白い壁を背後に浮かび上がる、色鮮やかで豊かな質感を持つ巨大な唇。『クロモリフィス』と題されたこの壁掛け彫刻をかたちづくるのは、なんと色鉛筆だ。どこにでもある身近な素材を使い、見る人を魅了する芸術に仕立てたこの作品は、創造性の無限の可能性を感じさせる。
色鉛筆でピクセル化! 虹色のリアルな唇
『クロモリフィス』は、2019年に、米フロリダ州在住のクリエーター、マーク・エーリングによって発表された。素材として使用されたのは、1万本以上の色鉛筆だ。レジン、ファイバーグラス、アルミニウムで加工し、重量約 136kgの巨大な2枚の唇が形成された。モデルになったのは、エーリングの妻の官能的な唇だという。
近づいてみると、作品の表面は色鉛筆の断面で構成されていることが分かる。それぞれがまるでピクセルのようになっており、一体化することで、人間の唇のような艶やかな質感を生み出している。ハイパーリアリスティックながらもポップアートのような鮮やかさを持つのは、全スペクトル色を組み込みこんでいるからだ。滑らかに色調を変化させることで、唇の端まで目が行くようにつくられている。
シリーズ作品の一つ。素材の力を考察
『クロモリフィス』は、エーリングの『リップス』という作品群の中の一つとして制作された。このプロジェクトの目的は、身近にある素材を利用し、素材が作品の形態にどのように影響を与えるかを考察することだ。使われる素材と技術が差別化要因となることから、シリーズ全体でスケールと輪郭の一貫性を保つ必要があり、各バージョンは、オリジナルの大規模な彫刻から取った単一の型を使用している。計画では、合計10点の制作が予定されている。『クロモリフィス』以外にも、ステンレス製の蝶や外科手術用のハサミなどを使った唇彫刻が、これまでに発表されている。
彫刻とは何か? 既存の表現方法を再考
ピクセル化の概念を用いて色の変化に着目した『クロモリフィス』は、遊び心がありながらも深い洞察に満ちたアプローチで、エーリングの多様な作品群の中でも、際立つものだという。誰もが幼少期から親しんでいる色鉛筆を洗練された芸術作品に変換したことに加え、アート素材の可能性に対する私たちの認識に挑戦したという点でも、評価は高い。この作品は、観る者に既存の彫刻の定義を再考させ、芸術の表現方法に対するより広範な解釈を促すものとされている。
実はエーリングは、主に特定のクライアントのための大規模な委嘱作品制作で知られており、自分の作品に時間を割くことはあまりないアーティストだという。現在は、芸術家の育成にも力を入れており、自身のスタジオを拠点に、新興アーティストの指導や、アートを通じたコミュニティの活性化も推進している。ちなみに、『クロモリフィス』はフロリダ州のギャラリーで現在購入可能。お値段のほうは、要交渉ということだ。