ロンドンのテート・モダンで、アーティストのスパルタカス・チェトウィンドが制作した大型インスタレーション『A Tax Haven Run By Women』が話題を呼んでいる。日本のスタジオジブリのアニメキャラクターに着想を得たという。
手作りの「ネコバス」が織りなすカオス
現代アートの聖地として知られるロンドンのテート・モダンで、異色のインスタレーションが注目を集めている。2016年オープンの新館ブラヴァトニク・ビルディング3階の展示室に足を踏み入れると、色とりどりの衣装と小道具があちこちに配置された空間が広がる。チェトウィンドらが制作した数人が入れるほど大きなネコバス型のオブジェと、小道具の数々だ。
テート・モダンによると、チェトウィンドはこれらを使って「楽しくユーモラスでありながら混沌としたパフォーマンス」をつくり出すという。
作品の中心となるのは、2つのチームが競うダンスショーだ。一方は俳優で歌手のメイ・ウェストにインスパイアされた「老いを優雅に受け入れることを拒む女性たち」を名乗り、もう一方は「抑圧されたピューレ」のチーム名が付けられている。両チームはダンスバトルを繰り広げ、勝者はタックスヘイブンへの乗車券を手にする——との筋書きだ。夢の地へと誘うその乗り物こそ、宮崎駿氏の『となりのトトロ』(1988年)に登場するネコバスの姿をしている。
本作『 Tax Haven Run By Women』は2010年にロンドンで毎年開催される世界最大級の現代アートフェア「フリーズ」で初演され、大きな反響を呼んだ。英ガーディアン紙の記者はその独特な光景についてこう記している。「奇妙な役者たちがパフォーマンスを繰り広げていた。床を這いずる哀れなアザラシたちは、ぼろ布をつぎはぎにしたような膨らんだ衣装を着ていた」
劇中、カルトリーダー・アスホールと呼ばれる不気味な法王のような人物が周囲をうろつき、高慢な貴婦人たちが踊る。そして記事は、「泡沫状の管のような内臓をさらけ出した」パフォーマーたちが、難解な動きと共に登場する、と続く。
手づくり感を残した「意図的なアマチュアリズム」
ステージで目を引くネコバス型の巨大なオブジェは、遠目にも手作り感が漂う。衣装や小道具も、さっと手作業で制作された。チェトウィンド氏が好んで使うこの手法を、美術評論家たちはしばしば「意図的なアマチュアリズム」と呼ぶ。
しかし、チェトウィンド自身には違う意図があるという。「これは初心の楽しさを失わないためなのです」。中世の仮面劇から前衛的なハプニングに至るまで、カーニバル的な伝統を受け継ぐ彼女の実践は、パフォーマーに起用した友人や知人を巻き込みながら展開していく。
一見すると子ども向けアニメのキャラクターを使った遊び心いっぱいの作品だが、その裏には現代社会の闇を暴く仕掛けが込められている。テート・モダンによると、チェトウィンド氏の作品は「不条理で挑発的、そして即興的」だが、その根底には経済学、人類学、そして社会の周縁に生きる人々についての綿密なリサーチがあるという。
チェトウィンドは自身の手法についてこう説明する。「このパフォーマンスは奇妙な組み合わせです。メイ・ウェストのような夢見がちな女性たちが運営する素晴らしいタックスヘイブンは、心の底から行きたくなるような場所なのですが、それと同時に、暴走する恐ろしいカルトリーダーが同居しているのです」
タックスヘイブンもカルトも、一見すると無関係だ。だが両者は「社会から隔絶した閉鎖的な空間」という点で共通している。チェトウィンド氏は、子ども向けアニメのキャラクターを使って、両者の不気味なまでの類似性を観客に突きつける。
世界を席巻するジブリの影響力
スタジオジブリの作品は、チェトウィンドのインスタレーションのほかにも、世界中のアーティストに大きな影響を与えている。
アメリカの美術専門サイト「アーツィー」は、宮崎駿の作品は今や、世界中の現代アーティストたちにとって重要な創作の源となっていると指摘する。『千と千尋の神隠し』は2003年のアカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞し、スタジオジブリの存在感を世界レベルに押し上げた。これ以前の『もののけ姫』(1997)もメッセージ性に富んだ作品として名高い。今日、宮崎駿は映画ファンからプロのクリエイターまで、幅広い層から支持されている。
宮崎駿研究の第一人者であるヘレン・マッカーシーは、インタビューで「西洋のアーティストたちは、陶芸、ビデオ、演劇、音楽、そして絵画やグラフィックスなど、さまざまな分野でジブリ作品にインスパイアされている」と述べている。マッカーシー氏が挙げる例は多岐にわたる。例えば陶芸家のアレックス・アンダーソン氏は無生物を擬人化し、同スタジオが日常を生き生きと描く姿勢を受け継いでいる、と彼女は指摘する。また、ジュリアン・チェカルディのコミック『ソリート』(2018)は『ハウルの動く城』や『紅の豚』に影響を得ているとの指摘もある。
チェトウィンドの作品も、単なるオマージュにとどまらない。親しみやすいキャラクターを通じて、現代社会の構造的な問題、すなわち富の偏在や、権力の集中、そして人々の疎外感といった普遍的な問題について鋭く問いかける。国境を越えるアニメーションの力と現代アートの批評精神が融合した注目の作品だ。
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