【大人の美術散策】予測不能のパフォーマンス! 異才のアーティスト、笹本晃の個展が東京都現代美術館にて開催中

  • 文&写真:はろるど
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『Strange Attractors[ストレンジ・アトラクターズ]』 2010年 廃材や路上のゴミを用いた彫刻作品やビデオカメラなどの映像音響機材が配置された室内。ここで笹本は、数学者・気象学者のエドワード・N・ローレンツによる方程式を中心に、ストレンジ・アトラクターと呼ばれる数学の概念と占い師、ドーナッツの痔に関する個人的な体験を講義する。

ニューヨークを拠点に、造形表現とパフォーマンス・アートを行き来しながら活動を続けてきたアーティスト、笹本晃の個展が東京都現代美術館にて開かれている。実験、演習あるいは研究のための空間を意味する、「ラボラトリー」と名付けられた同展の内容とは?

インスタレーションを舞台に、即興的なパフォーマンスを展開

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『Skewed Lies[ねじれた嘘]』 2010年 ニューヨーク周辺に拠点を置く作家を集めて5年に一度開かれる「グレーター・ニューヨーク」展に選出され、かつて小学校の建物だったMoMA PS1の地下にある、湿気を帯びたボイラー室で展示を行った作品。薄暗い空間に青く光るのは虫取り用のランプで、パフォーマンスでは相容れない人との関係や友人の秘密、蚊への憎しみ等について語られる。

パフォーマンス、ダンス、インスタレーション、映像など多様なメディアを横断する笹本は、自ら設計した彫刻や装置を空間に配してインスタレーションを創り、その環境を舞台に即興的なパフォーマンスを行うスタイルを確立している。日常の所作や私的なエピソードを語りに組み込みながら、初期には習慣や癖といった個人のパーソナリティを探求し、近年は気象や動植物の生態などの自然現象を取り込み、作品の構造や物語へと展開させている。

これらの造形物は語りを支える道具であると同時に、即興的なパフォーマンスの予期せぬ展開を誘発するスコア(譜面)としても機能する。国内では横浜トリエンナーレ(2008年)や国際芸術祭あいち (2022年)に出品。また、第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2022年)など数々の国際展に参加し、2023年には革新的な彫刻作家に贈られるカルダー賞を受賞。現在はイェール大学芸術大学院で教鞭を執り、次世代のアーティスト育成にも努めている。

バーをイメージした空間で行われたパフォーマンスとは?

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『Wrong Happy Hour[誤りハッピーアワー]』 2014年 初出時はニューヨークの画廊スペースで発表、その後はサンパウロや京都でも実施され、それぞれの場所で現地のビールを振る舞ってパフォーマンスを行ってきた。

初期の代表作から、キネティック(動的)な要素を取り入れた近作に至るまで、笹本の20年にわたる活動を紹介する本展。写真や立体作品、パフォーマンスに付随して生み出される図式的なドローイング、映像作品、さらには代表的なパフォーマンス/インスタレーション空間の再構成によって、異才と呼ばれる笹本の実践の変遷をたどることができる。展示会期中に複数回行われるパフォーマンスも必見といえる。

エスプレッソマシンやビール瓶などが置かれ、バーをイメージした空間が広がる『Wrong Happy Hour[誤りハッピーアワー]』に着目したい。今回の展示では、初出時と同じインスタレーション空間を実寸で再構築し、観客のいない状態で行われたパフォーマンス映像を見ることができる。壁の向こうに立てこもった笹本が、観客を押し出していくというラストの仕掛けにも驚くが、かつて有人で行われたパフォーマンス時には、観客はバーの登場人物の一人となり、瓶ビールを手に鑑賞していたというから面白い。---fadeinPager---

近代産業遺産の煉瓦倉庫を改築した美術館で制作したインスタレーション

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『スピリッツの3乗』 2020年 弘前れんが倉庫美術館蔵 初出時の構成を参照し、そのエッセンスを維持しながら、東京都現代美術館の空間条件に合わせて再構成している。パフォーマンスでは気象現象の成り立ちを説明しながら、人生の歩みと社会で遭遇する困難を図解していく。

弘前れんが倉庫美術館の開館記念展に向けて制作された、『スピリッツの3乗』が目立っている。暗がりの空間に置かれているのは、戦後にシードルを製造していた歴史のある同館に残されていたガラス窓や鉄扉、それに醸造庫の扉などの廃材。加えて、ガラス職人と共作した吹きガラス製の彫刻や、それを設置する自作のカート、また遠心ファンや工業用のダクトを組み合わせて、全体が風の循環によりつながり合うインスタレーションを構成している。

煉瓦倉庫を改修した同館の歴史、とりわけ建物内に残るかつての営みの気配や醸造場という過程を想像で埋めようとしたサイトスペシフィックな作品だが、笹本はこの場でどのようなパフォーマンスを行ったのだろうか。ちょうど40代に入り、知識や経験や蓄えていくものの身体的な劣化を自覚したという笹本は、加齢のプロセスを「発酵」になぞらえ、天気予報を模した語りで年齢ごとに遭う困難や、老いていくことの意味について語ったという。

作品とアーティストの身体が呼応し合う瞬間

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手前:『catch or be caught[とるかとられるか]』 2025年/奥:『Sounding Lines[測深線]』 2024年 昨年に香港で発表した作品と新作の2つのインスタレーションを掛け合わせた構成として、今回が初演となる。なお、会場内のパフォーマンス(各回約30分)はすべて事前申込優先、及び先着順(若干数当日受付あり)にて行われる。詳しくは同館のWEBサイトを参照。

笹本の作品世界をより深く感じられるパフォーマンスにもぜひ参加したい。『Sounding Lines』および新作の『catch or be caught』では、近年釣りに魅了されているという笹本が、ルアーを模した立体がバネによって張り巡らされた空間にてパフォーマンスを実施。キッチン用品の組み込まれたルアーを動かしつつ、時に蟹漁に持ちいられる網罠をイメージした立体のそばで寝そべりながら、ルアーを使う釣り人の特性とともに、交遊相手のあり方などを語っていく。壁に貼られた紙にドローイングを描いたり、ぐわんぐわんとバネを動かす様子も鮮烈な印象を与える。

「物が物としてあることと、概念を象徴するものとしてあることが重複する瞬間があって、そういう時に作品が生まれる」として、来場者に向けて「私と話してくれてもいいし、友達同士でもいいし、『これは違う』とか『私はこう思う』というようなディベートが始まる場所になればいい」と語る笹本。作品とアーティストの身体が呼応し合う瞬間を、会場でしか体験できない生の迫力とともに味わいたい。

『笹本晃 ラボラトリー』

開催期間:開催中〜2025年11月24日(月・振休)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 3F
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
開館時間:10時〜18時 ※展示室入場は閉館の30分前まで
※8・9月の毎金曜は21時まで
休館日:月(9/15、10/13、11/3、11/24は開館)、9/16、10/14、11/4
入館料:一般 ¥1,500
www.mot-art-museum.jp