氷のフレームが溶け、水滴がいまにも落下するかのように垂れ下がる。見る人にそんなイメージを与える「ウォーター・ドロップ・チェア」は、実は透明な人工クリスタルでできた椅子だ。人は水のように天地自然の中で生かされるというタオイズム(道教)を意識した芸術的デザインだが、座り心地に優れており、アートと機能性を融合させた作品として、高く評価されている。
継ぎ目なし! スムーズな曲線が美しい
「ウォーター・ドロップ・チェア」を制作したのは、中国深センに工房を構えるデザイナーのダイジェ・ウー。人工クリスタルを一気に流し込んでフレーム全体を鋳造し、固まる前に乾燥したライチの葉と枝を埋め込んでいる。椅子の継ぎ目をなくすため、型の完成には数か月を費やしたという。12 キロのフレームを頑丈に支える補強材は内部に隠されており、この作品がどのようにして作られたかの痕跡は、一切残されていない。
その結果、ゆるやかで有機的な曲線がつくられ、純粋で途切れることのない美しさが醸し出されている。「水とは、柔らかく止まることのない存在だ」とウーは述べ、作品はタオイズムの哲学へのオマージュだと説明している。
嵐の記憶を持つ、葉や枝の物語
「ウォーター・ドロップ・チェア」には、詩的な物語がある。椅子に埋め込まれた葉と枝は、ウーの工房がある広東省が台風に襲われたときに集められたものだ。嵐の記憶を数十年に渡って使われるだろう椅子の中に封じ込め、家具が自然のデザインをクリアに映し出すレンズになることができるかどうかを問いかけているという。埋め込まれた葉や枝はまた、不思議な視覚的効果をもたらす。椅子をよく見ると、時間そのものが止まったかのように葉脈が浮遊しているのが確認できる。日光が椅子を通過すると床に波紋が描き出され、スポットライトを当てると埋め込まれた葉が琥珀色に輝き、美しさを増すという。
展示会では即完売! 作家の美学に高い評価
インダストリアル・デザインに関するニュースサイト、ヤンコー・デザインは、芸術的なデザインの家具は、実際の使用は禁止、または使えてもあまり快適ではないことが多々あると指摘。しかし近年では、デザインと機能性を融合させたものが数多く登場しており、「ウォーター・ドロップ・チェア」もそのような作品の一つだと述べている。
そのフォルムから、この椅子は美術館やアートインスタレーションにふさわしく見えるが、実は日常を想定したデザインだ。腰を下ろすと座面はお尻の下でわずかに曲がり、座り心地はとても良い。また、氷のような見た目に反し、頑丈で触れると温かいという。ウーがこの椅子に込めたアイデアと情熱は、国際的な注目を浴びている。2024 年のロンドン・デザイン・アワードでは、「デザイナーの細部へのこだわりと美学が反映されている」と評され、ホーム・ファニチャー部門で金賞を受賞した。また、優れたデザイン作品を集めた中国の展示会「デザイン深セン」で初回限定版が販売され、短時間で完売となった名作椅子でもあるのだ。