材展示会で探すことからはじめました。そんな糸が存在するのかも曖昧でした。見つけた糸は太く重量が重く、ざらついて肌触りもよくありません。担当デザイナーと相談しつつ、肌に当たらないように慎重に配置させていきました。サンプル服をつくり自分で着てルームランナーで走ったことも。サンプルをつくり直す日々が続きました。最終的にリサイクルポリエステルを混ぜて完成に至ったのがスキーマテックライトニングです」
着るアスリートに期待することは?
「デサントらしい機能美を感じていただきたいですね。スポーツウェアとしての実用性と安全性とを両立させた服です。選手たちがこの服を着ることで少しでも心を動かしてくれたら、これほど幸せなことはありません」

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MD担当の平野貴大。新潟出身で体育教師を目指して運動を学びスポーツメーカーの一員に。
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平野さんがゆったりと羽織った私服フーディも、汗をかきやすい脇と脇下にスキーマテックのベンチレーションが施されている。

普段は東京のオフィスに勤めてMDを業務にする平野さんは、今回のリフレクターアイテムの企画初期から関わった人物だ。商品を展開する一連の流れを整えていった。

彼が商品化のきっかけを次のように語った。
「デサントは世界中のアスリートと契約しています。トライアスロンではスイスとイギリスの選手とのつながりが深いです。彼らはまだ薄暗い早朝に移動することが多く、日本ほど整備されていない道路での車からの視認性を気にかけていました。そこで選手が安心して試合に臨めるようにすべく企画したのが今回の製品です」
スキーマテック技術がどのように有効だったのだろうか。
「ひとつの編み地のなかで網目を切り替え、複数の機能を持たせることができるのがスキーマテックの優れた特徴です。汗をかきやすい箇所をメッシュにしたり、どの部位をどう処理すればスポーツウェアになるのか、デサントにはそのノウハウが蓄積されています。編み目を変えたニットをつくるだけなら、いろんな編み地を用意して縫い合わせることでも可能です。でもそれだと縫い目がゴロついて肌ストレスになります。さらに伸び縮みにも影響が出て、アスリートの動きを損ないます。最高レベルのスポーツウェアにするためには、特殊な光る糸を混ぜる新技術を開発してでもニットにする必要があったのです」

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デザインを担当した湯田博徳。鹿児島出身でファッション専門学校を卒業後にデサントに。スキー、アウトドア、ユニフォームなどあらゆるジャンルの商品開発を経験してきた人物。

MD、開発からの提案を受けて服を完成させたのがデザイナーの湯田さん。デサント一筋で勤続38年の大ベテランがトライアスロン選手の希望を現実の形にした。

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手に取るのはリフレクター糸の束。

湯田さんがリフレクター糸や開発サンプルを見せてくれながらデザインの方向性を語った。
「企画の話を聞いて最初にイメージした服は、室内でも心地よく過ごせること、ニットながらラフに見えないことの2点です。心地よく過ごすには光る糸のザラついた質感をどうにかしないといけません。糸の太さや編地を変えてテストを重ねました。デザインの作業のうち、この研究にもっとも時間が掛かりましたね」

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最終直前の編地サンプル。リフレクター箇所の裏面を滑らかな黒のニット素材にすることで肌の感触をアップ。

肌触りの問題は裏面が柔らかな編み地になる二重編み(ダブルフェイス)でクリア。さらに服の佇まいの美しさにも役立ったのがパーツの縫い目を覆い隠すシームテープである。

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テストサンプルの一例。裏面にリフレクター箇所が露出している部分を製品では滑らかなストレッチ生地を圧着して隠している。

湯田さんがシームテープの巧みな活用方法を次のように解説。
「防水服によく用いられる圧着テープ加工を取り入れました。各パーツの縫い目に貼って凹凸の表面を滑らかに。さらに有効だったのがシームテープがやや固いことです。服の形を整える芯の代わりになり、ニットでも形をしっかりと整えられました。だらしなく垂れ下がるニットでは休日の普段着になってしまいます。アスリートがオフィシャルなシーンで着る服にふさわしくないでしょう。スキーマテックライトニングは彼らに好んでいただける服になったと自負しています」
試合で着る服ではないからこそ、シルエットにはリラックスしたゆとりがある。インナーに着る服の厚みを限定せず、お洒落な日常着にできるデザインだ。

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メッシュ構造が印象的なニットフーディ。前を閉じたとき首に当たる箇所にはソフトな生地が配された。同じ生地を表面の脇下にも使い、擦れによるニットのダメージを軽減。

キーパーソン3名をはじめ各スタッフたちが試行錯誤を重ねて完成させたスキーマテックライトニングは、2025年秋に一般商品化され店頭や公式オンラインストアに並んでいる。アイテムはフーディ、ロングパンツ、ショートパンツの3点だ。色はブラック、ネイビー、グレーが用意されている。
これらは23年よりスタートした「デサント プロ」のカテゴリーに含まれる。「アスリートの課題解決を起点に、まだ世の中にないスポーツウェアの開発を目指したコレクション」である。生産数が限られ価格も相応に高めだが、特別感や最先端技術を求める人は見逃せないカテゴリーだ。
このたびの光るスキーマテックライトニングは、ラグジュアリーな高級感からタウンユースで愛用する人も多いだろう。ヨーロッパをはじめアスリートたちが着ている姿が写真や映像で世に広まったときには、デサントが価値あるブランド(メーカー)として世界中でさらに認知されるかもしれない。

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デサントの開発拠点、DISC OSAKA。デサント大阪本社との連携が容易な大阪・茨木市に18年に設立された。競技と同じ条件の陸上トラック、人工気象室、サンプル縫製ミシンなどを備え、商品開発がスピーディーに行えるようになった。

 

PRO|SCHEMATECH LIGHTNING

 

DESCENTE

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Schematech Lightning 特設サイト

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高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
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