かわいい映像表現の奥にある、 大人向けのビターな味わい『かたつむりのメモワール』ほか【今月の映画3選】

  • 文:児玉美月(映画文筆家)
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今月のおすすめ映画①『かたつむりのメモワール』
かわいい映像表現の奥にある、大人向けのビターな味わい

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本作の中で息づく愛らしいキャラクターたちはみんな表情豊かで指紋の痕跡も残っており、手作業感にあふれている。監督・脚本のアダム・エリオットは8年もの製作期間を費やし、デジタル技術に頼らず、なんと計13万5千ものカットをひとコマずつつくり上げていった。

かたつむりが大好きな少女グレースは両親が亡くなり、双子の弟であるギルバートとふたりきりの家族だった。生まれた時に患った口こうしんれつ唇裂によって学校ではいじめに遭っていたグレースを、ギルバートが助けてあげていた。ところがそれぞれ別々の里親に引き取られ、ふたりは離れて暮らすことになってしまう。孤独なグレースはその後、風変わりな高齢女性ピンキーと出会い、友情を築いていく。

本作を監督したアダム・エリオットは、高く評価された長編デビュー作『メアリー&マックス』でアスペルガー症候群の中年男性と孤独な少女メアリーによる年の差のある友情を描いたが、本作ではそれが、高齢女性と少女へと変奏された。動物が擬人化して人間と紐帯を結んでいく数多のアニメーション映画のように、グレースが名前を付けたかたつむりのシルヴィアと話し出してもおかしくないが、最たる友情の対象となるのが高齢女性であるところにも、本作のオリジナリティが光る。『かたつむりのメモワール』は、そうして人生の段階ごとに互いをケアし合う女性同士の関係に美果を実らせている。

グレースとギルバートの腕には、合わせると笑った顔に見える火傷の傷があった。離れ離れになっても、一心同体であるギルバートとまた一緒に暮らせることを夢見て、グレースは奮闘していく。エリオットのアニメーションでは常に障害や病、メンタルヘルス、非規範的なセクシュアリティなどの問題が描かれ、社会で周縁化されてしまう存在に優しく寄り添ってきた。一見かわいらしいルックスのアニメーション映画でありながら、大人向けの内容ともいえるビターさを携える『かたつむりのメモワール』には、人間の一生に起こり得るあらゆる悲喜劇性がふんだんに凝縮されている。

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© 2024 ARENAMEDIA PTY LTD, FILMFEST LIMITED AND SCREEN AUSTRALIA

『かたつむりのメモワール』

監督・脚本/アダム・エリオット
声の出演/サラ・スヌーク、ジャッキー・ウィーバーほか
2024年 オーストラリア映画 1時間34分 TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画②『MELT メルト』
トラウマを抱えた少女が手にした、大きな氷の塊が持つ意味とは?

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© Savage Film - PRPL - Versus Production-2023

孤独に生きていたエヴァのもとに、幼馴染として仲のよかったティムの兄の追悼イベントが催されるという知らせが届く。エヴァは大きな氷の塊を用意して、幼少期を過ごした故郷へと向かう。エヴァはかつて、ティムを含む男の子たちと一緒になって、ターゲットとなる女の子を巻き込んで“あるゲーム”に興じていたが、衝撃的な事件が起きる。そのトラウマと心の傷を抱えたまま大人になったエヴァの行き着く先とは? 氷の塊の意味とは――?

『MELT メルト』

監督/フィーラ・バーテンス
出演/シャーロット・デ・ブリュイヌ、ローザ・マーチャントほか
2023年 ベルギー・オランダ映画 1時間51分 7/25より新宿武蔵野館ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

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今月のおすすめ映画③『顔を捨てた男』
顔を捨てた男が出会った、かつての自分にそっくりな他人

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© 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

顔に極端な変形を持つエドワードは、いわれのない眼差しを受けながら生きてきた。隣に住む劇作家志望の女性と親密になりつつも一歩踏み込めずにいたエドワードは、ある治療によって顔が劇的に変わり、新たな人生を手に入れる。ところがかつての自分に容姿がそっくりなオズワルドという男が現れると、状況が一変してしまう。実際に神経線維腫症当事者の俳優が起用された本作は、ユニークな手法で外見と中身の複雑な関係性を探求していく。

『顔を捨てた男』

監督・脚本/アーロン・シンバーグ
出演/セバスチャン・スタン、レナーテ・レインスヴェほか
2023年 アメリカ映画 1時間52分 7/11よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。

※この記事はPen 2025年8月号より再編集した記事です。