製作期間は4万時間…ファントム100周年、ロールス・ロイスが24金を贅沢に使った“アート”なクルマを発表

  • 文:小川フミオ
  • 写真:Rolls-Royce Motor Cars
Share:

ロールス・ロイスが2025年10月、「ザ・ファントム・センテナリー・プライベート・コレクション」を英国で発表した。ファントム100周年を記念して仕上げられた特別なクルマだ。

P90623192_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
プライベート・コレクションとしてわずかな台数だけが作られるファントム・センテナリー。

24金をいたるところに使ったエクステリアもすごいが、インテリアの仕上げはまるでアート作品。乗るのがもったいないような出来映えである。

ファントムと聞いて、ロック好きがすぐ思い出すのは、ジョン・レノンが乗っていたカラフルな65年型ファントムV。 

P90269458_lowRes_john-lennon-s-phanto.jpg
ジョン・レノンがかつて所有したファントムV。

エルビス・プレスリーが乗っていたのも63年型のファントムVだし、エルトン・ジョンも73年にファントムⅥを購入し、そのあとファントムVも手に入れた。

おもしろいのは、各人が好みをクルマに反映させていたこと。ジョン・レノンがザ・フールに依頼してサイケデリックなペイントさせたのはよく知られている。 

P90620748_lowRes_the-ex-king-of-rock-.jpg
エルビスはファントムVのミッドナイトブルーの車体を磨き上げていたがニワトリのつつきキズだらけになったため写真のシルバーブルーに再塗装。

エルビスの場合は、鏡とブラシとメモ台を備えていた。そして車体を鏡面のようにピカピカに磨いていたという。

お母さんの家を訪れると、飼っているニワトリが車体に写る自分の姿をライバルと思って攻撃し、車体はつつきキズだらけになったそうだ。 

P90623171_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
1930年代のハリウッド全盛期のイメージも盛り込んで白と黒を基調にした塗色を採用。

「100年にわたってファントムは成功と優れた判断力の究極のシンボルでした」。ロールス・ロイスは今回の発表において、そう書いている。

オーナーの希望というか、オーナーのありかたを受け入れるのがロールス・ロイスといえるかもしれない。今回の「ファントム・センテナリー」は逆にロールス・ロイスからのメッセージ性が強い。

冒頭に書いた「プライベート・コレクション」とは、メーカーの提案によるビスポーク(特別注文)モデルのことだ。 

IMG_3294.jpeg
グッドウッド・エアロドロームの格納庫を特別な発表会場に仕立て上げていた。写真:筆者

ロンドンから南西に70マイルほど下ったグッドウッドでの発表会。5762mmの車体に3772mmのホイールベースの「ファントムⅧエクステッド・ホイールベース」を元にした車両がお披露目された。

「世界中のもっとも影響力のある人たちに選ばれてきたファントムだけに、100周年の節目に今回のファントム・センテナリーというトリビュート(モデル)を手掛けました」

P90623170_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
車体側面を白で塗ることで流れるようなボディラインを強調しクラシックでありながら未来的な印象。

プレスリリースの文言を裏書きするように、ロールス・ロイス・モーター・カーズのクリス・ブラウンリッジCEOは「ファントムのライフとそれをかたちづくった人たちを表現するキャンバスに見立てました」とする。

車体の塗り分けは、ガラスの虹色粒子を混ぜ込んだ、白色系と黒色系の2トーン。マレーネ・ディートリヒのような映画俳優や有力プロデューサーがオーナーだった1930年代のハリウッドのイメージだ。 

P90623175_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
18金で鋳造され24金でメッキされたスピリット・オブ・エクスタシー。

それだけでない。ロールス・ロイスのシンボルであるラジエターマスコットのスピリット・オブ・エクスタシーがキラキラと輝いている。18金で鋳造され24金のメッキが施されているそうだ。

内装も大きな見どころだ。ユーモアを交えたコンセプトを活かした筆致で、デザイナーがファントムの歴史を表現しているのだ。 

P90623229_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
革張りフロントシートはレザーエッチングでカモメとロジャー・ラビットの絵が描かれている。

前席シートは、革にカモメとロジャー・ラビットがレザーエッチングされている。カモメは1923年のファントムのプロトタイプの、ロジャー・ラビットは現行モデルの、それぞれコードネームだった。

後席シートは、ファブリックにファントムにまつわる歴史的な風景や車両をプリント。ファッションハウスと共同で開発に12カ月を要したという。その上に刺繍で7人のオーナーを表現した。 

P90623179_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
ファッション業界にテキスタイルを提供する企業と12カ月かけてプリント地を作りあげ、そこに刺繍を施している。

これらは45枚のシートに分割され、シートのカーブに合わせて立体的に縫い合わされている。紳士服で知られるロンドンのサビルローの技術を参考にしたのだそう。 

P90623197_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
プリントされ刺繍されたリアシート用ファブリックは立体的に縫製されつなぎ合わされる。

私が車内をのぞいたかぎりでは、瞬間的に左のシートの下にジョン・レノンのファントムVが見つかった。

「だよね?」とロールス・ロイスの担当デザイナーに確認すると、「それは言わぬが花」と微笑みを返された。

「これはひょっとしてそうかな、とオーナーが普段乗っているうちに発見していく楽しみを残しておきたいんです」とのことだった。 

P90623208_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
グッドウッドのロールス・ロイス養蜂場をイメージしたミツバチは立体的な刺繍で表現され天井に張られる。

実はまだあって、天井だ。後席に腰を落ち着けて見上げると、左の手前にはマルベリー(クワ)の葉、その先には鳥が刺繍されている。立体的なミツバチもある。

創業者のひとり、サー・ヘンリー・ロイスが避寒地に選んだ南仏のビラをイメージしたという。見上げると葉陰、そこからLEDによる無数の星がきらめいているのが見える。 

P90623239_lowRes_henry-royce-under-th.jpg
避寒地の南仏でのサー・ヘンリー・ロイスの在りし日の姿。

ミツバチはロールス・ロイス養蜂場。鳥はロールス・ロイスを愛したマルコム・キャンベル(1885年〜1948年)が速度記録に挑戦していた「ブルーバード」号を意味しているんだそう。

ドアの内張はマットブラックのウッドパネル。ファントムのたどってきた歴史を立体的な地図で表現したものだ。 

P90623178_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
ドアは4枚とも異なるファントムの歴史がウッドエッチングで立体的に表現されている。

ドアによって、ヘンリー・ロイスが過ごした南仏だったり、(先代)ファントムを受け取ったオーナーがグッドウッド工場から豪州パースまで走った4500マイルの旅だったり。

道筋は極薄の24金の金箔を切り抜いたものを、熟練職人が手作業ではめこんでいる。製作に4万時間かかるというのも、誇張でない、とよくわかった。 

P90623216_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
極薄の金箔で道を表現しているのがドアパネルのアクセントになっている。

価格は「非公表」と現場で言われたが、出回っている記事によると2500万英ポンドとか。

「ザ・ファントム・センテナリー・プライベート・コレクション」の生産台数は25台。10月の発表時にはすべて売約済みになっていた。 

P90623184_lowRes_phantom-centenary-pr.jpg
助手席前には「アンソロジーギャラリー」と呼ばれる本の形をしたプレートにファントムにまつわるキーワードが刻まれた装飾となっている。

オーナーになるひとは、すばらしいギャラリーをまるごとひとつ、手に入れるわけだ。

ロールス・ロイス・モーター・カーズ

www.rolls-roycemotorcars.com/ja_JP/home.html