シャネルの「le 19M」とは? 六本木で始まる企画展を前に“メティエダールの世界”を予習する

  • 文・写真:細谷正人
  • 現地コーディネイター:Naoko Unbekandt
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次のコレクションに合わせて、ツイードサンプルを手で織るルサージュの職人。

この秋、シャネルのクリエイション拠点「le 19M(ル・ディズヌフ・エム)」が「la Galerie du 19M Tokyo」として、東京・六本木ヒルズで開催されます。

私たちは2024年9月、一足先にパリ19区にある「le 19M」をヨーロッパ遺産の日に訪れてきました。25,500平方メートルの建物には刺繍の名門「Lesage(ルサージュ) 」をはじめ12のメゾン(工房)が集まり、およそ700名の職人が日々、手を動かしています。館内には技術アーカイブや展示スペース、カフェも併設され、不定期でワークショップやカンファレンスが開かれています。

ヨーロッパ遺産の日は、1984年にフランスで始まった文化イベントです。普段は非公開の建築・施設を無料開放し、「遺産を知り、体験して守る」という理念を実践しています。現在は40カ国以上が参加し、前日には学校向けプログラムが行われるなど、若い世代にも門戸を広げています。

ちなみに、ルサージュとは、フランス・パリを拠点とする世界的に有名な刺繍アトリエで、1924年の創業以来、オートクチュールの刺繍を専門に手掛けてきた工房のことです。1992年に「École Lesage(ルサージュ刺繍学校)」を設立し、プロ志望者から趣味で学ぶ人まで、ルネサンス期から現代までの刺繍技法を教えています。

名称未設定.003.jpegle19M外観。左側建物に一般の人も入ることができるカフェ、ギャラリー、ショップなどが1階にある。その上層階と右側建物に工房が入り、一般の人は入ることができないが、この2日間のみルサージュの工房が初公開された。

私たちは30名ほどの見学グループとして参加。まず刺繍で立体的に表現された近隣地図を前に、シャネルがこの拠点を設けた理由や、分散していた職人と技術を束ね、地域と共生する“ソーシャルグッドな拠点”を目指す姿勢などを知ります。

続いて足を踏み入れたルサージュのアトリエでは、シャネルの「Métiers d’art(メティエ・ダール)」コレクションのために刺繍が施されたドレスやツイードがずらりと並び、職人技が地域社会と結びつきながら進化している様子が伝わってきました。

アトリエの奥では、デザイン画をもとに糸やビーズ、刺繍技法を選定する工程を職人が実演。驚いたのは、一点物の大作を数人でローテーションしながら刺繍するという方法です。これは、各人の“手癖”をならして作品の仕上がりを均一に保つためだといいます。手仕事への敬意とチームワークの精神が息づく瞬間でした。

さらに、シャネルの象徴ともいえるツイード生地もルサージュが素材から開発していると知り、感嘆しました。若い職人たちが集めた異素材を糸にし、数種類のツイードをコレクションごとに提案。採用された生地は南仏の工場で織り上げられます。

アトリエ見学のあとは、刺繍が服になるまでのプロセスを一望できる「ルサージュ100周年展」へ向かいました。イヴ・サンローランなど他メゾンとの歴史的協業作品や、インテリア部門が手掛けたファブリックも展示され、刺繍芸術の広がりを実感できました。

名称未設定.004.jpegエントランスから入ると、共同ワークショップやデザイン関連グッズが購入できるキオスク、右手には簡単な食事とお茶ができるカフェがオープンスペースに混在する。開放的な空間がとても気持ちがよい。
名称未設定.005.jpeg左:エントランスホールにある界隈の刺繍の地図は印象的。 右:デザイン画から素材を決める職人。
名称未設定.006.jpeg刺繍の作業風景も見ることができる。日本人女性の刺繍職人も活躍していた。
名称未設定.002.jpegコレクションのテーマに合わせて、毎回サンプルを提案
名称未設定.007.jpegツイード用の素材が並ぶ壁面棚。

東京・六本木で開催される、“好奇心のキャビネット”

この秋に開催される「la Galerie du 19M Tokyo」。会期は2025年9月30日(火)から10月20日(月)まで。パリで高い評価を受けたルサージュ100周年展に加え、日本の職人技や文化とコラボレーションした展示や刺繍ワークショップが予定されています。会場構成は建築家・田根剛率いるATTAが担当し、シャネルと「le 19M」のクラフトマンシップが“Cabinet de Curiosités(好奇心のキャビネット)”として再解釈されるそうです。

近年、フランスのラグジュアリーブランド各社は財団を設立し、国内外の工房や職人を支援する動きを強めています。「le 19M」もその一例で、ブランドの枠を超えた文化支援に取り組んでいます。日本にも世界が高く評価する伝統技術が数多くありますが、国や企業が連携し、その価値を発信する仕組みはまだ道半ばです。六本木での巡回展は、国際的なクラフトの潮流を体感し、日本のものづくりを見つめ直す好機となるでしょう。

職人の息づかいが宿る「le 19M」の世界を、ぜひ東京でも味わってみてください。ブランドと職人が紡ぐ物語が、きっと私たちの感性を刺激してくれるはずです。

名称未設定.008.jpeg(左)Lesageの展示会場エントランス(右)2013年秋冬コレクションで発表されたカールラガーフェルドによるウェディングドレス。ツイードと刺繍が施されたオーガンジーの組み合わせは、とても斬新。
IMG_6970.jpg会場の風景。シャネル、バレンシアガなどLesageが仕事をしたメゾンの作品の刺繍が年表と共に並ぶ 
名称未設定.009.jpegシャネル、バレンシアガなどLesageが仕事をしたメゾンの作品の刺繍をデジタル画像で表現。ストーリー仕立てになっていて、セリフのないショートフィルムのような仕上がりで面白い。
名称未設定.011.jpeg3Dプリントでツイードアンサンブルを作り、そこに刺繍を施すという新しい試み。最新のテクニックと手仕事の組合せは斬新。

細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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