フランス
フランス在住のロシア人アーティストが、土嚢をモチーフにした不思議なランド・アートを発表した。「ソフトパワー」と名付けられたこのインスタレーションは、土の代わりに空気を詰めた土嚢袋を積み重ねたものだ。青空を背に広大な麦畑の中にポツンと浮かび上がるその姿は映画の一場面のように美しいが、芸術が持つ力の可能性を示す、メッセージ性の高い作品でもある。
暗いイメージを取り去る、実験的ランド・アート
「ソフトパワー」をつくったのは、ロシアの芸術家で現在はフランスで活動するグレゴリー・オレホフ。公共空間に設置されるパブリック・アートや、自然の素材を用いて大地に作品を構築するランド・アートのプロジェクトで知られている。どこにでもある土や砂で壁をつくることのできる土嚢は、防護・防御用のバリケードをつくるために使用する典型的な土木資材だ。それゆえに、土嚢は戦場や自然災害のイメージに深く根差した物体だとオレホフは述べ、恐怖や重圧、抵抗といった暗い言葉を連想させると説明している。
しかし、土嚢が象徴する恐怖を空にして重みを取り去り、静かな回復力を示すものに変貌させたなら、いったい何が起こるのか。オレホフは、この問いの答えを、「ソフトパワー」で表現した。土嚢袋に見立てた枕状のエレメントには土砂の代わりに空気を充填。それを円環状に積み重ね、防御的なバリケードではなく、囲まれながらもアクセス可能な空間を内につくり上げた。
バリケードではなく聖域に、内なる力の象徴
防護の道具から空間的枠組みへと変貌した土嚢のインスタレーションには、新しい意味が与えられた。「ソフトパワー」が創出するのは、要塞ではなく、静寂と退避の場となる一時的な聖域で、立ち止まり、内省するための場だ。恐怖と防衛のシンボルである土嚢を、もろくもしなやかな内なる力の象徴に変貌させたと言える。そもそも「ソフトパワー」という言葉は、軍事力や経済力で無理やり従わせる力ではなく、自国の価値観や文化で相手を魅了し味方にする力を指す。オレホフの作品において前者に当たるのが、外部からの脅威に対する物理的な防護である土嚢のバリケードであり、後者に当たるのが空気で膨らませた土嚢のインスタレーションだ。重さを無くして重ねた土嚢は非攻撃的な力の比喩であり、隔離せず解放するという文化・思想・価値観の具象化といえる。
お手本はフランス! 芸術は世界を守る
このプロジェクトの舞台としてフランスが選ばれたのは、決して偶然ではないとウェブ誌urdesignは述べる。フランスは歴史的にソフトパワーを国際対話と国威発揚のための主要な手段としてきた国だ。直接対話をし、芸術、食文化、言語、哲学が持つ説得力や影響力を古くから理解してきたフランスの国家的伝統が、オレホフの作品にすくなからぬ影響を与えていることは確かだろう。「ソフトパワー」は、防衛のイメージに根差したオブジェクトを用いて、その意味を再構築し、アートがどのようにして紛争の道具を開放性と非暴力の抵抗を喚起する形態へと再定義できるかを示した。芸術とは世界から守られるものではなく、世界を守るものにもなれるのだということを、終わりの見えない紛争の続く時代に示した、美しくも力強い作品といえる。
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