島根県から北へ40~80㎞ほどの、日本海に浮かぶ美しい島々・隠岐諸島。約180の島々と4つの有人島から成るこの場所は、2013年9月にユネスコ世界ジオパークに認定された。約600万年前の火山活動によって生み出されたこの地は、太古の昔からの大地の変遷を眼前にする貴重な地質資源や、特異な環境が育んだ独自の生態系、そして神楽などの伝統文化や島ならではの祭りが、いまも鮮やかに息づいている。 そんな隠岐諸島で注目を集めているホテルが「Entô(エントウ)」だ。大阪から隠岐を訪れた宿泊レポートをお届けしよう。

4つの有人島のうち、西ノ島と中ノ島、知夫里島(ちぶりじま)を合わせて「島前(どうぜん)」、最も大きな隠岐の島町を「島後(どうご)」と呼び、人々はフェリーや高速船に揺られ島々を行き来している。そんなユネスコ世界ジオパークの泊まれる拠点として、2021年に中ノ島・海士町(あまちょう)に誕生したのが「エントウ」だ。
隠岐諸島の4つの有人島のなかでも中ノ島・海士町は3番目に大きく、人口は約2200人。古くから豊かな自然に恵まれた半農半漁の島として知られ、承久の乱に敗れ流罪を言い渡された後鳥羽上皇が、この地で19年もの歳月を過ごしたと言われている。
貴族によって和歌に詠われた遠流の島々。漠然といまも遥か遠くの場所かと思っていたが、大阪・伊丹空港からわずか50分で島後の隠岐世界ジオパーク空港に到着した。しかしそこはまったくの別世界。空港近くの青々と広がる台地には放牧された牛がのんびりと佇み、背後には険しい山々が連なっている。
そこから港へ向かい、フェリーに乗ること1時間ほど。中ノ島の菱浦港を目前にして島から突き出すように現れたホテル「エントウ」は、まるで海と土地のあわいを彩る美しい輪郭線のよう。

2021年に新築された別館「エントウ アネックス ネスト」と、本館「エントウ ベース」の2館からなる全36室の客室は、すべてオーシャンフロント。別館と本館の一部は、道の駅・ましこなどを担当したことで知られる、建築家・原田真宏と原田麻魚が率いる設計事務所・マウントフジアーキテクツスタジオが手掛けている。
CLTと呼ばれる断熱性や強度の高い直交集成板を用いた、木造の名手マウントフジアーキテクツらしいデザインは、木の温もりとモダンな趣のバランスが心地よい。これは隠岐の自然に馴染むだけでなく、別の場所でCLTのプレカットを行い島内ではそれを組み立てるだけでほぼ完成するので、環境への負荷が少なく、建設業の規模が小さい離島というハンデをものともしない。
さらにメンテナンスは島内の大工が行えるので、地元の産業を守ることにもつながっていく。「ジオパーク」とはただ地質遺産を保全するだけでなく、その価値を地域振興や教育に活用することで、持続可能な開発を目指す取り組みだ。自然と人との共生を大切にするその姿勢は、「エントウ」の設計からも窺い知ることができる。

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雄大な自然を目の前に、プライベートサウナでととのう
海岸線に沿って建つ客室は、都市型ホテルとは一線を画す、奥行きが浅く間口は広い横長のつくり。今回ステイしたアネックス ネストの「ネスト スイート」も、海を臨む広々とした一面をガラス張りにしているのが大きな魅力だ。一歩足を踏み入れると、眼前に広がる大海原と「島前カルデラ」と呼ばれる火山の噴火によって生まれた窪地が鮮やかなコントラストを生み出し、隠岐ならではの絶景に思わず息を呑む。
窓には美しい景色を切り取るごとく、額縁のようなデザインの大きな窓枠があしらわれている。船が通る度たびに漣立つ水面と、呼応してキラキラとまたたく陽の光、そして火山活動や海水の浸食によって描き出された山々の稜線。長い年月をかけて大地が育んできたこの景色は、刻一刻と表情を変えていく。その一瞬を永遠に閉じ込めたいと、フレーム窓から望む自然を、時を忘れてひたすらに眺め続けてしまう。
「ネスト スイート」が最もエクスクルーシブなのは、広々としたテラスにプライベートサウナがついていること。サウナ窓からは隠岐の自然を一望でき、水風呂や外気浴のスペースも完備。心も身体もほどけきって、まるで自然に抱かれるような唯一無二の“ととのい”を感じられるだろう。


客室で寛いだあとは、毎日16時から始まる「エントウ」のスタッフによるアクティビティ「エントウ ウォーク」に参加するのもよいだろう。30分以上かけてホテル周辺を散策するなかで、隠岐の離島が生まれるに至った大地の成り立ちや、後鳥羽上皇が配流された海士町の歴史、この海でとれる美味しい魚や、エントウの建築について。その日担当するスタッフとゲストの一期一会で、散策の場所や内容も変化していく。
なかでも別館1階の展示室 ジオルーム「ディスカバー」は、本物に触れる前の予習の場として機能している。46億年前の地球誕生からの変遷と隠岐諸島の歴史がひとつの年表で表され、あまりに壮大すぎてイメージすることもできなかった、目の前に広がる景色が内包する歴史を直感的に感じ取ることができた。さらに島前3島のそれぞれの魅力や違いを学べたことで、まだ見ぬ島々の本物の匂いや色を感じたいと期待が高まっていく。まさにジオパークの「泊まれる拠点」の所以がここにある。
「エントウウォーク」を終えた後も、ホテルからほど近い菱浦港のあたりを散策していると、すれ違った下校中の学生に、ふいに「こんにちは」と挨拶された。あまりに自然で屈託のない言葉に、こちらの心まで澄み渡っていく。海士町は島前唯一の高校があり「島留学」と称して島外からも学生を呼び込み、「大人の島留学」プロジェクトでは、若い世代に移住体験を提供し、実際に多くの移住者を受け入れている。そんな分け隔てなく人を受け入れる町の風土が、住民一人ひとりの姿勢にも宿っているのかもしれない。
非日常の空間で、約600万年前から育まれてきた悠久の自然に身を委ねたかと思えば、海士町の人々の暮らしを間近に感じることもできる。「エントウ」で過ごすひとときは、自らの生命や生き方に、新しいまなざしをもたらしてくれるのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、ホテル裏手のレインボービーチで沈みゆく夕陽を眺めていると、いつの間にかディナータイムが差し迫っていた。

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隠岐の豊かな自然を映す、生産者とのつながりを感じるコース料理
「エントウ ダイニング」では隠岐の美しい海を眺めながら、地のものの味わいを存分に活かしたイタリアンベースのコース料理をいただける。暖流と寒流が交わる豊かな海と、噴火によって生まれた肥沃な大地が育んだ隠岐の恵みたちを、一番美味しい旬の時季に味わう贅沢さ。それゆえ、何度訪れても異なるひと皿を楽しめるので、驚きや発見の連続だ。
メニュー表には料理名ではなく「白石さんのじゃがいも バジル」や「じろうさんの鮃 コールラビ」など生産者の名を冠した食材が並び、この島に魅了され移住してきた若きホテリエたちが、等身大の言葉でひと皿ひと皿のストーリーを紡いでいく。「海士町の中でも特に米づくりが上手いといわれる農家・山中さんのお米と、出雲の十六島(うっぷるい)海苔を合わせたリゾットです」「鮃に添えたのは、海士町に移住されたドイツの方がつくった有機野菜なんですよ」と、つくり手の人生まで垣間見える料理の数々は、生産者や食材への感謝が湧き、より一層滋味深く感じられる。
コースのメインは、ブランド牛・隠岐牛だ。これは隠岐島内で生まれ育った未経産の雌牛のなかでも、日本食肉格付協会で肉質等級4級以上の格付けを受けたものだけが認定される。島内では年間約1200頭牛が生まれるが、市場に出回るのはたった1割ほどだという。そんな厳選された幻の黒毛和牛は、恵まれた自然環境でのびのびと育ったことがわかるしなやかな肉質と、バランスのとれた旨味が素晴らしい。
さらに隠岐の魅力を堪能するなら、ペアリングコースもお薦めしたい。環境省選定の「名水百選」に選ばれた湧水が二か所あるほど、上質な水が豊富な隠岐島でつくられた日本酒や、隠岐の地質に似た火山性土壌のワインなど、ユニークなマリアージュを堪能できる。


食後も長い夜はまだまだ続く。満点の星空のなか、芝生エリアに灯された焚火のゆらめきを眺めるもよし、船に乗って夜光虫の輝きを探しに「あまんぼうナイトクルーズ」(4〜10月まで営業)にでかけるもよし。ライブラリーでふと目に留まった書籍を手に取るのもよいだろう。
8月中は期間限定で、地元住民が焚火の火守りになり語らいを交わす「焚火の時間」や、夜明け前の大海原へ出航する「3set星空クルーズ」など、いつもとはひと味違ったひとときも楽しめる。そして就寝前に考えるのは明日のこと。280万年前の噴火で生まれた明屋海岸で、浸食が生み出した「ハート岩」を見ようか、後鳥羽上皇を祀った隠岐神社へ赴こうか。旅の予定を立てるときも、ジオルームで学んだからこそ見えてくるものがある。
遠くの島、すなわちエントウ。ここで変わり続ける大地の有り様に感嘆し、来る者を拒まず、自然の恵みや文化を大切に守り育みながら、地に足をつけて暮らす人々に感銘を受ける。心揺さぶられるなかで、いちばん近いようで見えていなかった自分の本心「どのように暮らし、生き抜きたいのか」その想いに向き合うステイになった。遠きを知りて近きを知らず。そんなことに気づいたのも、エントウのおかげかもしれない。

エントウ
住所:島根県隠岐郡海士町福井1375-1
TEL: 08514-2-1000 全36室
https://ento-oki.jp