「世界で最も美しい美術館」に中東から唯一選出。サウジに誕生した“砂漠の奇跡”とは?

  • 文:青葉やまと
Share:

ユネスコが支援する世界的な建築賞・ベルサイユ賞において、サウジアラビアの首都・リヤド郊外に位置する美術館「ディルイーヤ・アート・フューチャーズ(Diriyah Art Futures)」が、「世界で最も美しい美術館」カテゴリの受賞作の一つに選ばれた。受賞した7つの美術館の中では唯一、中東からの選出となっており、砂漠の大地から誕生し空へと立ち上がるような独特の外観が目を引く。

美術館の価値は収蔵品にも匹敵

サウジアラビア発祥の地として知られ、UNESCO世界遺産にも登録されているアット・トゥライフの野外博物館。その地にほど近いワディ・ハニファに昨年11月、これまでにない建築群が姿を現した。尾根に沿うように水平に延びる、いくつもの独立した建物群から成る美術館だ。

同施設はデジタルアートに特化した美術館であり、こうした位置づけの展示施設はアラビア半島では初となる。外観についてベルサイユ賞は、大地から生まれ出たかのようであり、伝統建築と新技術が融合するその姿が古代ペトラ遺跡を築いた民族であるナバテア人を想起させる、と評価。「そこでは容器とその内容、すなわち建物とコレクションのどちらがより重要なのか、もはや区別がつかない」と詩的に評している。

建築専門誌アーキデイリーによると面積規模は約1万2000平方メートル。単一の建物ではなく、連続する複数の建物が一体となり美術館としての役割を果たす。ワディ・ハニファの都市部と農業エリアの接点となり、建設と自然の調和を取り戻すことを目指したという。

地面から立ち上がる分散型建築

 

同賞は今年5月、2025年の「世界で最も美しい美術館」として、パリのグランパレなど世界の著名6施設とともにこのディルイーヤ・アート・フューチャーズを選出した。

受賞の決め手となったのは、現地の伝統を取り込んだ独創的な設計思想だ。アラブ首長国連邦のナショナル・ニュースによると選定にあたり、周囲の景観と見事に調和している点、さらには伝統的なナジュド遺産から着想を得ながらも、現代的な感性を取り入れた点が高く評価された。

美術館は複数の棟からなり、まるで家々が寄り合って形成された集落のようだ。このように建物を分散させた意図について、設計を手がけたイタリアの建築事務所スキアッタレッラ・アソシアティのアメデオ氏、アンドレア氏、パオラ氏らは、アーキデイリーの取材に対しこう語る。「(美術館の外では)一方には狭い通りと小さな建物などがある古い歴史的中心部があり、もう一方には庭園、畑、井戸がある農業地帯があります。私たちは、すべてをつなぎながら境界も明確に示すこの通路の概念を再現しました」

各棟はそれぞれ、ギャラリー、研究室、オーディトリアム、メディアライブラリー、書店の役割を持ち、独立して機能する。ナショナル・ニュースは、砂漠の集落に見られる伝統的なリズムが再現されていると解説する。棟同士は日陰になった通路によって結ばれており、移動の快適性にも配慮した。

砂漠を生き抜く民族の知恵を取り込む

集落型の配置には、実用面でのメリットもある。アーチデイリーによると設計にあたった建築家たちは、古代集落の狭い通路が自然の風の流れを生み出していることに着目し、換気口を通じて風を導く仕組みを導入。これと別に採用した地熱冷却や雨水収集システムと併せ、空調のエネルギー消費を大幅に削減している。

美術館は美しいだけでなく、砂漠の過酷な環境に対応する工夫が宿る。内装には下地に用いられる泥漆喰や地元の砂を固めたリヤドストーンなどの建材を使用し、地下のデジタルアート用スペースには釣鐘型の巨大な採光装置「ベル」を通じて自然光を取り込んでいるという。砂漠の伝統的な知恵と21世紀の環境技術を融合させたこの建築こそ、ベルサイユ賞に「世界で最も美しい」と評価された理由だ。

アメデオ氏らは、「これが私たちのデザインへのアプローチです。自然の価値を活用して、その土地に根ざした現代的な表現を創造することです」と語る。最新のデジタルアートの展示施設でありながら現地の伝統文化を柔軟に取り入れ、厳しい砂漠の環境に適応した機能性を生み出した。