【怖いもの見たさに】亡霊、廃墟、目玉…。アーツ前橋の『ゴースト展』で体感する、アートと幽霊の境界線

  • 文&写真:はろるど
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山内祥太『Being... Us?』 2025年 作品展示風景 身体の生々しさや人間らしい感情と現代のテクノロジーを対峙させ、作品制作を行う山内。奇怪なイメージがゴーストのように浮かび上がる。

現代美術を軸に、絵画、彫刻、映像、インスタレーションなどの多彩な表現を通して、ゴーストという概念を掘り下げるユニークな展覧会が、群馬県前橋市のアーツ前橋にて開かれている。単に亡霊といった超常的存在ではなく、現代を映すもう一つのリアリティーとして立ち上がるゴーストとは?

過去でも空想でもない、人々を取り巻くさまざまなゴースト

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尾花賢一+石倉敏明『赤城山リミナリティpart2/火山娘たちのドリーミング》』2025年 作家蔵 作品展示風景 美術家の尾花賢一と人類学者の石倉敏明によるユニット。互いの視点を共有しながら、資料調査と現地調査を軸にした作品を手掛けている。 2019年にアーツ前橋で開かれた展覧会、「表現の生態系」においても赤城山をリサーチした。

目に見えないもの、取り残されたもの、また過去の気配や未来の可能性のメタファーとしてゴーストを位置付ける本展。地域に伝わる伝承文化や、戦争・政治的抑圧によって引き起こされた破壊や殺戮の記憶、さらに現代の仮想空間に拡散しつつある意識といったゴーストのように立ち上がるイメージを、国内外20組のアーティストの作品によって幅広く紹介している。見えない存在に向き合ううちに、心の中で新たなゴーストが目を覚ますような気持ちにさせられる。

レトロな街並みと再開発による新しい風景が交錯する前橋。その背後には、赤城山に育まれた豊かな伝承文化が息づいている。尾花賢一+石倉敏明は、水にまつわる赤城山の伝説に取材した新作を展示している。赤堀の道元という大尽の娘が、赤城神社に参拝した際、突然沼に身を投じて、龍へと姿を変えたという物語を起点に、「火山娘たちのドリーミング」という新たな奇譚を紡ぎ出す。テキストと彫刻、絵画が織りなす創作神話を、沼底へ誘われるように階段を降りながら味わいたい。

政治的な抑圧や、民間の習俗などを丹念にリサーチ

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岩根愛『KIPUKA』 2011-2018年 作家蔵 作品展示風景 12年間に渡ってハワイのボンダンスを取材した岩根。この調査と並行して福島も訪問し、二つの土地の関係と歴史をシリーズのテーマとしている。

歴史や土地のゴーストとどのように向き合うのか…?ハラーイル・サルキシアンは『処刑広場』において、過去のシリア政府によって公開処刑が行われた広場を撮影。いずれも無人で人影がなく、何気ない都市風景のように見えながら、目にしえない亡霊が立ち現れるような錯覚に陥る。またクリスチャン・ボルタンスキーは、ペストなど中世末期の疫病がもたらした死生観を反映した「ダンス・マカーブル」を思わせる、亡者たちの葬列を影で浮かび上がらせている。

日系移民によって継承されてきた、ハワイの盆踊りに取材した岩根愛の写真作品にも注目したい。サトウキビ畑の労働者としてハワイに渡った福島出身の移民は、盆踊りをハワイに伝えると、今もボンダンスとして90もの仏教寺院にて毎年開かれているという。そこには、かつて働いていた移民たちの家族写真が、夜のサトウキビ畑へ亡霊のように写されていて、熱気を帯びた盆踊りの光景へとつながる様子を見ることができる。---fadeinPager---

人の手を超えた新たな魂を獲得? AIによって生み出されるゴーストの行方

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トニー・アウスラー『Obscura(Maebashi version)』 2014/2025年 作家蔵 作品展示風景 プロジェクションという技術を用い、目に見えなかった世界を可視化し、それとの対話をはかるアウスラー。彼にとって目は、メディアであり、思考であり、見ることの消費のプロセスを示している。

人工知能(AI)や仮想現実(VR)など先端的な技術を用いた作品も、これまでに目にしたことのないゴーストの姿を生み出している。アーツ前橋で最も特徴的な吹き抜けの空間では、山内祥太が新作の『Being… Us?』を公開。人類が姿を消した未来を舞台に、墓標や廃墟、異形の歪んだ生物などの姿を、モノリスをイメージしたLEDパネルへ映し出している。AIによって生成された映像を見ていると、もはやゴーストは人の手を離れて新たな魂を獲得しているようにさえ思える。

実験的ビデオアートの先駆者として知られる、トニー・アウスラーによる大規模なインスタレーションも充実している。趣味として多くの心霊現象の資料をコレクションするアウスラーは、今回、実際よりも遥かに大きい9つの目の玉が空中に浮かぶ『Obscura(Maebashi version)』など4点の作品を展示している。色を次々と変えて浮遊する目の玉は不気味そのもの。不安な気持ちにさせられつつも、ユーモアも感じられ、つい怖いもの見たさで長く居合わせてしまう。

ゴーストたちに会いに、前橋でしか体験できない異世界へ

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諏訪敦『Mimesis』 2022年 府中市美術館 舞踏家・大野一雄による舞台『ラ・アルヘンチーナ頌』の再演するパフォーマー、川口隆夫をモデルにした油彩画。川口の姿が多重露光のようにずれをもって重なり、その動きの上に大野の残像が浮かび上がっている。

諏訪敦やヒグチユウコ、それに横尾忠則といった第一線で活躍するアーティストの作品も見応え満点の本展。ディレクターの南條史生は、「“見えない存在”に目を向け、対話を試み、再び世界の一部として迎え入れることで、私たちの新たな可能性を開く場としたい」という。確かに一般的なゴーストのイメージを軽く超え、多彩でイマジネーション豊かな世界の広がりを感じるともに、発見と驚きに満ちた体験が待っている。

市街地中心部のデパートを全面的に改修し、2013年に美術館として生まれ変わったアーツ前橋は、独自の企画による展覧会を次々と開催し、近年ますますアートファンの注目を集めている。大小さまざまな展示室が連続し、吹き抜けから地下空間へと回遊する独特の構造も個性的で、今回の『ゴースト展』との相性も抜群だ。もしまだアーツ前橋を訪ねたことがないなら、今こそ絶好のチャンス。前橋でしか体験できない異世界にて、ゴーストたちに会いに行ってほしい。

『ゴースト 見えないものが見えるとき』


開催期間:開催中〜2025年12月21日(日)
開催場所:アーツ前橋 1階ギャラリー+地下ギャラリー
群馬県前橋市千代田町5-1-16 
開館時間:10時〜18時※ 入場は17時30分まで
休館日:水
観覧料:一般 ¥1,000
https://artsmaebashi.jp

はろるど

●アートライター / ブロガー
千葉県在住。WEBメディアを中心に、アート系のコラムや展覧会のレポートを執筆。日々、美術館や博物館に足を運びながら、作品との出会いや発見をSNSにて発信している。趣味はアートや音楽鑑賞、軽いジョギング。そしてお酒を楽しむこと。