NAPOLI ナポリ/イタリア
白いタイルが敷き詰められた広場に近づくと、巨大な銅色の物体突如現れる。これは洞窟? それとも宇宙船なのだろうか?
この不思議な物体の正体は、なんと「駅」。ナポリ市内に新たにオープンした地下鉄「モンテ・サンタンジェロ駅」なのだ。彫刻家アニッシュ・カプーアとロンドンの建築スタジオ AL_A が共同で設計し、9月11日に披露されたばかりだ。
大学キャンパスと住宅街を結ぶ駅
モンテ・サンタンジェロ駅が位置するのは、ナポリ中心部から西へ伸びるフオリグロッタ地区。スタジアムや展示会場 「モストラ・ドルテルマーレ」を抱え、ナポリ・フェデリコ2世大学の広大なキャンパスが広がるエリアだ。
駅は大学側と、隣接する住宅街トライアーノ地区の双方に出入口を持ち、学生と住民双方の移動を支える。観光客の多い旧市街とは違い、日常生活と都市再生を直接担うインフラである。
2003年の依頼から、22年を経て実現
駅そのものを芸術作品とする構想は、ナポリ市が進める「アートステーション」計画の一環として2003年に始まった。しかし資金や設計上の課題により計画は遅延を重ね、カプーアへの依頼から完成まで、実に20年以上を要した。長い歳月をかけて育まれたこの駅は、都市の交通網を補うだけでなく、街そのものを象徴する存在になることが期待されている。
カプーアは、虚無(ヴォイド/Void)や神話的象徴をモチーフにしてきた世界的彫刻家だ。この駅でもその探求が息づいている。耐候性鋼で覆われた2つの入口は、それぞれ異なる形態で訪れる人を地下へと誘う。大学キャンパス側のエントランス(高さ19メートル)は地面が裂け口のように立ち上がり、トライアーノ地区側のエントランス(高さ11メートル)は管状に伸びるフォルムだ。都市に突如現れた巨大な彫刻が、移動の導入部を演出する。
建築的な調整を担ったのは、アマンダ・レヴェット率いるロンドンのスタジオ 「AL_A」。カプーアの抽象的なビジョンを公共施設として成立させるべく、素材や構造を洗練させ、日常的な使いやすさと非日常の体験性を両立させた。
「ナポリ」との共鳴
ナポリの歴史的中心部はユネスコ世界遺産にも登録されている。古代から現代まで、数々の文明が重層的に積み重なってきた街だ。そこから西に離れたフオリグロッタ地区に生まれたモンテ・サンタンジェロ駅もまた、この都市の文脈を映し出す。
火山の噴火とともに歩んできた土地柄、地下はしばしば死や冥界と結びつけられてきた。カプーアが長年追い求めてきた「虚無(ヴォイド)」の表現は、このナポリという都市にこそ響くものだろう。吹き付けコンクリートの荒々しい質感に自然光が差し込む。その中を目指し、人々が地下へ降りるという日常の行為は、まるで神話的な儀式のように美しく映る。
ナポリに新たに加わったこの駅は、芸術と日常をつなぐ存在だ。街を体験する新しい入り口として、長く愛されるだろう。
宮田華子
ロンドン在住ジャーナリスト/iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授
アート・デザイン・建築記事を得意とし、さまざまな媒体に執筆。歴史や潮流を鑑み、見る人の心に届くデザインを探すのが喜び。近年は日本のラジオやテレビへの出演も。英国のパブと食、手仕事をこよなく愛し、あっという間に在英20年。
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