【人食い虫の脅威】アメリカで再び拡大、体内を螺旋状に食い進む寄生バエとは

  • 文:青葉やまと
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Shutterstock ※画像はイメージです

生きた肉を螺旋状に食い破る寄生虫が、アメリカで被害を生んでいる。新世界ラセンウジバエと呼ばれるハエの一種で、その学名(Cochliomyia hominivorax)は「人食い」を意味する。中米から北上傾向にあるという。

肉に潜り込む数十匹の幼虫

今年初め、コスタリカでハイキングを楽しんでいた80代のカナダ人男性が、急な斜面で転倒。膝と脛(すね)に擦り傷を負ったが、ただの軽傷と思い軽視していた。

ところが約1週間後、右脛に残った潰瘍を現地の医師が診たところ、幼虫が入り込んでいるのを発見。30匹から40匹もの幼虫が除去された。カナダ放送協会(CBC)によると、男性はトロントに帰国した後、事態が予想以上に深刻なことに気づいたという。

カナダの医師たちが切開部を広げると、そこにはまだまだ幼虫の存在が。すべて除去し、スキャンして深部組織への損傷がないことを確認した上で、ようやく退院が許可された。

幼虫の正体は、螺旋状に動き肉を食い破りながら体内の深くまで潜り込む「新世界ラセンウジバエ」だった。トロント総合病院の感染症専門医イサック・ボゴッチ氏は同メディアに対し、幼虫が「組織の奥深くまで潜り込み」「皮膚の下に数十匹、時には数百匹もいることがある」と説明している。

傷口から体内の奥深くへ侵入

主な感染報告例は家畜、特に牛だ。ただし人間への感染例もあり、南米・中米・カリブ海の流行地域全体で数百例が報告されている。

英ガーディアン紙によると、雌のハエは哺乳類や鳥類など恒温動物を狙い、その傷口や引っかき傷、時には鼻や目、口の粘膜に卵を産み付ける。孵化した幼虫は宿主の肉を食い進みながら体内へ潜り込む。傷口から数百匹もの幼虫が体内に入り込むこともあるという。

マギル大学ヘルスセンターの感染症専門医マイケル・リブマン氏はCBCに対し、新世界ラセンウジバエは通常のハエの幼虫よりも「はるかに攻撃的」で「文字通り生きた皮膚を食べる」と説明。一般的なハエの幼虫による感染症は「簡単に治療でき、影響もほとんどない」が、この寄生虫はまるで別物だという。

感染すると潰瘍ができ、ひどい悪臭を放つほか、治癒しない傷として残る。ガーディアン紙は、治療せずに放置すれば「死に至ることもある」と警告している。実際、コスタリカでは2024年、障害を持つ人の死亡例が発生した。同国で死者が出たのは1990年代以来だという。

放射線が生んだ「エレガントな解決策」

凶暴なハエとの闘いを制すべく、人類は画期的な対応法を編み出した。ニューヨーク・タイムズ紙によると1950年代には早くも、ハエの卵に低線量の放射線を照射することで、孵化したハエを不妊化できることが判明している。

雌のハエは通常、生涯で一度しか交尾しない。そのため、不妊の雄と交尾した雌の卵は受精せず、個体数が減少することが確認された。不妊化したハエを数百万匹用意し、これらを野に放つことで、自然界の個体数を激減させることに成功している。

新世界ラセンウジバエは20世紀前半、アメリカ南部の家畜産業に壊滅的な被害をもたらしていたが、1960年代までにアメリカから駆逐された。その後も不妊化作戦は南方へと展開を続け、1970年代にはメキシコから、2000年代初頭には中米の大部分から姿を消した。最終的にパナマと南米を隔てるダリエン地峡まで押し戻すことに成功したという。

リブマン氏はCBCに対し、この手法を「本当にエレガントな技術」と称賛している。「農薬を使わずに何十年も問題を制御できたのは、実に注目すべき成果だ」と評価している。

再びアメリカに迫る脅威

だが今、封じ込めたはずの脅威が再び北上を始めている。

2022年頃から、新世界ラセンウジバエが中米で再発生。ガーディアン紙によると、以降の3年間で中米の動物に約8万9000件の感染が確認されている。家畜の越境取引により拡散が進んだとみられ、現在は「アメリカから数百キロ南」まで迫っているという。

アメリカは危機感を募らせている。ガーディアン紙は、米農務省が6月にテキサス州の不妊ハエ繁殖施設の再開を発表し、8月には8億5000万ドル(約1248億円)規模の対策計画を打ち出したと報じた。アメリカ食品医薬品局(FDA)長官のマーティ・マカリー氏は、FDAのポッドキャストで「テキサスのように膨大な数の牛を飼育する地域」で経済的な打撃が生じるおそれがあると言及。国境での家畜の検査を強化していると説明した。

ただし、過度に恐れる必要はない。フロリダ大学獣医学部のヘザー・ウォルデン准教授はCBCに対し、「これは細菌やウイルスのように急速に広がるものではない」と指摘。リブマン氏も「中米の人気観光地への旅行を再検討する必要はない」と明言している。流行地域でも人間の症例は数百例程度にとどまっており、人から人への感染もない。

専門家も基本的な虫よけ対策で十分防げると述べているが、対象地域へ渡航する際は今後の情報に注意を払いたい。

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