【北陸の芸術祭】金沢の町屋と富山の酒蔵が美術館に。『GO FOR KOGEI 2025』で工芸と現代アートを体感

  • 文&写真:はろるど
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舘鼻則孝『ヒールレスシューズ』 2025年 岩瀬エリア・桝田酒造店 満寿泉

ものづくりが古くから受け継がれる北陸から、新たな工芸の見方を発信する『GO FOR KOGEI 2025』が、石川県金沢市(東山エリア)と富山県富山市(岩瀬エリア)にて開かれている。昨年と同じエリアでありながら、作品展示や会場がアップデートされ、より魅力に満ちた芸術祭の見どころとは?

金沢のひがし茶屋街周辺に展示スポットが点在、コラボメニューも!

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コレクティブアクション 展示風景 東山エリア・SKLo

金沢を代表する観光地「ひがし茶屋街」を擁する東山エリア。江戸時代末期から明治時代にかけて建てられた茶屋様式の町家が多く残され、日々国内外からの多くの観光客で賑わう中、5つの展示施設において7組のアーティストが作品を展示している。

「ひがし茶屋街」の玄関口に近いスクロ(SKLo)では、自然布の蒐集家・研究家として知られる吉田真一郎とキュレーターの秋元雄史によるコレクティブアクションが、大麻布を用いたインスタレーションを展開。古くから日本の人々に親しまれてきた大麻による着物が、大正時代に由来する老舗油問屋をリノベーションした空間と美しく調和している。いまでこそ製造することはできないものの、人と大麻の長い歴史を再考するような作品といえる。

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四知堂×GO FOR KOGEI 2025 コラボレーションメニュー。

このスクロと同じ建物にある台湾料理店の四知堂(スーチータン) kanazawaでは、『GO FOR KOGEI』と期間限定でコラボレーションしたメニューを提供。コレクティブアクションの作品展示より着想を得た、台湾風のおこわのおにぎりなどを味わうことができる。土日祝日は朝8時からオープンしているので、芸術祭巡りのスタートとして嬉しい一皿となる。

アートの新拠点に現れた、大きな木桶の茶室

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相良育弥『茅風』 2025年 東山エリア・スタジオあ

初公開の会場となる「スタジオあ」にもぜひ立ち寄りたい。「あ」とは本芸術祭のアーティスティックディレクターも務める秋元の「あ」から採った名前。建築家の三浦史朗が手掛ける設計によって、住宅街の中の古い民家が新しいアートの拠点として生まれ変わった。

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相良育弥+中川周士『木桶と茅葺き屋根の茶室』 2025年 東山エリア・スタジオあ

ここでは,茅葺き職人の相良育弥と、桶づくりを中心に木製品を手掛ける中川周士が作品を展示し、特に大きな桶と藁の屋根を組み合わせた『木桶と茅葺き屋根の茶室』が目立っている。木桶の持つアーチ構造と建築に親和性があることに着目した中川が、相良とともに制作したものだが、畳の敷かれた室内に入れるだけでなく、会期中には茶会も開かれるというから楽しい。

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寺澤季恵『生生2』 2024年 東山エリア・KAI

「スタジオあ」の隣に位置する「KAI」では、生命をテーマにガラス彫刻作家として活動する寺澤季恵が展示を行っている。重さ約300キログラムにおよぶ『生生2』は、吹きガラスやガラスビーズ、さらに金属など多様な技法や素材を複合させてつくられたもの。まるで臓器にも似た特異な生命体のようにも見えるが、そこには腐敗や死といった負の側面から生命を問い直すという視点が反映されている。---fadeinPager---

会期中のみ公開! ユニークな会場「KAI離」で展開する作品とは?

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KAI 離 展示風景。

「KAI」から細い坂道を登ること数分、東山エリアの最奥部、建築家の三浦史朗が手掛けた「KAI離」も本芸術祭で必ず見ておきたい展示のひとつだ。三浦をはじめ、大工や木工、紙や竹などの職人たちのプロダクトを保管するこの場所では、九谷焼の窯元・上出⻑右衛門窯の後継者でありつつ、美術作家としても活動する上出惠悟が作品を公開している。

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上出惠悟『卯辰山望湖台』 2025年 東山エリア・KAI 離

上出が制作にあたり着想を得たのは、「KAI離」の近くの卯辰山(うたつやま)にて江戸時代に春日山窯を開窯した江戸時代の青木木米と、京都から金沢に移って加賀友禅を大成させた宮崎友禅斎。いまでこそ公園として整備されているものの、当時は金沢城を見下ろす位置にあったため、人々が登れなかったという卯辰山から見た景色を油画にてのびやかに表現している。

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手前:三浦史朗+宴KAIプロジェクト『回湯 組立式湯舟』 2020年 東山エリア・KAI 離

普段、非公開の「KAI離」は、昨年の『GO FOR KOGEI』にて初めて公開された施設だ。ここで三浦は茶の湯の源流を遡る宴席「淋汗茶湯」(りんかんちゃのゆ)」を開催したが、今年は上出とコラボレーションし、組み立て式の茶室『回炉』を取り囲む襖絵のアップデートと、新たな宴席「現代に生きる文人文化ー春日山窯と長右衛門窯」のプロデュースも試みる。

レトロな町並みが広がる、岩瀬エリアに登場した新作

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岩瀬エリアの町並み。右が桝田酒造店 満寿泉

富山駅から市内電車に乗り約20分。東岩瀬駅を降りてしばらく歩くと、廻船問屋の建物が軒を連ね、往時の趣をいまに伝える静かな町並みが広がる。岩瀬エリアはかつての北前船の寄港地として栄えた地。近年は⽇本酒の酒蔵「桝⽥酒造店」が中⼼となり、土蔵を改装したレストランやギャラリー、工芸作家のアトリエなどが点在するなど、伝統を礎に新たな姿へと再生を遂げている。

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葉山有樹『双龍』 2023年 岩瀬エリア・桝田酒造店 満寿泉

11組のアーティストが8つの会場で作品を展示する岩瀬エリア。そのうち「桝田酒造店 満寿泉」では、葉山有樹によるタイル状の『双龍』が酒蔵の扉を飾り、内部においても同じくタイルの『龍孫皇帝図』が初めて公開されている。『双龍』は2023年の本芸術祭にて初お披露目された作品だが、龍を祀る桝田酒造店の建物を壮麗に彩るシンボリックな作品といっても良い。

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手前:舘鼻則孝 展示風景。 右奥:葉山有樹『龍孫皇帝図』 2024年 岩瀬エリア・桝田酒造店 満寿泉

花魁の高下駄から着想を得て制作された『ヒールレスシューズ』で知られる舘鼻則孝も、「桝田酒造店 満寿泉」にて展示を行っている。まず目を引くのは、実際に独楽を回して遊べる『Spinning top “Thundercloud”』。独楽は井波の職人が制作し、富山の和紙工房・桂樹舎が型染めした和紙を装飾として用いている。

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舘鼻則孝 × 桝田酒造店『Masuizumi Bottle Art』 2025年 岩瀬エリア・桝田酒造店 満寿泉

日本酒の醸造を行う仕込みの蔵では、桝田酒造店とコラボレーションしたアーティステックなボトルを並べ、2階のスペースでは昨年公開した絵画作品『ディセンディングペインティング “雲龍図”』が床面に鮮やかに広がっている。さりげなく『ヒールレスシューズ』の新作が展示されているのも嬉しい。---fadeinPager---

巨大な藁の動物? オブジェに込めたアーティストの想いとは

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アリ・バユアジ『One Eyed Rangda』 2023 岩瀬エリア・セイマイジョ

「桝田酒造店 満寿泉」の展示を満喫したら、町歩き気分で岩瀬エリアへと繰り出そう。かつて精米が行われていた建屋の「セイマイジョ」では、インドネシアで生まれ、地域の物語や環境問題を主題に、自然物や既製品を用いた作品を手掛けるアリ・バユアジが、バリ島の海岸に漂着した魚網を素材とするインスタレーションを展開している。

プラスチック製のロープを洗って一本一本ほぐし、バリの伝統技法を持つ職人たちとの協働を通じて、細やかなタペストリーを制作したバユアジ。さらにバリ・ヒンドゥー教の神話に登場する魔女「ランダ」をモチーフとした『One Eyed Rangda』も見ることができる。一連のインスタレーションはコロナ禍の移動制限によってバリ島から出られなくなった際に立ち上げたプロジェクトでつくられたものだが、悪霊のシンボルである「ランダ」には、再び訪れるかもしれないパンデミックへの警鐘も込められているという。

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松本勇馬『ムウ』 2025年 岩瀬エリア・旧林医院

古い家屋が立ち並ぶ旧北国街道を歩いていると、突如、藁でできた巨大な動物のオブジェが目に飛び込んでくる。それが藁による彫刻と出会ったことをきっかけに、作家として活動する松本勇馬による『ムウ』と呼ばれる牛を模した作品だ。松本は穀物の副産物である藁が、かつて燃料や建材などに利用された、人の暮らしに欠かせないものであることに着目。生きるための糧である穀物の副産物を用いることで、見るだけで喜びが生まれるような作品にしたいという。

「酒蕎楽くちいわ」から「旧岩瀬銀行」まで、町に溶け込む工芸とアート

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桑田卓郎 展示風景 岩瀬エリア・酒蕎楽くちいわ

陶芸の枠組みを超え、新たな表現を追求している桑田卓郎は、今回、「酒蕎楽くちいわ」とのコラボレーションによる食体験や、野外に展示された屋台を通じて、器に留まらない食の場を提供している。かつてミシュランガイド北陸で「ビブグルマン」にも認定されたことのある蕎麦屋にて、桑田の鮮やかなうつわと一緒に楽しむ蕎麦のコースは、ここでしか出会えない贅沢なひと時を演出してくれる。(事前予約制)

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坂本森海『移動する土』 2025年 岩瀬エリア・New An 蔵

このほかにも、岩瀬エリアでは「New An 蔵」にて、陶芸のプロセスそのものに着目し、それを作品化する試みを展開する坂本森海が『移動する土』と題する作品を公開。これはボランティアとして珠洲市大谷地区に滞在した坂本が、豪雨災害の残土を用いて制作したもので、実際の作品とともに、七輪を成形、焼成する様子をストップモーションアニメとして表した映像を見ることができる。

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吉積彩乃 展示風景 岩瀬エリア・旧岩瀬銀行

125年の歴史を有しながら、今年5月に移転のため閉店した旧岩瀬銀行も会場のひとつだ。2階に連なる各部屋にてサエボーグ、清水千秋、清⽔徳⼦+清⽔美帆+オィヴン・レンバーグ、髙知子、吉積彩乃の5組のアーティストが作品を展示している。金型を用いた吹きガラスを軸に、ガラスによる絵画的表現を探求する吉積彩乃による色彩豊かな作品もぜひ見ておきたい。

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桑田卓郎『プランター』 2025年 岩瀬エリア・酒蕎楽くちいわ 庭

2020年から開かれ、今年で6回目を迎える『GO FOR KOGEI』は、これまで工芸的なものとみなされてきた要素を見直しつつ、アートや建築などのジャンルを横断しながら、職人やアーティストなど多様なつくり手の作品を楽しめるのも特徴だ。金沢・東山エリアと富山・岩瀬エリアのまち並みや建築を巡りながら、暮らしや食と連動するシームレスなアート体験を味わいたい。

『GO FOR KOGEI 2025』

開催期間:開催中〜 2025年10月19日(日)
開催場所:富山県富山市(岩瀬エリア)、石川県金沢市(東山エリア)
開館時間:10時〜16時30分 ※最終入場は16時
休場日:水
共通パスポート:一般 ¥2,500
https://2025.goforkogei.com