【大地に突き刺さるピラミッド】“売れない芸術”が問いかける、ランドアートの新たな価値

  • 文:青葉やまと
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米モンタナ州の広大な牧場に、まるで逆向きに大地に突き刺さったピラミッド群のような巨大な構造物が佇んでいる。浮遊する島のようでもあり、その上部には自然の草が生い茂る。現代アートと自然が融合した「ランドアート」と呼ばれる作品の一つだ。

大地に突き刺さる30メートルの彫刻

モンタナ州南部、イエローストーン国立公園から北へ向かった先に、ティペット・ライズ・アートセンターが広がる。約4450ヘクタールの牧場に巨大彫刻がちりばめられた、広大な野外美術館だ。

スケールの大きなアートが点在するこの場所で、ひときわ異彩を放つ作品がある。スペインの建築集団アンサンブル・スタジオが2016年に手がけた『Domo(ドーモ)』だ。全長約30メートル、幅約15メートル、高さ約4メートルという圧倒的な大きさを誇る。グーグル・アーツ&カルチャーによると、作品は「彫刻、ランドアート、そしてコンサート空間を同時に体現する」ものとして設計された。

3つの洞窟が連なったような原始的な形は、空から降ってきた逆ピラミッドが大地へと突き刺さったかのようだ。

ベアトゥース山脈を背にしたDomoは、人工物でありながら自然と風景に溶け込んでいる。ティペット・ライズの共同創設者であるピーター・ホルステッド氏は、グーグル・アーツ&カルチャーの取材に対し、この作品を「石器時代の台座」と表現している。「ピラミッドに相当するもの、すなわち、その中に置かれたものを新しい生命へとエレガントに移行させる装置」とはスピリチュアルな表現だ。

作品の頂上部分には現地の土が盛られ、モンタナ州に自生する草が根を下ろしている。無限とも思える草原のなか、こつ然と姿を現す作品のスケールが、訪れる人々を圧倒する。ナショナルジオグラフィック誌は周囲の静けさを、「沈黙を破るものは、バッタたちの幽霊のような(微かな)カスタネット・オーケストラのみ」と詩的に描写する。

1000立方ヤードのコンクリートに響く自然の音色

Domoの制作方法は、彫刻作品の制作工程としては異例だ。アンサンブル・スタジオを率いるアントン・ガルシア=アブリル氏とデボラ・メサ氏は、通常は何百万年という歳月をかけて進む自然の地質形成のプロセスを、人の手で再現したかったという。

米ファスト・カンパニー誌によると、二人は「堆積、断片化、侵食」という地質学的な現象から着想を得た。メサ氏は同誌の取材で「ここは自然が支配する場所です」と語り、「野生動物、天候、風景、地形がすべてを支配しています。私たちはこうしたプロセスを止めたくなかったのです。ただ、それに加わりたかった」と制作の意図を明かしている。

実際の制作過程は非常に大胆だ。グーグル・アーツ&カルチャーが詳しく記録している手順によると、まず巨大な砂利の山を築いて型とし、プラスチックシートで覆った。その空洞に1000立方ヤード(約765㎥)のコンクリートを流し込み、約1カ月半かけて固まるのを待った。最後に固まったコンクリートをブルドーザーで砂利の中から掘り出すと、巨大な彫刻が姿を現したという。

完成したDomoは単なる彫刻作品としてのみならず、綿密に計算された内部の音響効果によりコンサートホールとしての機能を併せ持つ。毎週土曜日にはクラシック音楽のコンサートが開かれる。ナショナルジオグラフィックによると、あるときはチェリストがこの空間で演奏し、「バッタたちの伴奏が大好きだ――もし彼らがリズムを守ってくれればの話だけれど!」とジョークを飛ばしたという。

「売れない芸術」が問いかける新たな価値観

Domoのような現代のランドアートを理解するには、この芸術運動の原点に立ち返る必要がある。1960年代後期から70年代にかけて、アメリカの芸術家たちは美術館やギャラリーという閉ざされた空間から飛び出し、西部の荒野へと向かった。

アウトサイド・オンライン誌によると、当時の芸術家たちは「都会の息苦しいギャラリーと無秩序に拡がる都市部にうんざりしていた」という。彼らは「重い岩とクレーン、そして旧き慣習に対する健全なる軽蔑の姿勢」を携えて、あえて未開の地へと向かった。「あまりにも巨大で、完全に売ることができず、最も辺鄙な場所にある」作品を作ることで、金儲け主義に走りつつあった当時のアート市場に挑戦状を叩きつけた。

こうしたランドアートの著名作に、ロバート・スミッソン氏がユタ州のグレートソルトレイクで制作した、全長約457メートルの渦巻き状の土手『スパイラル・ジェッティ』(1970年)、同州のグレートベースン砂漠に置かれた4つの巨大なコンクリートの筒からなるナンシー・ホルト氏の『サン・トンネルズ』(1973-76年)などがある。

これら初期のランドアートは反骨精神を原動力としていたが、現代におけるランドアートは新たな意味を帯びている。ティペット・ライズの運営責任者ピート・ヒンモン氏は、アウトサイド・オンライン誌の取材で、環境保護の側面を強調する。「私たちは本質的に1万2500エーカーを保護し、そこにいくつかの大型屋外彫刻を設置した。しかし、それ以上の開発は行われていない」と説明し、「以前は私有の牧場地だった土地が、今では一般に開放されている」と続けた。

かつてのランドアーティストたちは「売れない芸術」で商業主義に抵抗したが、現代のランドアートは環境との共生という新たな価値観を提唱する。巨大で動かせず、そして売ることも容易でない作品は、もはや反逆のシンボルではなく、人間と自然の新たな関係性の象徴となった。